馴れ初め話 ~アレクとメル~ 1
内容は以前と変わっていません。すでにご覧になられた方は、読まなくても大丈夫です。
モッコク王国、肥沃な大地の実りによって発展した大国。圧倒的な食糧生産力により「飢え知らずのモッコク」と呼ばれ、同盟国からも多大な支持を集めていた。
そんなモッコクには一人の王子がいる。王妃ガリーナ・バーコンは流行り病に倒れ、王シュナイダー・バーコンが大切に育てた一人息子だった。
そして、大切に育てた一人息子はというと―――
「ほらほら、ジャンジャン飲め!ここは、俺の、奢りだーーーッ!!」
「キャーーーッ!アレク様ーーーッ!!」
「素敵―――ッ!」
……何とも言えない感じに育った。
「また来てるよ。あのバカ王子」
「売り上げになるなら何でもいいよ」
「……大丈夫か。この国」
そんな心配が国民に広がっている。もちろん、そんな事態をシュナイダーが知らないはずもなく……
「陛下……こちら、請求書でございます」
「……あの馬鹿息子が!!」
父の心、子知らず。アレクは女性を侍らせて、上機嫌で街を練り歩く。すると、農具をふるう一人の女性に声を掛けた。
「お?おーい……そこの女!そんな汚い仕事やめて、こっちで遊ばないかー?」
「……は?」
軽蔑の眼差しを向けながら、アレクを睨みつける女性。アレクは多少面を食らうも、自分に靡かない女性はいないという自信があり、笑顔を絶やさず接した。
「いやだわ。アレク様、あんな子に……」
「いいえ、アレク様はお優しいのよ。素敵だわ」
クスクスと笑う女性たちを無視して、女性はまっすぐアレクを見る。
「……殿下、只今農作物の収穫で多忙を極めております。ですので、謹んでお断りさせていただきます」
「お、おう……そうか、ま、まぁ頑張れ」
言葉こそ丁寧だが、「邪魔をするな」という怒気を含んでいた。それを感じ取ったアレクは、バツが悪そうにその場を後にした。
そんな生活が続いていたある日―――
「アレーーーック!!」
「なんですか。父上……あー、頭痛い、二日酔いだこれ」
「お前というやつは!普段からダラダラと飲み歩いて、あまつさえこんな……見ろ、この請求書の山を!」
「あー……そっすか」
「お前……なんだその態度は!!」
「おー…… あいつら、奢りだからって飲みすぎだろ」
「ヘラヘラするんじゃない!!」
「はいはい……すみませんでしたー」
まったく反省しない我が子の態度に肩を落とし、シュナイダーは絞り出すように言葉を続ける。
「……アレク、頼むから王族としての自覚を持ってくれ」
「自覚も何も、父上の子は俺だけでしょ?……もういいですか?女の子と遊ぶ約束してるんで」
シュナイダーは静かに目を伏せ、なにかを決意したかのようにまっすぐにアレクを見据えた。
「……わかった。もう出て行ってよい」
「それじゃ―――」
「ただし!その身一つでだ!!貴様をもう息子とは思わん!!さっさと出ていけ!!!」
こうして、城を追い出されたアレクだったが……
「父上、カリカリしてんなーーー。ま、しばらくしたら、頭も冷えるだろ」
どこまでも楽観的だったが、現実は甘くなかった。
「おい、なんで酒を出さないんだよ!」
「金も払わないやつに、酒なんか出せないよ」
「俺は王子だぞ!金なら城に―――」
「……あんた、お触れを見てないのかい」
「……は?」
それはシュナイダーが出したお触れだった。アレクを勘当したこと、飲食物等を提供してもその支払いに王家は一切関与しないという通達だった。
「何だよ……これ……」
「……今まで贔屓にしてくれたよしみだ。その水はサービスしてやるよ。でも、飲んだら出て行ってくれ」
「……っ!!」
その後は散々だった。
「しばらく泊めてくれ?お金がないなら用はないわ」
「俺は王子だぞって……金持ってないんだろ?こっちにも生活がある」
「人を貧乏人呼ばわりしたくせに、よくも顔を出せたもんだな。帰れ!!」
「……申し訳ございません。陛下の命により、ここをお通しするわけには参りません」
