馴れ初め話 ~アレクとメル~ 6
「……アレク、今なんと言った?」
「……わたしには彼女以外考えられません。どうか、お許しください」
アレクはシュナイダーの前に跪き、メルとの婚約を懇願していた。しかし、シュナイダーの表情は渋かった。
「アレク……確かにわたしは相手に申し訳なくて縁談を組まなかった。しかし、本来政略結婚というものは、個人の自由意思など関係なく進められるものだ」
「承知しております」
「しかも、よりにもよって平民……妾にするにしても周りに示しがつかん」
「わたしは彼女に操を立てるつもりです。妻として以外、迎えるつもりはありません」
「アレク……」
アレクの覚悟を聞き、シュナイダーは揺らぐ。しかし、現実問題として難しいのが本音だった。
王妃になるのは簡単なことではない。貴族の令嬢でさえ、慣れない公務で心労を抱える立場。それが平民ともなれば、立ち振る舞いからマナーに至るまで、貴族ならば初歩的なことさえも一から学ばなければならない上に公務もある。しかも、貴族の中には平民というだけで見下して反発する輩も多い。無論、貴族の令嬢でもそういった反発はあるが比にならないだろう。これを少しでも軽減させるには、納得させるだけの何かが必要になる。
「アレク……お前は本当にわかっているのか?彼女がどうなるのか、本当に理解してなお、わたしに懇願しているのか?」
「……彼女じゃなきゃダメなんです。彼女でなければ、わたしはここまで変われませんでした」
「腐ってもわたしたち王族の血筋なのだ。変われたのは、お前の素質だ」
「……いいえ、違います」
「なぜそう言い切れる」
「かつてのわたしは、いずれはこの国の王となる唯一無二の存在。だから誰も逆らわないし、国民のことも自分に仕えるのが当然で、何をしても許される。……本気でそう思っていました」
「……」
「父上に勘当されて、王子でなくなった途端、皆がわたしを拒絶した後でも、……恥ずかしながら、自分の何が悪かったのか理解できていませんでした。もしも彼女と出会わなければ、あなたを恨んだままこの世を去っていたと思います」
「……」
「そんなどうしようもないわたしに、彼女は向き合ってくれました。……わたしの性根を叩き直し、わたしの成長を見守ってくれた彼女がいなければ、今のわたしは存在していません」
「お前を改心させた功績は認めるが……」
「……彼女のおかげで、わたしは国民の現在の状況を知りました。苦しさも、厳しさも……それを知っている彼女ならば、民との良き橋渡しとなるでしょう。会議室で数字や文字の羅列のみの報告書を読んで政策を決めるだけのわたしたちには見えないものを、彼女は見えています。この国と民が一丸となれば、さらなる発展をもたらすでしょう」
「……彼女を守り切れるのか?」
「守ってみせます。彼女は我が国に絶対必要です!」
「……」
揺るぎようのない決意を感じ、シュナイダーは少し考えこむと、アレクにある質問をした。
「お前の決意はわかった。……だが、一つ聞かせてくれ」
「はい」
「彼女はちゃんとお前が好きなのか?」
「……チャンスはいただきました」
「チャンス?」
「女遊びもしないし、身分の差も何とかしたら考えてほしいと」
「それで?」
「やれるものならやってみなさいと言われました」
「……う~ん…………」
「……父上?」
「アレクよ。それは……断る口実だったのではないか?」
「……そうでしょうね」
「わかっていてなぜ?」
「逆に言えば、その無理を通した相手に不義理を働く人間ではないからです」
「……わかった。いいだろう」
「父上……!!」
「ただし、条件がある」
場所は変わり、メルの家にて――
「……というわけなんだ。考えてくれたか?」
「……」
「メル?」
「……陛下、御前でのお見苦しい無礼をお許しいただけないでしょうか」
「構わぬ。ここは其方の家で、わたしは一介の客人に過ぎぬ。アレクとも気心の知れた仲と聞いている。どう扱ってくれても構わん」
「失礼いたします……あんた何考えてるの!?」
外には農園の景色とは似つかわしくない馬車と、見張りの兵士が周囲を警戒し、ボロボロの家の中では国王がお湯を飲んでいる。食あたりでも起こしそうな組み合わせがそこにはあった。あまりの状況にパニックを起こし、アレクの胸倉を掴んで揺さぶるメルを尻目にシュナイダーは涼しい顔をしていた。
