馴れ初め話 ~アレクとメル~ 3
それからのアレクは人が変わったようだった。気持ちと身体がついていかない場面ももちろんあったが、それ以上に弱音を吐かなくなり、黙々と仕事に励むようになった。誰もがすぐに音を上げて元の馬鹿王子に戻ると思っていたが、真っすぐに前だけのことに集中し、真摯に働く姿を見て、そんな声は次第に減っていった。
そして、身近でもある変化が起こった。
「……最近、頑張ってるじゃねぇか。アレク」
「……!?」
これまで、居候や馬鹿王子としか呼んでこなかったダルストンが、初めてアレクを名前で呼んだ。
「い、今……名前を……?」
「あー……なんだ。よくよく考えたら居候とか馬鹿王子とか、長ったらしいからよ。……そんだけだ」
この日以来、よく話すようになった。すっかり打ち解けたある日、休憩中にダルストンにある質問をした。
「なぁ……ダルストン」
「ん?」
「メルは……なんであんなに強いんだ?」
「まぁ、そこらの男より腕っぷしは強いわな」
「そうだけど……そうじゃない」
「……あいつはよ。別に強いわけじゃないんだぞ?」
「?」
ダルストンは目を伏せて、ゆっくりと語りだす。
「あいつは幼い頃に両親を流行り病で亡くしてるんだ」
「……知っている。この服も、父親が遺した物だと」
「メルから聞いてたか。メルのところの稼ぎじゃ二人分の医療費なんて……いや、仮に診てもらえても、あのときはその病気が蔓延していて、薬が品薄で高額になっていたから貰えたかも怪しい」
「……俺の母親も、病気で亡くなった。たぶん、同じ時期かもしれない」
「……そうか。お前は親父さんが無事だっただけ救われたな」
「……」
「……メルは一生懸命だったよ。幼いながらに両親の代わりに働いて、医者に頭を下げて懇願して……もちろん、医者も多数の患者を抱えている身だ。相手になんてされなかったけどな」
「……」
「そこからはあっという間だったよ。……それからだ。あいつはがむしゃらに生きるようになった」
「がむしゃらに……?」
「後で聞いた話だが、両親の遺言だったらしい。「自分たちの分まで生きてほしい」ってな。メルへの幸せを想っての、最期の願いだったんだろうな」
「……」
「……だが、俺から言わせれば、あれは呪いだ」
「呪い……?」
「親父さんたちの分まで生きなければならないと、気を張りすぎている。何にも負けないように、ただ生きるために毎日必死に働いて……まるで、それしか目に入っていないみたいだ」
(そういえば……)
アレクには思い当たる節があった。メルは生きるために必要最低限のことはするが、オシャレや読書というような趣味に時間を使っているところを見たことがない。唯一、そんな姿を見ることがあるとすれば晩酌ぐらいである。
「……俺はよ。あいつがいつか壊れちまうんじゃないかと心配なんだよ」
「ダルストン……」
「どっかでいい男でも捕まえて、幸せになってくれりゃいいんだが……」
「な、なんだよ……」
「……居候はなしだな」
「何も言ってないだろ!?」
「悪りぃ悪りぃ。……ま、お前がヘマすれば、気も紛れるだろう。その辺は期待してるぜ」
「何の期待だよ!?」
そうこうしているうちに、休憩時間の終わりが近づく。帰り際、アレクはダルストンにある頼みごとをした。
「……そうだ、ダルストン。頼みがある」
「なんだ?金ならないぞ?」
「違う。持ってたらでいいんだけど……」
夕食後、片づけを終えたアレクは、ダルストンから借りた本を広げる。
「……あら、何その本?」
「虫の図鑑だ。ダルストンから借りたんだ」
「あんたたちいつのまにか仲良くなったわよね。……だけど、あんた虫苦手でしょ?読めるの?」
「だからだよ。嫌いな上にわけがわからないよりも、ちょっとでも知っておけば役に立つかもしれないし」
「殊勝な心掛けね……でも、随分古そうな本だけど……」
「ダルストンのおじいさんの本らしい……でも、ないよりいいだろ?」
「そうね。それで、ちょっとでも苦手意識がなくなってくれれば効率も上がるでしょうし……期待してるわ」
メルは失笑しつつ、寝る準備に入るのだった。
こうして日々が過ぎていったある日。
「おやすみ」
「……待ちなさい」
晩酌中のメルがアレクを呼び止めた。
「?」
「今日は一人で晩酌する気分じゃないの。……一杯、付き合いなさい」
「!? い、いいのか……?」
「最近頑張ってるからね。……でも、一杯だけだからね」
器に蜂蜜酒が注がれる。並々とまではいかないが、もう長い間口にしていないその液体に、アレクは思わず喉を鳴らす。
そして、愛おしそうに一口含み、口全体で味わい、飲み込んだ。
「……安い酒だ。質も低いし、熟成も足りない……」
「……ちょっと、あんた。人がせっかく…… ――!?」
メルはアレクを咎めようとしたが、できなかった。アレクは顔を涙で濡らし、嗚咽を漏らし始めたからである。
「そんな……そんな、酒が、なんでこんなに、美味いんだ……!!」
知っていたはずの酒の味。だが、これほどまでに身体に染みわたるような感覚は初めてだった。アレクの様子を見て、メルは少し呆れたように……しかし、優しく、朗らかに笑った。
「……それは、あんたがちゃんと頑張ったからよ」
「……!」
「慣れない仕事を頑張って、苦手なことにも向き合って努力してたじゃない」
「……、……ぅ……」
「いいお酒はお金を出せば買えるけど、格別でしょ?……頑張ったわね。アレク」
「っ!? ―――~~~……!」
頑張りが認められ、報われたことへの喜び。それは歓喜の涙だった。アレクはしばらくの間泣き続け、メルは黙って見守っていた。
落ち着きを取り戻した後は、他愛のない話をしてお開きとなった。
「……頑張ったら、また誘ってあげるわ」
「本当か!?」
「気が向いたらね」
「……メル」
「?」
「……ありがとう」
「……明日も早いんだから、さっさと寝るわよ」
「あぁっ!」
アレクはやる気に満ち溢れていた。……が、しかし――
「……あっ!勝手に飲んだら問答無用で叩き出すから、そのつもりでね?」
「あ……あぁ……」
せっかくのやる気もメルの釘差しで少し萎むのだった。
お疲れ様でした。
やはり、こちらを一定のペースで投稿するのは、現状では少し難しいです。
それでも、よっぽどのことがない限り、途中で投げ出したりはしないので、よろしければお付き合いください。