結局、誰もアレクを助ける者はいなかった。
城を追い出されて、二週間が経過した。何とかお金を作ろうと冒険者ギルドで仕事をしようとしていたが、初心者向けである薬草の採取ですら、その場所に辿り着くことも困難だった上に、何の効果もない雑草を取ってくる始末。パーティに入ろうとするも、曲がりなりにも一国の王子。万が一傷でもつけたら問題になる上に、なんの技能もない役立たずを受け入れるところなどなかった。
国の外に出る度胸もなく、隠れるようにゴミを漁る日々を送り、文字通り泥水を啜って生きていた。しかし、甘やかされて育てられた温室育ちのアレクに耐えられるはずもなく、ついには動けなくなっていた。
冷たい雨が降り、その身体を冷やしていく。数日前ならまともな飲み水だと喜んだだろうが、最早その気力もなかった。
(誰か……誰か……)
声も出せないほど衰弱し、ただただ願うことしかできない。最早ここまでかと思われたそのとき―――
「……あんた、何やってんの?」
通りがかったのは、かつて農作業を邪魔した女性だった。
「……」
「……聞いてるの?」
頬をバシバシと叩き、女性は意識があるかを確認する。間違ってはいないのだが、農作業で鍛えられたせいか力が強く、アレクは別の意味で意識を飛ばしそうになっていた。
ぐったりしているアレクを見て、女性は溜息をつきながらアレクを担いだ。
「まったく……近道した意味ないじゃない!」
雨に濡れながら、女性はアレクを家へ運んだ。
アレクが意識を取り戻すと、女性はぶっきらぼうにお湯を差し出した。
「これは……?」
「お湯よ。見てわからない?」
「……茶じゃないのか」
「嫌なら返しなさい。もったいないわ」
「飲む、飲むから!」
文句を言いつつも、温かく、綺麗な水は今のアレクにとって、かけがえのないものだった。
「あの……」
「なに?」
「……ありがとう」
「……雨が止んだら出て行ってくれればそれでいいわ」
「あー、その……助けてもらったのに、こういうのもなんだけどさ。……泊めてくれない?」
「……いいわよ」
「本当か!?あり―――」
「ただし、明日の農作業を手伝うこと。それが条件」
「農作業!?やったことないぞ!?」
「なら出て行って」
「な、なぁ……俺、これでも王子――」
「元ね」
「も……っ! と、とにかく!それよりも別のかたちでお礼をさせてくれ」
「……どうする気よ?」
「なにって、それは……わかるだろ?」
まるで口説くように女性に近づき、顎の下を指でなぞる。要は性的交渉に出ようとしていた。救われた心のわずかな余裕が、かつての傲慢さを呼び戻してしまった。女性はそれに応えるように、笑顔でその手を取り……握り潰した。
「あ゛ーーーっ!!?痛゛い゛痛゛い゛痛゛い゛痛゛い゛……っ!!」
「イヤですわ殿下。お戯れが過ぎると怪我をなさいますわよ?」
「ごめん、わかった!!悪かった!離してくれ!!頼む、このとおりだーーっ!!!」
顔を出した傲慢さも、痛む手と共に鳴りを潜めた。ジンジンと痛む手を抑えながら、アレクは女性を見る。
「なんて女だ……」
「こっちは弱すぎてびっくりよ。……で、どうするの?」
「……わ、わかった」
「……人にお願いする態度じゃないわね。王族の教育って、どうなってるのかしら?」
「……は、働かせてください。お願いします」
「よろしい……なら、今日はもう寝なさい。朝早いんだから」
「あ、あの……」
「なに?明日の食事の心配ならしなくていいわよ。文句言うようなら叩き出すだけだし」
「な、名前を教えてくれ」
手酷い洗礼を受けたが、見放された自分を救ってくれた恩人には違いない。せめて名前だけでも知りたかった。
「……メル。メル・ミーズよ。せいぜい役に立ってちょうだいね」
こうして、夜は更けていった。
お疲れ様でした。
ご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございませんでした。




