2話 前日
サルミ兄のいる広場まで、私は全力で走った。
森の道はでこぼこだけど、慣れてるから平気だ。
町でしか食べられない甘いやつ。
ふわふわしたやつ。
ちゃんと分かってくれるかな。
……シュイだから、たぶん大丈夫。
でも、それより。
この前、負けた。
悔しかった。
シュイはすごい。
きっとこれからもっと強くなる。
だったら、私ももっと強くならなきゃ。
シュイが町に行ってる二週間、いっぱい木剣を振ろう。
サルミ兄にもたくさん相手してもらおう。
次に会ったら、絶対勝つ。
⸻
「サルミ兄ー!」
薪を抱えていたサルミ=バラが振り向く。
「おう、コル。今日はなんか食ってきたな?」
「えへへ」
「シュイとだろ」
なんで分かるんだろ。
「今から勝負しよ!」
「飯前だから一回だけな」
「やった!」
サルミ兄は笑いながら薪を下ろした。
木剣を持って構える姿は、やっぱりかっこいい。
私も木剣を抜く。
「今日は勝つよ!」
「この前も言ってたな」
「今日はほんとに!」
「毎回ほんとだろ」
むぅ。
でも今日はほんとだ。
⸻
地面を蹴る。
最初の一歩で間合いを詰める。
「はやっ」
サルミ兄が笑いながら半歩下がる。
そのまま木剣を横に払ってきた。
私はしゃがんで避ける。
風が髪をかすめた。
そのまま踏み込み、胴へ打ち込む。
――がつん。
「いっ!」
手がしびれた。
いつの間にか、サルミ兄の木剣が先にそこにあった。
「まだまだ動きが素直すぎるな」
「むぅ……!」
悔しい。
すぐに離れて構え直す。
サルミ兄は強い。
でも、だから好きだ。
本気で振らないと届かない。
⸻
私は息を吸って、もう一度踏み込んだ。
今度は上から。
振り下ろす直前で手首を返し、横薙ぎへ変える。
「おっ」
少し驚いた顔。
でも、防がれる。
なら次。
弾かれた勢いのまま身体を回し、逆側から打つ。
「へぇ」
これも止められた。
「コル、お前また速くなったか?」
「えへへ!」
褒められた。
でも勝ててない。
私は口をきゅっと結んで、また飛び込んだ。
⸻
何度も打って、何度も止められる。
腕が熱い。
足も重くなってきた。
それでも、止まりたくない。
シュイは明日から町へ行く。
しかもミミ婆さんと二週間一緒だ。
村で一番すごい魔法使いとずっと一緒なんて、絶対もっと強くなって帰ってくる。
そう思うと、じっとしていられなかった。
私も強くならなきゃ。
「っ!」
踏み込んで、今度こそと思って木剣を振り抜く。
そのときだった。
「コルー! ご飯できたよー!」
お母さんの声が森に響いた。
「あっ」
思わずそっちを向いてしまう。
サルミ兄がぽんっとコルの頭を叩き、吹き出した。
「集中切れすぎだろ」
「うぅー……」
悔しい。
でも、お腹は空いていた。
⸻
「また明日!」
木剣を抱えて、私は走り出す。
広場を抜け、家々の間を駆ける。
途中で石につまずきかけたけど、くるっと一歩回ってそのまま走る。
「……ほんと、なんなんだあいつ」
去っていく背中を見送りながら、サルミ兄は苦笑した。
もう、ほとんど手加減なんてしていない。
それでも食らいついてくる。
あと少し育てば――本気でも負ける。
⸻
家に入ると、いい匂いがしていた。
「遅い!」
「ごめんなさーい!」
お母さんが呆れながら皿を並べている。
お父さんは椅子に座って笑っていた。
「またサルミに付き合わせたのか?」
「もっと頑張らないと、シュイに置いてかれちゃうの!」
「おお、やる気だな」
「うん! がんばる!」
椅子に飛び乗るように座る。
お腹がぺこぺこだった。
⸻
「明日は早いんでしょ?」
お母さんがスープをよそいながら言う。
「うん! シュイたち見送りいく!」
「寝坊するなよ」
お父さんが笑う。
「しないもん!」
言い返しながら、私はパンをちぎった。
明日、シュイは町へ行く。
少しさみしい。
でも二週間だけだ。
その間に私はもっと強くなる。
木剣だって毎日振る。
帰ってきたシュイをびっくりさせるんだ。
そう思うと、なんだか楽しみになってきた。




