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忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」  作者: 竜弥
最終章:崩壊王国の戦い
188/188

第188話 帰り道 後半

 背中ひとつ分ほんの少し先を、玄太は黙って前を歩いている。こいつは、俺の後ろにいる時より、前に出ている時の方が落ち着いて見える。


 ――ああ、そうか。


 俺は今まで、こいつを「守る側」だと思ってた。おびえないように、迷わないように、俺の背中に隠して。そういう役目を、自分に課していた気がする。でも違うんだ。玄太は、俺が思っているほど弱くない。むしろ、記憶にあるあいつの背中は、いつだって前を向いていた。勇気と勢いだけで、俺の追ってきた背中だ。俺は、その背中が好きだ。視界のどこかにあいつがいるだけで、自然と肩の力が抜ける。


 なのに玄太は、前に言っていた。俺の背中は嫌いだって。どこかへ行ってしまいそうで、怖いから――そう言っていた。


 ―――花の匂いが、はっきりと濃くなる。


 玄太が立ち止まる気配がして、俺も足を止めた。


「ここっすね」

「ああ……ここだな」


 赤、青、金色。そうだ、この花だ。俺をこの世界で最初に迎えてくれた宝石みたいな花。


 風に揺れる花に囲まれた玄太を見ながら、ふと思う。この先に何があろうと、もう関係ない。こいつとなら、どこに行ってもいい。何が起きても、一人で背負わなくていい。それだけで、十分だった。


「ここから、全部始まったんだっけ」

「はい!俺も最初、クータンとここに降り立ったんすよ。もっと向こう側でしたけど」


 玄太の声は、静かだった。


 ――本当は、違う。


 もともと背負うはずだったのは、俺ひとりの運命だ。俺だけが呼ばれた世界で、俺だけが巻き込まれた話だった。それをこいつは何の保証もなく、体ひとつで追いかけてきた。しかも、神の領域なんて場所にまで、助けに来ちまいやがってさ。


「そういやてんぱい……ちゃんと話してなかったっすね」

「何をだ?」


「俺が、どうやって神の領域まで行けたかって話っす」


 俺はうなずくと、黙って続きを促した。


「リオックさんに色々調べてもらって……で、分かったんすよ。ここに咲く花が、次元の扉が開く“条件”だって」


 花が揺れる。風に混じって、かすかに魔力の気配がする。


「膨大な魔力が一定以上満ちると、この花が咲くって寸法みたいなんすよ!」

「……理屈は分かったような、分からんようなだな」


「あれ?逆か?満ちるから咲くんすよね?……はは、俺も正直、半分くらいしか理解してないっす!」


 へらっと笑う。無茶苦茶な内容なのに、その軽さが逆に胸に残る。


「でも、待ってても咲かないならどうするかって話になってぇ……」

「ん………まさか?」


「はい。無理やり、咲かせました!」


 相変わらず無茶苦茶な考えだ。胸を張る玄太を見て、思わず息を吐いた。


「農場のみんなに魔力をぶわっと放出してもらって。アリスさんもラクターさんも、みんなっす!」

「……全員、巻き込んだのか?」


「はい!だから俺ひとりの力じゃないっす。てへ」


 そうだ。こいつはいつもそう。自分ひとりで背負わない。勝手に孤独な英雄にならない。誰かの力を借りることを、恥だと思わない。それは弱さじゃない。俺には、出来なかったやり方だ。


「……もう無茶すんなよ、って言うのも変だけどな」

「無茶じゃないっすよ?これがおれの能力すから!」


 玄太はへらっと笑った。その笑顔を見ながら、俺ははっきり理解する。……心配するな。俺はもう、お前の前からも、後ろからも、勝手に消えたりしない。ちゃんと、隣にいる。


「なあ、玄太」

「はい?」


 ただ一緒に歩いて、同じ場所に行くだけだ。応えなきゃ、じゃない。俺が応えたいんだ。俺が、こいつを必要としてる。


「これからも俺とずっと……」


 素直な気持ちを伝えよう。そう思った瞬間、風が吹いて花が一斉に揺れた。


「あれ?なんか……」

「え?」


 ―――花の匂いがさらに濃くなる。


「なんか……おかしくね?」

「……はい、そういや……」


 玄太が、きょとんとした顔で辺りを見回す。俺も、足元に目を落とす。


「……は?」


 嫌な予感ってやつが背中を伝う。


 よく考えたら、なんで今ここに花が咲いてるんだ。この花は、条件が揃わなきゃ咲かないって話を聞いたばかりだ。魔力が満ちた時だけ、扉の前触れみたいに現れるはずの花だろ。


