五話【孤児院】
ロットンに肩を叩かれたことで、セオは自分が眠っていたことにやっと気づいた。ビートルが刻む一定のリズムの揺れは、セオにとっては子守唄のように心地よかった。
ロットンの視線に促されて前方を見ると、畑の中に一際大きな建物が見えた。どうやらその建物こそがロットンたちアルベルト家の家であり、かつ孤児院として機能しているらしい。田舎に建つ家としては、かなりの大きさを誇っていた。街中で見た宿屋と比べても遜色ない。
風雨にさらされやすい立地だからか、元は赤みが強かったであろうレンガの壁は色褪せており、その一片一片が複雑な模様を見せている。それら全てが調和し合い、どっしりと構えた老人の風格を滲ませている。
家の正面は道になっているが、その周囲は広大な畑になっている。既に実が熟している野菜もあれば、まだ土を起こしただけの場所もある。時期に合わせて畑を使い分けているのかもしれない。
少し離れたところには牛舎だろうか、家畜の飼育場まである。農業に関して素人のセオであるが、自給自足するに足りるほどの規模ではないかと感じた。
「もう話したけどさ、うちは国に依頼された孤児院なんだ」
次第にロットンの話に興味を持ち始めたセオに、彼は自慢げに説明を始めた。
「だから国から資金をもらって、それを運営資金に充てている。とはいえ、裕福ってわけじゃないんだ。国の予算だってカツカツなんだからさ」
「それで、こんなに広い農地を持っているわけ?」
「まあな。おかげでガキ共を学校に通わせることもできてるし、たまには贅沢させてやることもできる。そしてもう一つ……」
「もう一つ?」
「仕事を与えてやるんだよ。ガキ共もなんだかんだで、親でもないやつに世話をされることに、罪悪感だとかいろんなモンごちゃごちゃ感じるのさ。それで俺たち家族に遠慮がちになることもある」
気にしなくていいのにな、と寂しげな視線を遠くに投げかけながらつぶやいた。
「だから家畜の世話とか、畑仕事とか手伝わせるんだ。そうすれば働いて貢献している自分に自信が持てるし、俺たちと対等に話しやすくなる。一石三鳥くらいにはなってるよな。いいアイディアだよ」
へえ、と素直に感心した。この男は、意外と他人のことを考えられるのかもしれない。エルナの言うとおり、アルベルト家に拾われたのは幸運だったのかもしれないと思い始めた。
「おいおい、感心するのはいいけど、もちろんお前も働くんだぞ」
「ですよね。うん」
スピードを落として門を抜け、家の脇にビートルを静かに停める。振動が止まり、ぷしゅぅと一息つくように動きを止めた。
シートベルトを外し、後部座席に積まれた荷物を持てるだけ持つ。土の付いた瑞々しい野菜は見た目以上にずっしりと重い。
もともと筋力の弱いセオにはこれだけでも重労働に近かった。対してロットンはセオの倍の荷物を持っても表情一つ変えていない。健康的で滑らかな腕が、今は力強く筋肉を盛り上げている。
だらしないガニ股歩きをするセオを見て大笑いするロットンを、セオは不愉快な目つきで睨みつけることしかできなかった。
ふらふらとよろめきながら、ロットンと一緒に玄関に向かっていく。ロットンが呼び鈴をチリンチリンを鳴らしてしばらくすると、扉の奥の方から人の気配が近づいてきた。
「俺の親父は熊みたいな大男だからさ。まあ、怖がらないでくれ」
なるほど、猿の親は熊かと失礼なことを考えてしまった。
どうやら、今こちらに向かっているのは彼の父親らしい。耳を澄ませば、たしかにドタドタとした重みのある足音が聞こえる。
ガチャリ! と、真っ白で重みのある扉が開いた。
