二十五話【セオの一撃】
残り時間はもう二分もない。焦り、駆け出したくなる衝動をこらえながら、そのチャンスを待つ。無理やり攻め込んだどころで、敵のパスを遮ることは難しい。中途半端に行動を起こして一層注意を促してしまえば、それで敗北は決まりだ。絶対に来るであろうチャンスを信じて、バネを縮めるかのようにエネルギーを溜めていく。
ヤンたちは、最初にアメンボたちが停められていたスタート地点の上空まで前進してきた。眼下では、いくつもの瞳がセオ達を見上げている。口を動かしているものはほとんどおらず、何かが起きそうな戦場を見逃さないようにと瞬きさえも忘れている。
頃合いだ。そう思った時、ついにチャンスがやってきた。
最も高い位置、ポレロがマークする“4”のゼッケンの赤アメンボが、ほぼ真下にいる“2”の赤アメンボにパスを出した。
その瞬間、セオたちは一気に動いた。まず、ゼッケン“2”をマークするレイカが“3”へのパスコースをいち早く塞いだ。レイカが発見した法則にのっとれば、“2”がパスを出す相手は“3”か、ヤンの乗る“1”のアメンボだ。そのうちの一方をまずは塞いだ。
「練習の成果、見せてあげるわ!」レイカはパスコースを塞ぎつつ、同時にパスを奪うかのようにアメンボを滑り込ませる。アメンボの機体の大きさを完全に把握し、針の穴に糸を通すように二つの行為を同時にこなす。この一分にも満たない我慢の時間が、レイカの集中力を限界まで上げていた。
突如動き出したレイカに、“2”のアメンボは一瞬の動揺を見せた。かくして、ボールはコースを塞がれていないヤンの方へ出された。
上空から、ポレロが再びハヤブサのごとき急降下を見せる。普通の人間なら肝を冷やし、スピードを緩めてしまう垂直落下。自分に追随する“4”のアメンボをしり目に、空気を食い破りながらスピードを上げてボールに突っ込む。
予想より早くヤンが動いた。ポレロが急降下を始めた瞬間には、ヤンは自分からボールを迎えに行った。ヤンはポレロの能力を既に評価しており、彼にボールを取られまいと瞬時に機体を動かしたようだ。このままでは、ヤンの方が先にボールを受け取ってしまう……。
「――って、そうはさせるかよォッ!」
一歩出遅れながらも、ロットンがヤンに食らいついた。二人は、下から飛んでくるボールを迎える。
「ロットンさん、危険です! このままでは、僕と激突しますよ!」
「うるせぇ! 今なんとかするから、ちょっと待ってろよ」
ボール、ポレロ、ロットンとヤンが三方向から集結する。このままでは、数秒後にはヤンがボールを獲得し、ポレロとロットンが衝突をしてしまう!
「おるるあぁぁぁーーーッ!」雄たけびを上げながら、ロットンは無理やり機体を傾けた。ヤンの機体を追い越して、進路を妨害することはできない。そう判断したのだろう、ロットンは自分のキャノピーをヤンの機体の脚にぶつけた。
ピシリといくつもの線がガラスに走ったかと思うと、細かな破片となって宙に舞った。鋭い光を反射しながら、地面へ一直線に突き刺さる。付近にいた観客たちは悲鳴を上げ、頭を守りながら距離を採ろうと逃げ惑う。ちょうど風向きが良かったのか、ガラスたちは観客から離れるように落ちたのでホッとする。けが人はいなさそうだ。
空中では、ロットンの決死の体当たりが実を結んでいた。バランスを崩したヤンのアメンボの脚をかすめるように、ボールはヤンとロットンの隙間を何事もなく通過した。キャノピーを半壊させたロットンが、短い髪を風でひっきりなしに揺らしながら笑顔を向けた。「セオ、ポレロ。あとは頼んだぞ」と。
「任せてください!」ポレロは勢いそのままボールを迎え入れると、セオの前方へ向けて、思い切りボールを蹴落とした。弾かれたボールは、ポレロ機の倍近いスピードで地面へと吸い込まれていく。
