1話 コル=プルト
「シュイ〜!」
森の向こうから響いた声に、僕は本から顔を上げた。
切り株に座って読んでいた魔法書を閉じるより早く、茂みがばさばさと揺れる。
飛び出してきたのは、コル=プルトだった。
髪には葉っぱ。
服には土。
そして手には、大きな魚。
「見て見て! おっきいの取れた!」
「……また川入ったの?」
「浅いとこだけ!」
胸を張るコルの足元は、びしょ濡れだった。
こいつは昔からこうだ。
思いついたらすぐ走る。
気になったらすぐ登る。
木の実を見つければ木に登り、鳥の巣を見つければ覗き込み、川を見つければ魚を捕る。
そのたびに泥だらけになって帰ってくる。
村の誰より元気で、村の誰より落ち着きがない。
同じ年頃の子どもが少ないこの村で、気づけば僕の隣にはいつもコルがいた。
「焼いて食べよ!」
「夕飯前だろ」
「シュイと半分こするから大丈夫〜」
返事を待つ気もなく、コルはその場で小枝を拾い集め始める。
「……仕方ないな」
「やったー!」
ぱっと笑う。
その顔を見ると、断るのが馬鹿らしくなるのが悔しい。
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コル=プルト。九歳。
魔法はまるでだめだ。
前に火の練習をしたときは、ろうそくみたいな火を二秒だけ出して、そのまま倒れた。
生まれつき魔力が少ないらしい。
でも、その代わりなのか。
走れば速い。
木登りも速い。
そして、剣の筋がいい。
村で訓練相手になってくれているサルミ兄に、たまに勝つことすらある。
サルミ兄は十八歳だ。
本気ではないにしても、九歳の女の子が相手になる時点で普通じゃない。
この前、僕はそんなコルとのチャンバラで初めて勝った。
……魔法を使って。
本人の前では威張ってみせたけれど、突然の不意打ちみたいなものだ。
それでもコルは悔しそうにしていた。
次の日から、木剣を振る音が前より増えていた。
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焚き火の前にしゃがみこみ、僕は指先へ意識を集める。
そこへ自然と魔力が集まり、火へ変わる感覚。
小枝に、すぐ火が移った。
「いいなぁ……」
隣でコルが羨ましそうに見てくる。
「またそれ?」
「私もそれくらいできたらなぁ」
「別にいらないだろ」
「なんで?」
「コルは魔法なくても変だし」
「変ってなに!?」
魚を振りかざして怒ってくる。
「褒めてる」
「えへへ」
単純すぎる。
夕暮れの森に、コルの笑い声が小さく混ざった。
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魚が焼ける匂いが広がる。
「まだ?」
「まだ」
「もうよくない?」
「よくない」
「けち」
「うるさい」
やっと焼けた魚を半分にして渡すと、コルは嬉しそうにかぶりついた。
「あつっ!」
「当たり前だろ」
「でもおいしい!」
ころころ表情が変わる。
見ていて飽きないやつだ。
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「ねぇシュイ」
「なに」
「明日、町いくんでしょ?」
少しだけ静かな声だった。
「ああ」
父さんがミミ婆さんを会合まで送る。
今年は僕も一緒についていくことになった。
母さんも同行する。
二週間ほど、村を空ける予定だ。
「いいなぁ」
「遊びじゃないって」
「でも町なんでしょ?」
「そうだけど」
少し考えてから、コルは指を立てた。
「じゃあ、町でしか食べられない甘いやつ!」
「雑だな」
「あと、ふわふわしたやつ!」
「もっと雑になった」
「シュイなら分かる!」
「なんだそれ」
ほんとに勝手なやつだ。
でも、二週間会えないのかと思うと、少しだけ変な感じがした。
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「ごちそうさま!」
魚を食べ終えたコルが、木剣を持って立ち上がる。
「シュイ、立ち合いしよ!」
「今?」
「今!」
「今日はやだ」
「むぅ、わかった」
頬をふくらませたかと思えば、すぐに向きを変える。
「じゃあサルミ兄のとこ行ってくる!」
「おい、口の横ついてるぞ」
「え!?」
慌てて袖でごしごし拭きながら走り出す。
そのまま木の根に足を引っかけた。
「あっ」
転ぶ――と思った次の瞬間。
くるり、と一歩踏み直し、そのまま何事もなかったように走っていく。
……なんなんだ、あいつ。
僕は思わず笑ってしまった。
明日には町へ出る。
戻ったら、また勝負になるんだろう。
二週間だけだ。
すぐ戻る。
このときの僕は、本気でそう思っていた。