瞬間、扉の正面にいたロットンが吹っ飛ばされた。後ろに一回、二回、三回と綺麗に転がって行き、五回転目くらいで地に伏して止まった。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、彼が衝突の瞬間咄嗟に後ろに下がったこと、そして山盛りの荷物を手放さなかったことは高く評価したい。
地に伏したロットンはむくりと起き上がると、赤みを増していくおでこをさすりながら、忌々しげに前方をにらみつけた。
「あぁもう、痛ってーなクソオヤジ! ぶつかるの分かってて思いっきり開けただろうがァ!」
親父さん? そういえばロットンの吹っ飛び具合を観察していて、扉を開けた人物をまだ見ていなかった。
恐る恐る首を横に向けてみる。そこにいたのは、熊かゴリラかという大男だった。
太いがたるんでいるのではなく、筋肉が詰まったような胴体。腕や脚は丸太のように太く、軽く振り回すだけで並の人間ならその場に倒されそうだ。顔には豊かなひげを蓄えており、しかし不潔な感じはなく丁寧に毛並みが整えられている。おそらく彼のおしゃれポイントなのだろう。
「コォラッ! ロットン! お前どこで宙船を飛ばしていやがったんだ!」
突如目の前の熊男が咆哮したかと思うと、いまだ座り込むロットンに突進していった。その姿はまさに獲物に襲い掛かる熊を彷彿とさせた。
「お前、今度の試合の練習に行ってくるって、そう言っていたよな? なのに練習場から離れたところで宙船を故障させるって、そりゃどういうことだ!?」
「え~っとさ、ほら、あれだよ。ちょっと道に迷ってよ……」
「もう何回も行ってる場所だろうが! 今度遊びにでも行ってたら、試合出場取り消しに行くからな」
「おい、やめてくれよ! それに別に、遊びに行っていたわけじゃ……」
その場に取り残されたセオは、ただただその光景を眺めていた。エルナに騒がしいと聞いてはいたが、出会った直後にそれを体感するとは思いもしなかった。
それにしても、早く両手の荷物を置きに行きたい。早くしなければ、今度は腕が重みでどうにかなってしまうかもしれない。
そう思っていると、急に腕がふわっと軽くなった。
おや、どうしたことかと手を見てみると、いつの間にか荷物はなくなっていた。おかしい、どこに消えたんだと慌てていたら、後ろから笑い声が聞こえてきて驚いた。
誰だと思って振り返ると、熊男とは対照的な、ふっくらとした母性に溢れる女性が微笑みかけていた。その微笑みはセオに対してだけでなく、取っ組み合っているロットンとその父親にもまとめて向けられているように感じた。
その女性から流れる暖かい空気が、この一帯を包み込んでいくようである。
「ごめんなさいねぇ。あの二人、いっつもあんな感じだから騒がしくて」
「あ、あの。あなたはロットンさんの……」
「ええ、母親です。マリーと申しますわ、セオさん」
セオは名前を呼ばれただけで心地よくなった。何年も前から、この人の息子として愛情を注がれているように錯覚してしまう。そんなぬくもりがマリーという、この女性の声から感じられた。
「ほら、あなたもちゃんと挨拶しなさい」とマリーが呼びかけると、一心不乱だった熊男はのしのしとセオ達の元にやってきた。こってりとしぼられたロットンは、トカゲのように地面に這いつくばっていた。
「おお、すまねぇすまねぇ。うちの悪ガキがバカばっかりやるもんだからよぉ」
恥じるような苦笑いを見せるが、その言葉と顔からは息子に対する思いやりが覗いていた。なんだかんだで、自分の息子が好きなのだろう。
「自己紹介が遅れたな。俺はゴルドー。この孤児院の管理人であり、ここに住むガキども全員の父親だ!」
ニッと笑いかけたその表情は、やはり親子で、ロットンのそれとそっくりだった。
しかし当の本人は、空を仰ぎながら苦悶の表情を浮かべていた。
「チクショオ……こんな家出て行ってやるゥ……!」




