馴れ初め話 ~アレクとメル~ 2
こちらも同様です。
翌早朝、メルに叩き起こされ、アレクは農作業を手伝っていたのだが……まるで使い物にならなかった。
力も弱く、体力もない。おまけに虫を怖がるせいでいちいち作業が止まり、メルは苛立ちを募らせていた。
「……あんた、何ならできるわけ?」
「し、仕方ないだろ……これでも身体強化も使って頑張ってるんだぞ?」
「この程度の作業にいちいち魔力なんか使ってたらすぐバテるに決まってるじゃない。だからあんまり力を使わない作業を割り振ってあげたのに、虫ごときで悲鳴上げないでよ」
「そ、そんな言い方……」
メルの不機嫌な声が聞こえたのか、近所に住む恰幅の良い男性が声を掛けてきた。
「おう、メル。朝から機嫌悪そうだな」
「ダルストンじゃない。……ちょっとね」
「あ?……なんだ、馬鹿王子じゃねぇか。拾ってきたのか?」
「野垂れ死にしそうだったから一応助けたの。今年は収穫物も多いし、猫の手ぐらいになるかと思ったんだけどね……」
「はっはっはっ……、なんだよ。使い物にならなかったのか?」
「あんたのところのミミちゃんと交換してくれない?」
「釣り合わねーよ」
本人の前で堂々と侮辱の言葉を並べられたことに、アレクは憤りを感じていた。
「おい……俺は王子だぞ。無礼だとは思わないのか」
「元ね。それに、今のところは足手まといだもの。言われてもしょうがないでしょ」
「……ふざけるなよ。いつか城に戻ったら不敬罪で裁いてやる」
「はいはい、戻れるといいわね。……怒る元気があるなら手を動かしてくれる?」
「……っ!」
完全に相手にされていないことに、プライドを傷つけられ反論を口にしようとしたとき。一匹の猫がネズミを咥えて、ダルストンに駆け寄った。
「あっ、ミミちゃん。ネズミを捕ってくれたのかい?」
「ニャー」
「よちよち、お偉いねぇ~……よし、今日はご飯大盛にするからねぇ~」
「ニャ~ン♪」
「……やっぱり、猫の方がよかったかしら」
「~~~……っ!」
猫の方が役に立ってる現実を突きつけられ、アレクは何も言い返せなかった。
その後もなんとか頼み込んでメルの元へ居候させてもらっていたが……
「なんで俺が洗濯なんか……」
「臭い服のまま過ごしたいならやらなくていいわよ。その代わり、臭い人と一緒にいたくないから出て行ってね」
「……俺は王子だぞ。こんなこと……」
「喚いたって汚れ物はなくならないわよ。城でどうだったか知らないけど、ここでは自分で洗うしかないわ」
「……」
「わたしに期待してるなら、今すぐその考えは捨てなさい。居候の分際で、やってもらえるなんて思わないことね」
「……っ!」
「はい、ご飯」
「……おい、また豆とパンなのか?」
「保存も効くし、安いからね」
「肉とか魚は……」
「あんたね……ただでさえ食い扶持が増えたのに買えるわけないでしょ。たまに保存食の魚が安く手に入れば御の字なんだから。今回は収穫が多かったし、あまりが出たら出してあげるわよ」
「……」
「いやなら、自分で稼いで外で食べなさい。……もっとも、それができるなら野垂れ死に寸前までいかないでしょうけど」
「……」
経験したことのない過酷な労働や環境にアレクは精神を擦り減らしていた。しかし、もっとも堪えたのは……
「ちょっと、見てよアレ」
「ざまぁないな。あれだけ偉そうにしてたくせに……泥だらけでいい気味だ」
「王子たま~、ちゃんとお手伝いできて偉いでちゅね~……ギャハハハハッ!!」
「あの女も物好きよね……もしかして、夜の方で手籠めにされたんじゃないの?」
「あら、意外と策士かもしれないわよ。腐っても王族だもの、ゆくゆくは既成事実でも狙ってるんじゃない?」
国民の冷ややかな嘲笑だった。自業自得とはいえ農作物の納品の度にこれでは精神的に辛かった。
「あいつら……!!」
アレクが怒りに任せて、反論しようとしたとき。メルに襟首を引っ張られ、引き戻された。
「ぐぇ……っ!」
「やめなさい。相手にするだけ時間の無駄よ」
「いいのかよ。あんなこと言わせといて」
「所詮それだけだもの。面と向かって言う度胸もないだろうし、怒る価値なんてないわ」
「だからって……」
