馴れ初め話 ~アレクとメル~ 4
アレクが仕事にも慣れ、日々の生活に馴染んだ頃。
「うわっ……!」
「どうした?」
「なんでもないわ。ただ、なんかすごく気持ち悪い芋虫がいたのよ……」
その芋虫は、サイケデリックな色彩の幾何学紋様と細く鋭い柔毛を持ち、四つの触角を不規則に動かしながら蠢いていた。
「初めて見る虫だけど……さっさと取っちゃいましょう」
「……!? メル、待て!!」
メルがその幼虫を掴もうとした瞬間。アレクはあることを思い出し、メルを引き留めた。
「あ、アレク?どうしたのよ。こんな虫ぐらいすぐに……」
「メル、絶対に素手で触るな。何か、入れ物はあるか?」
「ヒビが入って捨てようと思ってた壺があるけど……」
「理由は後で話す。とにかく捕まえてくれ」
芋虫が付いている葉を切り落とし、壺の中に落とす。コルクで栓をして家に戻り、アレクは虫の図鑑を開いた。
「……これだ。ブライトパピヨン」
「ブライトパピヨン……?」
ブライトパピヨンとは、主に砂漠や乾燥地帯に生息する蝶である。妖しくも美しい色彩の蝶だが、その見た目に反して恐ろしい性質を持っている。
幼虫の状態で身体に触れる、あるいは柔毛が刺さると猛毒に侵され命の危険がある。だが、成虫になると毒性が変化し、人体には無害となる。しかし、真の恐ろしさは毒性が変化した鱗粉にある。その鱗粉に含まれる誘引物質は、害虫を盲目にし、寝食を忘れるほどに引き寄せる。さらに、一度その味を知った害虫は中毒を引き起こし、理性を失ったように草木を喰らい尽くす。繁殖力も強いため、ブライトパピヨンが点在すると三日ほどで森が消失し、果樹園が一夜にして荒地になった等の事例が存在する。
肉食生物には作用せず、緑の少ない大地では被害が深刻化しなかったために、それほど危険視はされなかったが、貿易が盛んになり、異国へ渡ったことで甚大な被害が出た。
過去、アレクの祖父の代でモッコク及びセイクントなどの各国が大打撃を受けたことで、緊急声明が出された。国家間でブライトパピヨンを根絶対象と指定して大々的に検疫を行った結果、それ以降動きがなかったことから絶滅したものとされていた。
「それが、この幼虫だって言うの?」
「この挿絵だと色は付いてないけど、特徴から何からあまりにも似すぎている」
「……今すぐ衛兵に――!」
「いや、万が一本物なら事は一刻を争う」
「……どうする気?」
「……城に行って、直談判してくる」
「!!?」
勘当された身であるアレクでは門前払いされるのが目に見えている。本人もそんなことはわかっている。だが、自国の危機を前にして、いてもたってもいられなかった。
「アレク、あんた本気なの?だって、あんたは……」
「メル、ダルストンと協力して、さっきの虫が他の場所にもいないか探してくれ」
「あ、アレク……!!」
「頼んだぞ!」
メルの返事を待たず、アレクは壺を抱えて城に走った。
城門に着いたアレクだったが、案の定、門番に止められる。
「アレク様。ここをお通しするわけには参りません」
「頼む。この虫を調べてほしいだけなんだ」
「……申し訳ございません。いかなる理由があろうと、あなたを追い払うようにという命令なのです」
「もしかしたら、国の危機かもしれないんだ!ただ学者に見てもらいたいだけなんだ!何でもなければそれでいいんだ!」
「そうおっしゃられましても……」
「金なんかいらない。城にも入らない。ただ、この虫を調べてほしいだけなんだ!頼む、この通りだ!!」
必死に頭を下げるアレクを見て、門番たちも対応に困ってしまった。
そんな騒ぎを聞きつけ、ある人物が声を掛けた。
「坊ちゃま……」
「……じいや!」
その人物は幼少期よりアレクの世話をしてきた執事だった。
「……お前たち、ここは一旦わたしが預かります。いいですね?」
「はいっ!」
「じいや……」
「坊ちゃま。お元気そうで何よりでございます」
「挨拶はいい。そんなことより、頼みがあるんだ」
「……お伺いします」
「この壺の中の虫を、学者に調べてもらいたいんだ」
「虫……?どのような?」
「ブライトパピヨンの幼虫かもしれないんだ」
「ブライト……パピヨン……?」
執事は目を丸くして驚いた後、少し落胆したような表情を見せる。
「……坊ちゃま。お言葉ですが、ブライトパピヨンは絶滅した生物です。そのようなものがいるなどと言うのは、少々……」
執事の言葉を聞き、門番も噴き出しそうになっている。しかし、アレクはそれでも引かなかった。
「でも、調べれば調べるほど特徴が似すぎているんだ。勘違いならそれでいい。何とか調べてくれないか?」
「坊ちゃま……」
「じいや……頼む」
頭を下げるアレクを見て、執事は言葉を失った。かつては権力を振り回して好き勝手していたアレクが、例え虚言の疑いがあるにしろ国のために必死で頭を下げる姿に深く心を打たれた。
「……わかりました。お預かりします」
「……じいや!」
「ですが、わたしにできるのはここまでです」
「充分だ。ありがとう」
アレクは立ち去り、城を後にする。金の無心でも、城への帰還を催促するでもなく立ち去るアレクに門番たちは驚きを隠せなかった。
