表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリシュタン  作者: sen
PR
3/4

3話 送る日

# 第三話 見送りの朝


階段を駆け下りると、台所にはもう朝の匂いが広がっていた。


焼いたパンの香り。

あたたかいスープの湯気。

お母さんは手際よく皿を並べている。


「顔洗ってきなさい」


「もう洗った!」


「ほんとに?」


「ほんと!」


ぱっと両手を見せると、お母さんが呆れたように笑った。


戻ると、お父さんが椅子に座っていた。


「ちゃんと起きたな」


「毎日ちゃんと起きてるもん」


私は胸を張る。


お母さんがまた笑っている。



朝ごはんをかきこむ。


今日はゆっくり食べていられない。


「そんな急がなくても、まだ少し時間あるわよ」


「でも見送り行くもん!」


「シュイは逃げないぞ」


お父さんの言葉に、私はスープを吹きそうになった。


「逃げるとかじゃないの!」


「じゃあ何だ?」


「……ちゃんと行ってらっしゃい言うの!」


ふたりとも顔を見合わせて笑った。


なんで笑うの。



食べ終わると、私は立ち上がった。


「いってきます!」


「食器!」


「あっ」


戻してから、今度こそ外へ飛び出す。


朝の森はひんやりしていて、息が白い。


村の道を全力で走る。


木の柵を飛び越え、小石を避け、曲がり角を勢いよく曲がる。


いつものことだけど、朝はなんだか身体が軽い。



シュイの家に着くと、ちょうど扉が開いた。


「シュイー!」


先に叫んだのは私だった。


出てきたシュイは、荷物を背負っていて、少し眠そうな顔をしていた。


「……うるさい」


「おはようございます!」


私はすぐに背筋を伸ばして、後ろの大人たちにも頭を下げた。


シュイのお母さんが笑う。


「コルちゃん、朝から元気ねぇ」


「はい!」


「はい、じゃないだろ」


シュイがため息をついた。



さらに奥から、杖をついた小さな影が現れる。


ミミ婆さんだ。


背中は曲がっているのに、目だけはしゃんとしている。


「朝から元気じゃのぅ」


「おはようございます!」


「うむ、良い返事じゃ」


私はぺこりと頭を下げた。


村で一番の魔法使い。


そのミミ婆さんと、シュイは二週間一緒。


私は、なんとなく黙った。



「じゃあ行くか」


シュイのお父さんが荷を持ち上げる。


荷馬車の準備もできていた。


村の入口まで送って、そのまま町へ向かうらしい。


私はポケットをごそごそ探って、小さな青い石を取り出した。


丸くて、少しだけ透き通った石。


「これ、あげる!」


「……なにこれ」


「お守り!」


「石じゃん」


「お守り!」


半ば無理やり、シュイの手に乗せる。


シュイはじっと石を見て、それからため息をついた。


「……なくしても知らないぞ」


「なくさないでよ!」


「どっちだよ」


でも、ちゃんと荷物の袋にしまってくれた。


少しうれしい。



荷馬車がゆっくり動き出す。


私は横を走りながら手を振った。


「飴忘れないでねー!」


「まだ言うのか!」


「ふわふわのやつも!」


「雑なんだよ!」


「ジャムもー!」


「増えてる!」


ミミ婆さんが、かかか、と笑っていた。


村の門のところまで来ると、大人たちは足を止めた。


ここから先は、もう外への道だ。


シュイがこちらを見る。


「コル!」


「なにー!」


「行ってきます」


私は胸を張って、大きく手を振った。


「いってらっしゃーい!」


荷馬車は森の道へ消えていった。



静かになった道の真ん中で、私はふんと鼻を鳴らす。


「よし」


二週間。


長いようで、きっとすぐだ。


その間に、いっぱい強くなる。


私はくるりと踵を返した。


まずは素振り。

それから走り込みだ。


村の道を駆け戻る。


朝の空気は冷たいのに、身体はもうぽかぽかしていた。


「よーし!」


誰に言うでもなく声を出して、私は広場へ向かう。



まだ人も少ない。


畑へ向かう大人たちがちらほらいるくらいだ。


「コルちゃん、朝から元気だねぇ」


「はい!」


「村長さん達の見送りかい?」


「うん! 行ってきた!」


「そうかそうか」


みんな、いつもの顔でうなずいていた。



広場の端に立つ。


深く息を吸って、吐く。


木剣を構える。


「いち!」


振る。


「に!」


振る。


「さん!」


振る。


乾いた音が朝に響く。


昨日の夜より腕が軽い。


まだまだいける。



「じゅう!」


十回で終わるわけがない。


そのまま二十、三十と続ける。


汗が額ににじんできたころ、後ろから声がした。


「朝から元気だな」


振り向かなくてもわかる。


「サルミ兄!」


シュイの次に年の近いお兄さん。

サルミ=バラが、仕事前らしく縄を肩にかけたまま立っていた。


「見送り、もう終わったのか」


「行ってきた!」


「早いな」


「それよりサルミ兄、今日お仕事終わったら立ち合いして!」


「いきなりそこか」


「だって二週間のあいだに強くならなきゃだもん」


サルミ兄は少し笑った。


「その気持ちはいいことだ」



サルミ兄は私の構えを見て、それから足元へ視線を落とした。


「その前に足だな」


「足?」


「お前、動きは速い。けど、踏み込みが同じだ」


「……同じ?」


「入り方も、止まり方も毎回同じ。だから読める」


ぐっと木剣を握る。


「お前が俺にあまり勝てないのは、そこだな」


悔しい。


でも、うれしかった。


ちゃんと見て言ってくれている。


私は小さくうなずく。


「……わかった」



そのときだった。


村の入口の方角から、鋭い笛の音が響いた。


一度。

二度。

短く、切るような音。


サルミ兄の顔つきが変わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