「……いい?あいつらが一番喜ぶのは、自分の言葉でこちらが傷つく様を楽しむことよ。そんな人間と関わったところで時間の無駄。わたしの人生にあいつらは必要ないし、何の価値もないわ」
「じゃあ、言われっぱなしになるのかよ……」
「いいえ、絡んできてから叩き潰せばいいのよ」
「お、おう……」
「それまでは、特に気にしないわ。……それに、あんたの悪評は自業自得でしょ。反省しなさい」
「……っ!」
心身ともに疲れ果て、アレクは肉体的にも精神的にも限界だった。そんなある日の夜、いつもと違いメルが一人でテーブルに座っていた。
「……メル」
「なに?」
「!? そ、それは……」
目に映ったのは、蜂蜜酒だった。琥珀色の魅惑の液体は、何日も口にしていないアレクにとって垂涎の代物だった。
「なに?あげないわよ」
「なっ、なんでだよ!」
「今日、トマトの箱ひっくり返して台無しにしたの忘れたわけ?反省しなさい」
「……する。反省するから頼む。一杯だけでも……!!」
「反省は今後の働きで判断するわ。さっさと寝なさい」
いつもなら引き下がるアレクだが、ここでついに我慢の限界がくる。
「なんだよ……」
「?」
「なんなんだよ!どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!」
「!?」
「いっつもヘコヘコ媚びへつらって、女もキャーキャー言って寄って来て!……こっちが散々良い思いさせてやったのに、いざ俺がこんな目に遭えば助けるどころか見下しやがって……!」
「……アレク」
「俺は……俺は王子なんだぞ!将来この国を背負って立つ王だ!そんな俺がこんな……こんな……ふざけるな!!」
感情を爆発させるアレクだったが、メルは静かに見据え一喝する。
「いい加減にしなさいっ!!!」
「……っ!」
「事あるごとに王子王子王子王子……、こっちはもう聞き飽きてるのよ!誰も助けてくれないのは立場に甘えて調子に乗ったからでしょうが!!」
「だ、だけど……俺は王子なんだ。そこら辺の平民とは生まれも立場も違う。それの何が悪い!」
「悪いに決まってるでしょ!国を支えてるのは平民も同じよ!それを蔑ろにする人の国になんか誰も付いて行かないわよ!」
「でも……」
「それに、あんた王子王子言ってるけど、そう言い続けて誰があんたを助けてくれたの?」
「それは……」
野垂れ死に寸前だった頃を思い出し、アレクが覇気を失っていく。それを察したメルは、極めて冷静に言葉を続けた。
「……本当はあんただって気付いてるんでしょ?みんな、あんたの肩書しか見てなかったって」
「! ……」
「……アレク、現実を見なさい。あんたの行動のツケが今一気に返って来てるのよ。あんたは勘当されたの。陛下が今後どうするかはわからないけれど、今のあんたは「ただのアレク」なのよ」
「……ぅっ…………」
「……あんたがこの先どう生きていくのかは、あんたが決めなさい。ここの生活がどうしても気に入らないなら、出て行くのもあんたの自由よ」
「……ぅっ……くっ……ぅっ……」
「……今日はもう寝なさい。わたしも酒が入ってるから、何も聞こえないと思うわ」
部屋に戻り、アレクは声を殺して泣いていた。自分でもわかっていたが、肩書を失った自分に何の価値もないことを認めたくなかった。蜂蜜酒に心を奪われたのも、単に飲みたい衝動ではなく現実を忘れたかったのだ。
自分がどう生きていくのか。どうすべきなのか。アレクは初めて自分の今後について真剣に考えたのだった。
翌朝、アレクの姿はそこにはなかった。だが、メルはそのことを責める気はなかった。思うところがあるとすれば―――
「……もうちょっと役に立ってほしかったわね」
そんな言葉を漏らしていると玄関の扉が開き、そこに汗だくのアレクが立っていた。
「アレク……あんた、何してたの?」
「……み、水を汲んできたんだ」
そこには水で満たされた瓶や木桶が並んでいた。かつて重いと嘆き、溢す度に何度も運び直しては文句を垂れていた作業である。
そんなアレクを見て、メルは軽く笑いながら肩を叩いた。
「……やっと、猫の手ぐらいにはなったのかしら?」
昨日の件もあって気恥ずかしかったが、アレクはどこか清々しい気持ちだった。
お疲れ様でした。
次回以降はこちらに投稿させていただきます。