「え、ちょっと待って……なんで?」

「ああ。なんで今、咲いてる?」


 誰も魔力は集めていない。農場のみんなもいない。無理やり咲かせる理由も必要もない。


 ―――なのに。


 風がもう一度吹いた。さっきまで穏やかだった空気が、不自然に流れを変える。花畑を渡る風が渦を巻き、その奥の方で、空気そのものが軋むように歪んだ。


「てんぱい……あれ……あれって……」


 その歪みに見覚えがある玄太が、花畑の中心を指さしたまま、言葉を失って震えている。玄太は無意識のまま、一歩、俺の方へ寄る。俺は、その肩に手を置いた。力を込めたつもりはなかった。ただ、離れないでいろ、と伝えるために。


「ああ……大丈夫!大丈夫だから!」


 視線の先。花畑の奥、風の流れが一点に吸い込まれていく場所に、黒い裂け目が、静かに口を開けていた。告白は、飲み込んだまま。胸の奥で形になりかけた想いを、無理やり押し留める。


「うそ……なんで……なんで!!?」


 最初は、ただの影のような歪みだった。次の瞬間、それは光を吸い、音を飲み込み、周囲の空気ごと引き寄せ始める。


 ―――ゴゴゴゴゴゴッ!


 低い音が、地鳴りのように響いた。黒い扉から噴き出すように放たれた魔力が花畑を覆う。


 それに反応するように、花畑が一斉に咲き乱れた。花たちは煌々と光を帯び、色を濃くし、数を増やし、まるで何かの儀式をなぞるみたいに不気味に揺れた。


「……戻す、つもりか」


 思わず、声が漏れた。


「て、てんぱい……戻すって……戻すってなんなんすか!」


 玄太の声は震え、やがて叫びに変わる。その叫びの大きさに応えるように、黒い扉はさらに大きく口を開けた。吸い込む力が一層強まり、足元の花弁が宙に舞う。渦を巻いて引き寄せられていく俺の身体。


「俺から……離れんな……」

「絶対!!!放しませんから!!!」


 その一言で分かる。こいつはもう察している。俺は、玄太の肩に置いた手に無意識に力を込めていた。


【……還れ…】


 胸の奥に、滲むようにクザンの声が響いた気がした。


 これは、世界を救ったからじゃない。選ばれたからでもない。役目が終わったから戻す。ただそれだけの話だ。ふざけるな。俺はもう器じゃない。いらなくなったから帰れなんて冗談じゃねえ。隣にいるこいつを置いていくために、生き残ったわけじゃない。


 ズルリ―――

 

 花畑の中心から、黒い渦が這い出すように形を成した。それは意思を持たない、ただ用済みの俺を回収するためだけに動く魔力の触手。反射的に身構えた瞬間、その一本が俺の胸元へ伸びる。


「玄太――!」


 喉が裂けるほど叫んだ。


「こうなったら……来い!!一緒に――!!」

「てんぱぁぁぁい!!」


 玄太が迷いなく駆け出した。躊躇も計算もなく、ただ一直線に俺のいる場所へ。その姿を見た瞬間、胸の奥が焼けるみたいに熱くなる。だが―――玄太の拳が黒い渦に触れたその瞬間、空気が弾けた。


「うがっ……!!」


 見えない壁が衝撃とともに姿を現す。乾いた音が響き、玄太の身体が容赦なく後方へ叩き返された。緑のツナギが花を踏み散らして地面を転がる。咄嗟に起き上がった玄太は、呆然と自分の手を見つめていた。


「なんで……?」


 胸の奥が、凍りついた。


 ――そうか。


 玄太は対象じゃない。ここに呼ばれた存在じゃない。神のルールの外側にいるイレギュラー。だから、「戻る」という概念が、最初から無い。


「そんなぁぁぁ!てんぱぁぁぁい!!」


 玄太が必死に立ち上がって駆けだして来る。


「もう一回……!」

「無理だ!!お前は……戻れない!!」


 叫びが、怒鳴り声になる。


「そんな……そんなの……関係ないっす!!」


 玄太の声は、涙で震えていた。分かってしまった。神の器に課された最後のルール。くそ!ここまで来て、ここまで一緒に乗り越えても、それでも離されるのか。


「玄太ぁ…!」


 黒い触手が、さらに強く締め上げる。逃げ場を探す余地すら与えず、魔力の塊が意思を持った腕のように絡みつき、骨ごと引き剥がす勢いで俺の身体を引き寄せていく。足元の感覚はもう曖昧で、地面に立っているのか、宙に浮かされているのかすら分からない。


