3話 送る日
# 第三話 見送りの朝
階段を駆け下りると、台所にはもう朝の匂いが広がっていた。
焼いたパンの香り。
あたたかいスープの湯気。
お母さんは手際よく皿を並べている。
「顔洗ってきなさい」
「もう洗った!」
「ほんとに?」
「ほんと!」
ぱっと両手を見せると、お母さんが呆れたように笑った。
戻ると、お父さんが椅子に座っていた。
「ちゃんと起きたな」
「毎日ちゃんと起きてるもん」
私は胸を張る。
お母さんがまた笑っている。
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朝ごはんをかきこむ。
今日はゆっくり食べていられない。
「そんな急がなくても、まだ少し時間あるわよ」
「でも見送り行くもん!」
「シュイは逃げないぞ」
お父さんの言葉に、私はスープを吹きそうになった。
「逃げるとかじゃないの!」
「じゃあ何だ?」
「……ちゃんと行ってらっしゃい言うの!」
ふたりとも顔を見合わせて笑った。
なんで笑うの。
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食べ終わると、私は立ち上がった。
「いってきます!」
「食器!」
「あっ」
戻してから、今度こそ外へ飛び出す。
朝の森はひんやりしていて、息が白い。
村の道を全力で走る。
木の柵を飛び越え、小石を避け、曲がり角を勢いよく曲がる。
いつものことだけど、朝はなんだか身体が軽い。
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シュイの家に着くと、ちょうど扉が開いた。
「シュイー!」
先に叫んだのは私だった。
出てきたシュイは、荷物を背負っていて、少し眠そうな顔をしていた。
「……うるさい」
「おはようございます!」
私はすぐに背筋を伸ばして、後ろの大人たちにも頭を下げた。
シュイのお母さんが笑う。
「コルちゃん、朝から元気ねぇ」
「はい!」
「はい、じゃないだろ」
シュイがため息をついた。
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さらに奥から、杖をついた小さな影が現れる。
ミミ婆さんだ。
背中は曲がっているのに、目だけはしゃんとしている。
「朝から元気じゃのぅ」
「おはようございます!」
「うむ、良い返事じゃ」
私はぺこりと頭を下げた。
村で一番の魔法使い。
そのミミ婆さんと、シュイは二週間一緒。
私は、なんとなく黙った。
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「じゃあ行くか」
シュイのお父さんが荷を持ち上げる。
荷馬車の準備もできていた。
村の入口まで送って、そのまま町へ向かうらしい。
私はポケットをごそごそ探って、小さな青い石を取り出した。
丸くて、少しだけ透き通った石。
「これ、あげる!」
「……なにこれ」
「お守り!」
「石じゃん」
「お守り!」
半ば無理やり、シュイの手に乗せる。
シュイはじっと石を見て、それからため息をついた。
「……なくしても知らないぞ」
「なくさないでよ!」
「どっちだよ」
でも、ちゃんと荷物の袋にしまってくれた。
少しうれしい。
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荷馬車がゆっくり動き出す。
私は横を走りながら手を振った。
「飴忘れないでねー!」
「まだ言うのか!」
「ふわふわのやつも!」
「雑なんだよ!」
「ジャムもー!」
「増えてる!」
ミミ婆さんが、かかか、と笑っていた。
村の門のところまで来ると、大人たちは足を止めた。
ここから先は、もう外への道だ。
シュイがこちらを見る。
「コル!」
「なにー!」
「行ってきます」
私は胸を張って、大きく手を振った。
「いってらっしゃーい!」
荷馬車は森の道へ消えていった。
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静かになった道の真ん中で、私はふんと鼻を鳴らす。
「よし」
二週間。
長いようで、きっとすぐだ。
その間に、いっぱい強くなる。
私はくるりと踵を返した。
まずは素振り。
それから走り込みだ。
村の道を駆け戻る。
朝の空気は冷たいのに、身体はもうぽかぽかしていた。
「よーし!」
誰に言うでもなく声を出して、私は広場へ向かう。
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まだ人も少ない。
畑へ向かう大人たちがちらほらいるくらいだ。
「コルちゃん、朝から元気だねぇ」
「はい!」
「村長さん達の見送りかい?」
「うん! 行ってきた!」
「そうかそうか」
みんな、いつもの顔でうなずいていた。
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広場の端に立つ。
深く息を吸って、吐く。
木剣を構える。
「いち!」
振る。
「に!」
振る。
「さん!」
振る。
乾いた音が朝に響く。
昨日の夜より腕が軽い。
まだまだいける。
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「じゅう!」
十回で終わるわけがない。
そのまま二十、三十と続ける。
汗が額ににじんできたころ、後ろから声がした。
「朝から元気だな」
振り向かなくてもわかる。
「サルミ兄!」
シュイの次に年の近いお兄さん。
サルミ=バラが、仕事前らしく縄を肩にかけたまま立っていた。
「見送り、もう終わったのか」
「行ってきた!」
「早いな」
「それよりサルミ兄、今日お仕事終わったら立ち合いして!」
「いきなりそこか」
「だって二週間のあいだに強くならなきゃだもん」
サルミ兄は少し笑った。
「その気持ちはいいことだ」
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サルミ兄は私の構えを見て、それから足元へ視線を落とした。
「その前に足だな」
「足?」
「お前、動きは速い。けど、踏み込みが同じだ」
「……同じ?」
「入り方も、止まり方も毎回同じ。だから読める」
ぐっと木剣を握る。
「お前が俺にあまり勝てないのは、そこだな」
悔しい。
でも、うれしかった。
ちゃんと見て言ってくれている。
私は小さくうなずく。
「……わかった」
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そのときだった。
村の入口の方角から、鋭い笛の音が響いた。
一度。
二度。
短く、切るような音。
サルミ兄の顔つきが変わった。




