職務怠慢はダメ絶対
「…………………………………………えっ?」
ぽかーんと阿呆みたく口を開けて惚ける。
そこに建っていたのは、十メートルはあるであろう壁だった。
打ちっぱなしのコンクリート。無機質で飾り気もデザイン性も何もない、最低限建てたといった感じの風貌。
……いや、問題はそこじゃない。
驚いたのは、その壁が数十、数百メートル以上先までずっと続いていたことだ。
見える範囲だけでもかなりの長さが続いている。まるで何かを囲い込んでいるかのように。
彼が私の隣に立って、その切れ長の目をするりと眇めて壁を見つめる。
「ここは……」
ただひたすら息を呑んで戸惑いを押し殺す私の隣に彼が立つ。
「―――準無法地帯『王火』。森に囲まれた小山の先の小さな町。警察にさえ見放された町だ」
「警察に? そんなことあるの?」
驚いて彼を見上げる。それは職務怠慢というものではないのか。
「元々治安が悪い町ではあったんだ。それでも大きな騒ぎがあればまぁ動いてた。当然だがな」
そこで唇をへの字に曲げる。拗ねた子供みたいな可愛い表情。きゅんです。
「でも―――十五年くらい前から、突然町に一切干渉しなくなったんだ。おかげで町は荒れ放題。不良やら半グレ集団やらがゴキブリみたく沸きまくった」
「嫌な喩え方だね……」
ゴキブリて。半グレとかに使う単語じゃない。
でもなんとなくわかる。治安を守る警察が機能しなくなれば、治安が悪化することくらい子供でも理解できる。
「警察が動かなくなった理由は?」
「……不明だ。だが、どっかの金持ちからの圧力だって噂だ」
「ふぅん」
それは、かなりのお金持ちの仕業じゃないだろうか。
町一つを無法地帯に変えてしまうほどの大きな圧力をかけるなんて、誰がどうして、なんのために?
……考えても仕方ないか。成金のおっさんの考えなんざわかりたくもない。あ、想像しただけで鳥肌立った。
「じゃ、この壁は? 誰が、何のために?」
おもむろに壁に近寄って、ひんやりとしたそれを軽く撫でる。
……うん。かなりしっかり造られているみたいだ。
町の住民が建てた? それとも……。
「王火町の町長が突然建てるって言い出したんだと。例の金持ちから賄賂貰ったとかなんとか言われてるが、真偽は闇の中だ」
「……そのお金持ちとやらは、一体何がしたいんだろうね?」
「さぁな。化け物でも閉じ込めたかったんじゃねーの」
「なにそれ」
よくわからない物言いにケラケラ笑う。
つられたように少し笑った彼に一度車に戻ると言われて、また森の入り口に戻った。
「トランクから鞄出せ、鞄。おら」
「エッ、なになに。何があんのさ」
「いいから早くしろ」
ここに来る前に造らされた旅行用鞄を引っ張り出す。日用品の諸々が詰まっているため、そこそこ重い。
一方の彼は鞄も何も持っていない。うーん?
「……えっと、それで、何があるの?」
「おー。お前、ちょっとここに住んでテッペン取れ」
「………………………………はっ??」
人生で一番と言っていいほど不可解な瞬間だった。
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