「て、てんぱい!おれも絶対ついて……」

「いいから聞け!!」


 引力に逆らうたび、肺の空気が削られ、視界の端が滲む。それでも、目だけは必死に玄太を捉え続ける。背中が、肩が、腕が、順番に“持っていかれる”感覚。もう時間がないと、はっきり分かる。


「俺、は……!」


 言葉が途中で途切れそうになる。伝えたいことは山ほどあるのに、残された時間はわずかだ。


「お前とずっと一緒に……飯食って……一緒に笑って……」


 ――告白。

 

「そうやって……お前と一緒に生きていきたいんだ!!」


 こんな状況で言うつもりじゃなかった。もっと普通に、もっと穏やかに、ちゃんと向き合って言うはずだった。それでも今この瞬間を逃したら、もう二度と届かない。


「て、てんぱい……それって……」


 玄太の声が、かすれる。


「一生、俺のそばにいてくれ!!」


 叫びきったその瞬間、触手が背中から肩から完全に俺の身体を絡め取った。もう、抗う余地はない。視界の半分が闇に沈み、風の音も、花の光も、遠のいていく。


「てんぱぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 花畑に光が弾け、魔力が爆ぜる。空気が裂けて、世界が一瞬白く染まった。玄太の叫びだけが、花畑に残る。


 そして、俺の姿はこの世界から完全に消えた。



 ―――静寂。



 風が止み、花の揺れも収まる。さっきまでそこにあったはずの“存在”が、最初からいなかったみたいに、畑は静まり返っていた。


「……てんぱい?」


 ふらっと一歩前に出て、何もない空間に手を伸ばす。分かってるのに、もう一度だけ呼べば戻ってくる気がして、玄太は一歩前に出た。


「……また、これ?」


 小さい声が花畑に落ちて消える。世界は何も変わっていないのに、てんぱいだけがいない。立ち尽くしたまま、そこにいたはずの場所から目を離せない。



 ――次元の、内側。


 闇でも光でもない場所。吸い込まれた空間の中で、俺はまだ必死にしがみついていた。意識だけ異様に冴えて、聞こえるのは俺の中から聞こえる無機質な圧だけだ。


 ――還れ。

 ――役目は終わった。

 ――戻るべき場所へ。


「……クザン?」


 喉の奥から低く声を落とす。


「聞けよ……俺の帰る場所は、俺が決める……」

「俺が戻る場所ってのはなぁ……」

「あっちとかそっちとか……そんなんじゃねえんだよ……」


「さあ……俺を還せ……」


 内側から魔力が噴き上がると、青い雷が次元の壁を走った。


「…………玄太のいるところに!!!」


 ――ルールに、従え!!!




 次の瞬間。


 花畑の中心、呆然と立ち尽くす玄太の頭上で空が歪んだ。雲ひとつなかったはずの空に、黒と青が混じる雷雲が急激に渦を巻く。


「……なに、これ……!」


 風が巻き上がり、花が逆立つ。


 ―――ドンッ!!!


