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アリシュタン  作者: sen
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4/4

4話 襲撃

村の入口の方角から、鋭い笛の音が響いた。


一度。

二度。

短く、切るような音。


サルミ兄の顔つきが変わる。


「……避難の合図だ」


「え?」


「コル、お前は家に戻れ!」


さっきまでの穏やかな声じゃない。


私は思わず背筋を伸ばした。


「な、なにがあったの?」


「いいから走れ!」


サルミ兄は縄を投げ捨て、近くの薪割り斧を掴む。


そのまま入口の方へ駆け出した。



村じゅうがざわつき始める。


家から大人たちが飛び出してくる。

子どもを抱える人。

荷を持つ人。

何が起きたかわからず立ち尽くす人。


「森の外に武装した連中だ!」


「人数は!?」


「まだわからん!」


声が飛び交う。


胸がどくんと鳴った。


武装した連中。


何のことか、よくわからない。

でも、みんなの顔を見れば、良くないことだけはわかった。



「お母さん……!」


家までの道を、私は夢中で走った。


さっきまで走っていたのに、今はまるで違う。


胸が苦しい。

足が軽いのに、重たい。


何が起きたのかわからない。


でも、サルミ兄の顔だけは忘れられなかった。


あんな顔、初めて見た。



「お母さん!」


扉を勢いよく開ける。


家の中では、お母さんが棚から布袋を下ろしていた。

お父さんは壁に立てかけてあった槍を手にしている。


ふたりとも、もういつもの顔じゃない。


「コル!」


お母さんが駆け寄ってきて、私の肩を掴んだ。


「無事でよかった……!」


「な、なにがあったの?」


「外から人が来たの」


「人?」


「いい人じゃない」


お父さんが短く言った。


その声に、ぞくっとした。



「コル、お母さんと一緒に避難場所へ行け」


「え?」


「すぐにだ」


「お父さんは?」


「俺は残る」


何のために、なんて聞かなくてもわかった。


外で、男の人たちが集まる声がしている。


道具を持つ音。

怒鳴る声。

走る足音。


村のみんなが動いている。


「やだ」


気づけば、口から出ていた。


お父さんが眉を上げる。


「コル」


「やだ! 一緒に行く!」


「だめだ」


「なんで!」


「お前を守るためだ」


言い返せなかった。


喉がつまる。



お母さんが私を抱きしめた。


「大丈夫。すぐ終わるわ」


その声はやさしいのに、少し震えていた。


大丈夫じゃない。


そう思った。


でも、何も言えない。



外からまた笛の音が鳴る。


今度はさっきより近い。


お父さんが扉へ向かう。


「裏手から行け。森側の避難小屋だ」


「あなたも必ず来て」


お母さんが言う。


「ああ」


お父さんはうなずいた。


でも、その背中はもうこちらを見なかった。



家の裏口から外へ出る。


お母さんに手を引かれて走る。


畑の間の細い道。

朝露で草が濡れている。


遠くで、怒鳴り声がした。


知らない声だった。


私はびくっとして、お母さんの手を強く握る。


「お母さん……」


「大丈夫。前だけ見て」


そう言われても、振り返ってしまう。


家々の向こうに、黒い影がいくつも見えた。


村の人じゃない。


知らない人たちだ。


棒や剣みたいなものを持って、走っている。


胸が冷たくなる。



そのとき。


広場の方から、誰かの怒鳴り声が響いた。


「子どもを先に逃がせ!」


サルミ兄の声だった。


私は思わず足を止めかける。


でも、お母さんが強く引いた。


「コル、走って!」


「……うん!」


涙が出そうになるのをこらえて、私はまた前を向いた。


森側の細道を、ひたすら走る。


草が足に当たる。

枝が腕をかすめる。

息が熱い。


お母さんの手は強くて、少し痛いくらいだった。


それでも、離してほしいなんて思わなかった。


離れたら、何か全部なくなってしまいそうで。



避難小屋は、村の外れにある古い木小屋だった。


狩り道具や保存食を置いておく場所で、私は何度か来たことがある。


そこにはもう何人も集まっていた。


小さな子を抱えたお母さんたち。

泣いている子。

青い顔の大人。


扉が開くと、みんな一斉にこちらを見る。


「コルちゃん!」


「無事だったかい!」


「よかった……!」


声が飛んでくる。


お母さんは私の背を押して、中へ入れた。


「ここにいなさい」


「お母さんは?」


「まだ外に人がいるの。手伝ってくる」


「やだ!」


思わず叫ぶ。


さっきから、やだしか言えていない。


でも、本当にやだった。


「置いてかないで」


声が震える。


お母さんはしゃがんで、私の頬に手を当てた。


「コル。ちゃんと聞いて」


いつものやさしい声だった。


「あなたはここで待つの。お父さんも、私も、戻ってくる」


「でも――」


「待つの」


その言い方だけ、少し強かった。


私は唇を噛んで、うなずくしかなかった。



お母さんが出ていく。


扉が閉まる。


小屋の中が急に狭く感じた。


ざわざわとした息遣い。

子どもの泣き声。

外から聞こえる遠い怒鳴り声。


私は扉の前に立ったまま、動けなかった。



「コルちゃん」


振り向くと、近所のおばさんが毛布を差し出していた。


「座りな」


「……いらない」


「寒いよ」


「寒くない」


本当は少し寒かった。


でも座ったら、泣いてしまいそうだった。



外で、何かがぶつかる大きな音がした。


誰かが悲鳴をあげる。


小屋の中の子どもたちまで泣き出した。


胸がぎゅっと縮む。


お父さん。

お母さん。

サルミ兄。


みんな、どうしてるんだろう。



私は気づけば、自分の手を見ていた。


何も持っていない。


木剣も置いてきた。


ただ、震えている手だけ。


それが悔しかった。


私は走れる。

剣も振れる。


なのに、ここで待つしかない。


何もできない。



また外で声がした。


今度は、近い。


小屋のすぐ外だ。


中の空気が凍りつく。


誰も喋らない。


足音がひとつ。

ふたつ。


土を踏む音。


扉の前で止まった。


小屋の中は、息を潜めたまま固まっていた。


泣きそうな子どもの口を、お母さんが押さえている。

誰も声を出さない。


外では、走る足音と怒鳴り声が行ったり来たりしていた。


その中に、木を引きずるような音が混じる。


「ひとまず閉じとくか」


知らない男の声。


その直後。


ぎ、ぎ、と何かが扉に当てられる音がした。


扉を開けようとした男の人が押してみる。

少しだけ動いて、すぐ止まった。


「……塞いでる」


誰かが、青い顔でつぶやいた。


外から何か立てかけられている。


小屋の空気が冷たくなる。


子どもが小さく泣いた。


その時だった。


「どけぇっ!」


外から聞こえた声に、私は顔を上げた。


サルミ兄だ。


すぐに、木と木がぶつかる音。

荒い足音。

誰かが地面を滑る音。


「……っ、くそ!」


またサルミ兄の声。


その声色に、違和感を感じた。


短く、切れて、苦しそうで。

いつもの余裕なんて、どこにもない。


胸がぎゅっとなる。


嫌だ。


とても嫌な感覚にコルは居ても立っても居られなくなった。

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