「いや、メルがどんな人物か見たいと言うし……」
「だからって、いきなり陛下まで来ると思わないじゃない!」
「しょうがないだろ。婚約を認めるには、それが条件だったんだから」
「あんたは……あんたって人は……っ!」
わかったところで、できることはほとんどない。精々いいお茶を買うのが精一杯である。二人が言い争う仲、シュナイダーは構わず言葉を続ける。
「メルさん……でいいかな?」
「は、はい!」
「楽にしてくれ。……君に聞きたいことがある」
「拝聴いたします」
「我が国の現状をどう見る?」
「……はい?」
想定外の質問に、メルは固まった。思うところはあるものの国王の手前無礼にあたるとなれば、迂闊な口出しはできない。
そんな様子をみて、シュナイダーは軽く笑った。
「さきほども言ったが、わたしは客人の立場だ。世間話のようなものでもいい」
「ですが……」
「わたしも良い機会だと思っている。どうか聞かせてほしい」
「……では、率直な意見を――」
そう前置きをして……メルは現状では厳しいと語った。確かに、モッコクは農作物や畜産において生産量的に強みこそ持っているが、種類が少ないため頭打ちになりやすく、国外への輸出は問題にならなくても、国内では競合同士の潰し合いもある。なにより、土が合わないという理由で放置されている土壌も多く、無駄が多いと感じる旨を伝えた。
「なるほど……」
「知り合いからの受け売りがほとんどですが、わたしもそう感じました」
「では……其方ならどうする?」
「そうですね……同盟国から種を分けてもらうとか……?」
「同盟国から?」
「はい。こちらで栽培している種との交換という形なら種類も増やせますし、使用されていない土壌も利用できるのではないかと思いました……同じ物でも育った環境で農作物の味が変わったという話を聞いたので、差別化ができるのかと……」
「ふむ……だが、仮に向こう、もしくは自国の方の需要が増えたとき、不平等が出るのではないか?」
「仮に出ても輸出入のコストを考えると、それほど影響は出ないのでは……とも、言い切れませんよね……わたしの勝手な推測です。申し訳ございません、」
「……いや、実に見事だ。一体その知識はどこから学んだのだ?」
「お恥ずかしながら……わたしは力が強いので、他の場所に手伝いを頼まれることがよくあるんです。そのときに世間話をよくするので、自然に覚えたという感じでしょうか……」
「なるほど……」
シュナイダーはアレクの方に向き直る。
「アレクよ。お前が言っていたのはこういうことか?」
「はい」
「そうか……人となりもだいたいわかった」
「え……」
「アレクが世話になったと聞いていた。だからこそ、恩賞もかなり多く渡していた。それにも関わらず、荒れた内装にテーブルも傷だらけ、このカップも少し欠けている。少なくともアレクと違い、散財をするような人間ではない」
「父上……」
「だからこそ、腑に落ちないことがある」
メルに向き直り、シュナイダーは口を開いた。
「メルさん……なぜ、アレクにあんな条件を出したのだ?」
「そ、それは……できるわけがないと思ったから……です」
「そんな回りくどいことをしなくても、普通に断ればよかったのではないか?其方がアレクを試すようなマネをするような人には見えなかったのでな」
「そ、それは……」
「言い方を変えよう。其方はアレクが好きなのか?」
「……っ!」
「……メルさん。わたしは、あなたの本心を聞きたい」
メルは目を伏せる。そして、ポツリポツリと語りだした……
「……わかりません」
「メル……」
「わたしは……かつての彼を知っています。今回のことだって、他の女性にやっていたことをそのままやっていたんじゃないかと疑っていました」
「! そんなことは……!」
「黙れ、アレク。そう思われて当然だ」
「……」
「それに……話だっていきなり飛び過ぎです。貴族のマナーもわからないような人間がいきなり王族の婚約者……相応しいとは思えません」
「……正直だな。では仮に、わたしが後ろ盾となりマナーの教育諸々を全面的かつ徹底的にサポートすると約束したらどうする?」
「え……で、ですから……」
「嫌いや何とも思っていないではなく、わからない。何かが引っ掛かっているような物言いに聞こえるが……」
「……人の本質は変わりません」
