玉座がガラ空き
今彼は、一体なんと言ったか。
ここに住んで―――つまり王火町に住んで、テッペンを、取る……??
「……………………………………いや、は? テッペン? てっぺ……え??」
つまりそれはどゆこと??
なおも理解できずにいると、ハーッと長いため息を吐かれる。ウッ、心にダメージが……。
「テッペンはテッペンだよ。この町で最も価値のある人間になれってことだ」
「いや、待って!? ごめん私全然話が読めない!! なになにどういうこと!? どういう話コレ!?」
「王火町の新たなる王の誕生って話だよ」
王の誕生。
もうわけのわからない話すぎて涙が出てきた。
わかんないよぉ、と涙目で訴えると、彼はボンネットに腰をかけて詳しく説明してくれる。…………イケメンだな。
「警察が機能しなくなったって言ったろ。そうしたら町は荒れた。そして次第に、王火を支配しようとする連中が沸き出したんだ」
「へぇー、そりゃ大変だね」
適当に相槌を打つと、ちゃんと聞けとでも言うかのような胡乱気な視線を向けられる。
「お前なぁ……他人に興味ないのはわかってたが、せめて可哀想だネ、くらい言ったらどうだ?」
「かわいそうだ……ネ? ……うーん、ごめん思えないや!」
「可愛くねぇ奴」
なんか悲しいこと言われた。つらみ。
しょぼんと落ち込んでいると、慰めるように肩を叩かれる。大きくて硬い手だ。好き。
低い、物憂げな声が落ちる。
「王火は荒れた。これ以上ないってほどにな。あちこちで血が流れ、暴力が当たり前の地となった。住民たちは皆蹲り、家の中で我関せずを貫くしかなかった。いずれ現れるだろう、王火町の支配者に怯えながら」
そこで一旦言葉が区切られる。
次いで発せられるのは、どこか揶揄うような、とっておきの秘密を話す子供のような声音。
「そして数年後、本当に町のテッペンになった奴がいんだよ。純粋な武力だけで敵を捩じ伏せ、話術で色んな人間と交渉して安定した生活圏を築き、さらに町の“守護神”まで立てちまった奴がなァ」
にんまりと、チェシャ猫みたいな笑みを浮かべた彼が、ぱっと掌を開いて言葉を発する。
「ソイツのおかげで、町はある程度の治安を維持できるようになった。ま、依然として不良は多いし警察は働かねぇがな。それでも日常生活くらいは元通り送れるようになったんだ」
「それは……すごいね」
「だろ?」
宝物を自慢するような表情に、心臓が不整脈を起こす。真剣な話だっていうのはなんとなくわかるけどこればかりは仕方ない。いつもは超最高にカッコいいのに、時々可愛くなるのが悪いのだ。
内心悶える私の前で、彼がいつもチェーンで首から下げているリングを指で引っ張り上げる。
金色に赤、青、緑などの小さな宝石が装飾されたリング。王冠の形を模したそれを、彼は徐に陽光に翳した。
チラリと見えた瞳の奥には、安易に近づけば焼けてしまいそうなほど熱く、小さな炎が燃えているようだった。
「付いた通り名は『炎王』。王火町と掛けてんだろうな。んで、そいつがいつも肌身離さず持ってたっつー冠には、『王の炎冠』なんて厨二臭ぇ呼び名が付いてる」
「……それは確かに厨二臭い」
「そうだろ? んで、その王冠を取ってくんのがお前の仕事だ」
「ア、話そこに繋がるんだ……」
繋がっちゃうんだ……。
話はわかった。これ以上ないほどに。
しかしこの王火町でテッペンになるなんて、並大抵の話じゃないように思える。
「や、そもそも! その炎王様は!? その人がトップなんでしょ!?」
「ああ。だが奴は数年前に姿を消したんだ。荒れた町と、空っぽになった玉座を置いて」
「は? 消えた?」
せっかく作り変えた町を置いて?
一体どうして? 何がしたいの?
「王が行方不明になり、王火は再び荒れた。守護神達は王を求めて彷徨い歩き、不良達は次代の王の座を欲して暴力を振るうようになった。だからこの町には、前の炎王に代わる人間が必要なんだ」
「……なるほど。事情は分かった。でも、私がわざわざ王になる理由は? 別の誰かでもいいし、そもそも私達には何の関係もないよね?」
冷静に一番の疑問を突きつけると、彼は痛いところを突かれたように口を噤んだ。
別に王になるのが嫌なわけじゃない。それが彼の命令なら喜んでなるさ。
だがそれ以上に、どうして彼がこんな町を気にかけるのかが不思議だった。
少しの間沈黙が落ちて、ややあって彼が再び口を開く。
「……まだ言えねぇな」
そこまで溜めておいて??
彼はフゥッと息を吐き、稀に見る真剣な眼差しになる。
「でも、お前じゃねぇとダメなんだよ。このままだと、一年以内にこの町は朽ち果てる。誰かが、新たな王にならない限り」
心臓がバクリと大きな音を奏でる。
一年以内。予想よりも早いタイムリミットに、ようやく話が現実味を帯び出す。
「お前ならできる。お前にしかできない。なぁ、頼まれてくれねぇか?」
……彼にそこまで言われてしまうと、なぁ。
神に献身する私は、何も聞かずに従う以外の選択肢がなくなってしまう。
「……ほんと、ずるいひと」
自分の心酔っぷりに呆れながらそう吐き捨てて、気持ちを新たにする。
さぁ、迷いは捨てろ。彼の望みを叶えることだけを考えるんだ。
私は王火町の新たなる王になる。彼は私ならできると言った。ならばできる。彼の言うことに間違いはないのだから。
「わかったよ」
一体どんな困難が待ち受けているのか。私は本当に王になれるのか。どんな強敵が襲ってくるのか。
そんなくだらない諸々は考えない。
どうでもいいこと。私にとっての最上は、彼の願いを叶えることだけ。
「私が、王になる」
ねぇ神様。私の美しい光。
必ずその願いを叶えるから。貴方の憂いを全て払ってあげるから。
そうしたら貴方は。
「頼んだぞ、蕾」
もうそんな、後悔と安堵が入り混じった顔で笑わなくてもいいのかな。