その後、メルとダルストンに合流し、日が落ちるまで幼虫の捜索に奔走した。
しばらくして、モッコクに緊急声明が敷かれる。アレクが捕らえた幼虫は、正式にブライトパピヨンの幼虫と認定され、国と冒険者ギルドによる一斉調査が行われることになった。虫自体は幼虫の段階がほとんどだったが、中には羽化寸前の蛹状態のものもあった。調査したところ、ある行商人の渡航歴の中に砂漠を経由した者がおり、その際に卵を産みつけられていた可能性が浮上し、検疫の不十分さも問われる事態となった。
被害を未然に防げたことに、アレクが胸を撫で下ろしながら畑仕事をしていると、城の兵士がメルの家を訪ねてきた。
「アレク殿下、陛下がお呼びです。至急、城までお越しください」
「……」
「……行ってきなさい」
「……悪い。帰ってから、続きをやる」
用意された馬車に乗り、アレクは城へ戻る。謁見の間へ入り、険しい顔のシュナイダーと対面した。
「……酷い格好だな」
「……陛下、こうして再びご尊顔を拝見することができたことを光栄に存じます。陛下のお時間の浪費こそが最大の不調法と考え、このような身なりで参上した無礼をどうかお許しください」
「……!?」
アレクの様子にシュナイダーは目を丸くする。しかし、表情は崩さずに言葉を続けた。
「……此度の働き、見事であった。もしもこの問題が放置されていれば、我が国は再び脅威に晒されたであろう」
「もったいないお言葉です」
「……その功績を讃え、其方に恩賞を与える。希望はあるか?」
ただ恩賞を与えるだけなら、こちらから提示したものを渡せばいい。しかし、以前と様子の違うアレクが何を望むのか。人として根本的に変わったのか。シュナイダーなりに息子を思い、そして試すためにあえてこの提案をした。
少し間をおいて、アレクが出した答えは――
「……この件で、わたしに協力してくれたメル・ミーズ、ダルストン・ダイーグに恩賞を与えていただきたい」
「! ……」
「……陛下?」
「誰か、治癒術師師団の師団長を呼んでくれ」
アレクの変わりようを信じられず、光の精霊術による真偽判定が行われる。無論、そんなことをしたところで、師団長は首を横に振るだけだった。
「お前……本当にアレクなのか?」
「……陛下、もう十回は同じ質問をされていますよ?わたしの要望は以上です。畑仕事も残っていますので、これで失礼させていただきます」
「待て待て待て待て……本当に、変わってくれたのか?」
「……これまで、ご迷惑をお掛けして。大変申し訳ございませんでした」
「アレク……アレクーー!!」
深々と頭を下げる息子の姿に感極まり、恥も外聞も捨てて玉座から飛び降り、シュナイダーはアレクを抱きしめた。
「陛下、おやめください。汚れます」
「よい、よいのだ……よくぞ、よくぞ、変わってくれた」
「……父上」
父親のこんな表情を見るなど今までにないことだっただけに、アレクは戸惑い、むず痒く感じながらもどこか心地のよさを感じていた。アレクに向き直り、シュナイダーは改めて宣言する。
「今のお前なら信じられる。城に戻ることを許す」
「! ……」
「……どうした?」
「……いえ、嬉しいのですがお時間をください」
「……おお、そうか。畑があるのだったな。行ってくるといい」
「はい……」
一礼をして立ち去り、メルの元へ戻って城でのことを報告すると、その日はダルストンも誘い、ささやかながらパーティを開くことになった。
「いやー、へとへとになった甲斐があるってもんだ」
「何言ってるのよ。見つけたのほとんどミミちゃんじゃない」
「俺とミミちゃんは一心同体だからいいんだよ!それに恩賞でいいご飯買ってあげるつもりだし……期待していいんだろ?アレク」
「ああ、ミミちゃんの活躍だったって伝えておくよ」
「おいおいおい、そりゃないぜ……」
「はっはっはっ……」
笑いに包まれながら時は過ぎる。やがて賑やかだった笑い声が夜の静けさに溶けていく頃、この楽しい時間の終わりが近いことを、誰もが予感していた。
「……城に戻れるんだよな」
「あぁ……」
「……よかったじゃない」
「……二人とも、本当にありがとう」
「明日からは、もうアレクなんて気軽に呼べなくなっちまうな」
「そうね」
「二人には特例で許すよ」
「……なーんかムカつくんだよ。この野郎!」
「おぉ……っ!ギブ……ギブ……」
「まだ余裕そうね。強くしてもいいんじゃない?」
「そうだな」
「やめ、やめろ……」
ダルストンはアレクにヘッドロックをキメながら小突く。そこには笑いながらも寂しさも織り交ざったような表情が浮かんでいた。
「寂しくなるな……」
「……」
「……今のあんたなら大丈夫よ。……何だかんだあったけど、楽しかったわ」
「……あぁ、俺もだ」
「……湿っぽいのはなしだ。仕切り直そうぜ!」
「……そうね」
「それじゃ、改めて――」
「「「乾杯!」」」
こうして夜は更けていき――翌日、アレクは城へ戻った。
お疲れ様でした。
今回は少し長くなってしまいました。
少し補足させていただきますと、ブライトパピヨンは魔獣ではなく、危険外来生物という立ち位置です。