「メル、俺が信用できないのはわかる。全部お前の言うとおりだ。でも……信じてほしい!」
アレクの瞳は真っ直ぐにメルを見つめ、想いを伝えようとする真剣な眼差しだった。そんなアレクの姿に、メルの心の奥底に眠る感情が湧きだした。
「違う……違うの……」
アレクの訴えを遮るように、メルは涙を流す。
「め、メル……?」
「アレク……変われないのは……わたしの方……なの」
観念するかのようにメルは語る。
両親を亡くした悲しみは、メルにとって途方もないほど大きかった。仮に恋人や家族ができたとしても、魔獣に襲われて亡くなるかもしれない、両親と同じように病気で先立たれるかもしれない。そのとき、自分が耐えられるのか想像しただけで恐怖だった。失う痛みを味わいたくない、そんな不安を抱いて生きていくぐらいなら一人でいようと、強くなろうと必死に虚勢を張り、働いて、忙しさを理由に自分の気持ちを誤魔化し続けていた。
アレクの告白は嬉しかった。しかし、得るということは、失うということ。アレクの想いに応えることは同時に、メルが目を背け続けていたことに向き合うこと。それがメルにとって最も恐れることであり、彼女が根底で抱える弱さと本質だった。
「今さら……生き方なんて……変えられないわ……」
「メル……」
「……怖いの……怖いのよ……」
あれほど気丈に振る舞っていたメルが、これほどまでに感情を吐露し、弱い姿を見たのは初めてだった。アレクはかつてダルストンが言っていた「あいつは別に強いわけじゃない」という言葉の意味を改めて理解した。こちらの姿こそが、本来のメルなのだろう。
シュナイダーが立ち上がり、メルに頭を下げる。
「メルさん。辛い話をさせて申し訳なかった」
「へ、陛下……」
「わたしも妻を亡くしている。その痛みを知っているにも関わらず、踏み込み過ぎてしまった……」
「い、いえ……お見苦しいところを……」
「其方をその姿にしたのは我々だ。其方に非はない……アレク」
「はい」
「わたしは改心したお前を認めている。……だが、一度信用を失ったお前のことを心から信用はできない。メルさんの言う通り、人の本質というものはそう簡単に変わるものではないからな」
「……心得ております」
「適当な令嬢をあてがっても元に戻る可能性は捨てきれん。どんなお前でも受け入れられる度量と、性根を叩き直す峻烈さがなければならんだろう。もっとも、妻一人愛することができない者に国など任せられん。……殴り飛ばされるぐらいがちょうど良かろう」
「父上……!」
「……この場に残ることは許せ」
「……はい!」
シュナイダーは離れ、アレクはメルに向き直った。
「メル……俺は、変わってほしいとは思ってない」
「! アレ……ク……?」
「失うのが怖いのはわかる。でも、ずっと一人でいることを本当に望んでいるのか?」
「そ、そうよ。その方が……傷つかないもの……!」
「だったら……!なんでそんな寂しそうな顔をするんだ……」
「!? ……ち、違っ……違う……!わたしは……」
「お前の両親が遺したものは、失くした悲しみだけなのか?」
「……!!」
「両親の想いを糧に、今日まで生きてきたんじゃないのか」
「……っ!…………っ!……」
メルは思い出してしまった。両親の最期の言葉、そして貧しくても幸せだった頃の記憶。たくさんの温もりをもらった、たくさんの愛情をもらった。だが、過去も両親も戻らない。張り裂けそうな心を守るために、心の奥底に封印していた。
アレクに言った言葉にも、王子としての幸せを応援しようとした言葉にも嘘はない。しかし本当は……寂しかった。
「あ……あぁ……」
「メル。失くしたものより、これから得るものを見てくれ」
メルに跪き、アレクは右手を差し出した。
「アレク……わたし、わたしは……」
「……もう、一人で背負わないでくれ。俺も一緒に背負う……一緒にいる。だから、俺と……わたしとの婚約、お受けしていただけますか?」
「!! …………わたしで……いいの?」
「メルがいい」
アレクの言葉を受け、メルは乱暴に涙を拭って答えた。
「……こんな凶暴な女を選んだことを、精々後悔することね」
「馬鹿王子にはちょうどいいさ」
メルは、アレクの右手にそっと手を置いた。
お疲れ様でした。
もうちょっとだけ続きます。……難産でした。次で最後です。