 特大の青雷が、花畑の中心へと叩き落とされた。

 いや、正確には地面ではない。雷は“空間そのもの”を狙い、光と闇の境界を無理やり引き裂いた。世界が悲鳴を上げるように軋み、裂け目が走る。


 玄太は思わず息を呑む。


 次の瞬間だった。裂け目の奥から、両手が伸びてきた。必死に、世界を引き裂こうとする手。空間をこじ開けようとする青いツナギだった。


「げんたぁぁぁぁぁ!!!」


 聞き慣れた声。喉が焼けるほどの、命を削る叫び。青雷がさらに走り、裂け目は引き裂かれるように広がっていく。


「まだ返事、聞いてねえぞおおお!!」

「て、てんぱい!!??うっそぉぉっ!!」


 ――終わりになんて、させるかよ。



 *****


 数日後の、夕暮れ時。


 今日の作業を終え、俺とアリスは屋敷裏のベンチに並んで腰を下ろしていた。そこへ、焼き上がったばかりの甘乳パンを両手に抱えた玄太が、勢いよく駆けてくる。


「てんぱぁい!焼き立てっすよ!一緒に食べましょぉぉぉ!」


 ──と、その進路を遮るように、謎の影が飛びかかった。


「う、ぅわぁっ!!」

「玄太ぁぁぁ!!」


 影は玄太の腕から甘乳パンを二本かすめ取ると、そのまま軽やかに着地する。


「こらクータン返せ!!それはてんぱいのっすよ!」

「一本くらい、よいではないか!」


 ふたりして、いつもの小競り合いが始まった。


「いや、あいつ二本取ってるけどな?」

「あはは……もう、ほんとに」


 俺とアリスは顔を見合わせ、自然と笑っていた。


 ──ふと、アリスが言う。


「ねえ。そういえばなんだけど……クザンが目指した世界って、結局なんだったの?」


 少し間を置いて、続ける。


「天貴がいた世界でも、アストラが弱い人って大変だったんじゃない?」


 俺は、夕焼けに染まる空を見上げたまま答えた。


「クザンが壊したかったのは……アストラの優劣で、不公平が生まれるこの世界そのものだ」


 アリスの反応を待たず、言葉を重ねる。


「正直、俺もここへ来てそう思った……いや、“思ってた”んだ」


 ぽつりと落ちた言葉に、アリスは一瞬だけ目を見開き、それから天貴の背中を、細めた目でじっと見る。もちろん、冗談半分だけど。


「いや、もう背中の天秤はねえよ」


 そう言って笑うと、アリスも肩の力を抜いた。


「まぁ……私も、そう思う、かなぁ」


 生まれ育った世界を否定するのは、簡単なことじゃない。それでもアリスもまた、この世界の仕組みに疑問を抱いてきた一人だった。


 俺は、静かに続ける。


「俺がもともといた世界はさ……アストラが使えねえって理由だけで、不幸になる世界じゃなかった」


「え……どうして?」


 アリスの問いに、俺は小さく微笑んだ。


「全員が、アストラなんて持ってなかったからだよ」


 ──短い静寂。


 アリスは、ゆっくりとうなずく。


「……なるほど」


 俺は、もう一度空を見上げた。


「でもさ。俺はこの世界で、この農場と一緒に生きていくって決めた。だから、もう否定しない」


 そう言って、片手を掲げる。


 ―――スカイリンク。


 夕焼けの空に、静かに雪の結晶が舞った。


 ひとつ、またひとつと生まれた光は、落ちるでも消えるでもなく、ただ空に留まりながら、夕日の色を受けてきらめいていく。まるで、この世界そのものが、今日という一日を祝福しているみたいだった。


「うわぁ……綺麗……」

「ダイヤモンドダストだ……」


 作業をしていた仲間たちも、思わず手を止めて見上げる。誰も言葉を発さない。ただ、空を仰ぎ、同じ光を見ている。それだけで、胸の奥に溜まっていた疲れや不安が、少しずつ溶けていくのが分かった。


 そこへ、弾む足音がパタパタ。ウキウキした玄太が、クータンを背中に乗せたまま駆け寄ってくる。


「てんぱ~い!明日アルカ山行きませんか!新しい洞窟が見つかったみたいで、コンバインさんたちが探索に行くって!」

「お?お宝探しかよ!絶対行く……って、農場の復興が……」


 二人そろってアリスの顔色をうかがう。彼女は少し考える素振りを見せてから、ふっと微笑んだ。


「農場復興のアイテム探しってことね。それならもちろん私も行くわ!ね、クータン」

「ふむ!ダンジョンに復興の未来ありじゃ!我も行くぞ!」


クータンは得意げに鼻を鳴らす。その鼻息が、ほんの少しだけ玄太の髪を揺らした。


「てーんぱい!」

「うお!」


 不意に呼ばれて振り向いた瞬間、玄太が俺の横にどさっと腰を下ろしてきた。肩がグイっと当たる。


「な……なんだよ?」

「いや、ちょっと栄養補給っす!」


 俺は苦笑して、無意識に玄太の頭に手を置く。


 ———ぽんぽん。


「ふふ!その感じ、玄太さんがペットみたいじゃない!」


「え?……玄太ぁ、嫌か?」

「……いえ!むしろ好きっす!!」


 小さくそう言って、玄太はほんの少しだけ俺の方に寄った。玄太の髪は夕日の色を吸って、なんだか太陽みたいな匂いがした。


 ———そして、俺は思う。


 世界を救ったとか、神に抗ったとか、そんな言葉じゃ足りない。

 ここにあるのは、ただ生きている日常だ。失われかけて、掴み取って、守ると決めた場所。誰かの隣で、笑って、悩んで、また明日を話す場所。


 オレンジの光に染まった農場は、今日も穏やかな風に包まれていた。


 それは終わりじゃない。


 これからもずっと続いていく、確かな始まりだった。


 ──FIN──

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