最後の仕事だ! セオは高度を落としながら、ボールの落下地点へ駆け込む。自分をマークするゼッケン“3”のアメンボが真横に付く。アメンボに機体差はほぼ無い。横一線に並びながら、二機は我先にとボールを捉えようとする。
突然、隣を飛ぶ“3”の赤アメンボが何かに躓いたかのように、前につんのめった。コクピットの中の選手が「しまった……!」という表情を見せた。その一瞬後には、彼のアメンボはキャノピーを、脚を、何度も地面にぶつけながら前転し、そのたびに部品が弾けるように飛び散った。脚を半分へし折ったところで、彼のアメンボはようやく回転を停止させた。
セオはゾッとした。既に地面すれすれを飛んでいる以上、少しの操作ミスを起こせば彼の二の舞になる。体中の血管が委縮し、視界が外側から闇に染まる感覚に襲われる。
ズキリと、ロットンに殴られた頬が痛み出した。その痛みが、再び弱気になりそうだったセオの視界を呼び戻した。血管が広がり、全身が熱を帯びていく。そうだ、あの時勇気をもらったんだ。失敗を受け止めて、許してくれたんだ。大丈夫、できるさ。地面に落ちる寸前のボールを、セオは睨みつけた!
セオは操縦桿を思い切り、ガキンと左に倒した。同時に左脚の浮遊石の電源を切り、セオのアメンボは地面へ垂直になるまで、左側へ一気に傾いた。その先には、大きな“くぼみ”があった。アメンボたちの着地によって抉れ、後半戦開始時にロットンが躓いて転んだ、あのくぼみだ。あの光景を目にした瞬間から、セオの脳裏にはこの作戦の大枠が浮かんでいた。
そのくぼみに、セオは傾けたアメンボの脚をひっかけた。ガクンと飛び出しそうになる体を、シートベルトが抑え込む。脚を押さえられたアメンボは、プロペラのごとく馬鹿みたいに回転しながら地面を駆けていく。その内部にいるセオは目をつむりながら、自分とボールの位置を頭の中で描いて操縦桿を握りしめた。地面からの振動やアメンボの傾きの感覚を頼りに、激しく揺れる機内でセオは体重移動を駆使してアメンボの走行を微調整した。
ポンと、軽やかな振動が機内に伝わった。その瞬間、セオは作戦の成功を確信した。猛烈な勢いで回転するアメンボの脚が、ボールをしっかりと捉えて弾き飛ばした感触だ。
空を切り裂く勢いで、ボールは一直線に敵のバルーンに突っ込んでいく。回転する機内で、断片的に映るその光景をセオはただ見ていた。
気絶していたセオが目を覚ますと、真っ暗になっていた。どうやらアメンボが上下逆さまになって止まってしまったらしい。シートベルトを外し、シートから転げ落ちる。ズキズキする体を抱きながら、なんとかコクピットからはい出ようとした。
すると、ゆっくりとアメンボが持ち上げられ、橙色の光が闇に差し込んできた。何本も差し込まれた手が、じわじわとアメンボを地面から持ち上げていく。出来上がった隙間に向かって、地面を這うように前進していく。その隙間からは、なんだか久しぶりにも感じる仲間の声が聞こえていた。
なんとか片手だけ隙間の外に出すと、ガシッと強い力で手首を握られた。もう片手も外に出すと、そちらも同じように力強く握られた。「フンッ!」という声が聞こえると、腕が引っこ抜かれるかという勢いで思い切り外に引っ張り出された。ガリガリと地面に擦られた腹が痛む。
両腕の先を見上げると、セオの手首をつかんでいたのはロットンだった。片手を話したロットンは、その手でセオの手をぎゅっと強く握りしめた。ロットンの目には少しだけ涙が浮かんでいたが、それを紛らわすように満面の笑みを浮かべていた。
「人工呼吸は、必要ねェみたいだな」
「うん……ありがたいことにね」
ロットンがしゃがみこんで、顔をセオに近づけて言った。
「勝ったぜ、セオ。お前のおかげだ」




