二十四話【最後の作戦】
三人の顔がみるみる青白くなっていく。反則ぎりぎりの決死の作戦によって同点に持ち込んだが、それではまだ不十分だったというわけだ。点数を確認していなかっただけで、これほどまでに動揺することになるとは三人とも思わなかっただろう。
「……だ、大丈夫だよ。それなら、あと一点とりゃぁ済む話だろ?」
やっと服を着終えたロットンが、励ますように語りかける。震えるその声が、彼の不安を物語っていた、
その向こう側で、審判からボールを受け取ったヤンたちがフィールドに戻ってきた。怒りの表情を浮かべてはいるが、これまでのような軽薄な雰囲気を燃やし尽くしたかのように冷たい目をしている。鍛練を積んだアスリートのそれだ。もう彼に油断はないだろうし、当然同じような手も使えそうにない。
ドォン!
泣き言を言いそうになる頭の中に、試合再開の号砲が鳴り響いた。「まずい、攻めてくるぞ!」そう思い、体勢を整えて相手の出方をうかがう。
先ほどまでと対照的に、ヤンたちは上下左右、フィールドを目いっぱい使うように大きく広がった。ボールはヤン機が持っている。
「やっと真面目にやる気になったか、そうこなくっちゃなぁ!」
小機を取り戻したロットンがヤンのアメンボに突進してボールを奪おうとする。それを余裕を持って、ヤンは上空の仲間にパスを渡した。
「僕が行きます!」
それを追ってポレロが向かう。しかしまた同じように、ポレロが到着する数秒前には地上付近の仲間にパスが出された。
「私が向かうわ! セオ君は、もう一人をお願い」
「わかりました!」
レイカとセオが地上付近の二機をマークする。その動きを確認したパスの相手は、レイカに追いつかれる前にボールを迎えに行き、振り出しに戻すようにヤンにパスを出した。
ヤンたちが選んだ作戦は、パスの連携でセオ達にボールを渡さないことだった。これまでのように自陣のバルーンを囲む方法より危険はあるが、また審判の目を盗んで何かされるよりはマシという判断だろう。もしくは、セオ達の作戦に観客たちが湧いたという悔しさか。どちらにせよ、徹底的にパスをつなげ得られては奪うのはかなり難しい。
そのまま一分が経過した。ここまで来て気が付いたことだが、ヤンたちはじわじわと前進をしている。このまま時間がたてば、今度はキルシュバオムのバルーンが脅かされる。そうでなくても、例えばボールを奪い返すことができたとしても、再び相手バルーンに攻め込む時間が必要になってくる。そうなれば、総合力で勝るヤンたちから再び点を取るのは難しい。「どうすればいい? どうすればいい……?」頭の中でぷくぷくと、クエスチョンマークが浮き上がっては破裂する。
「――ねぇ、私気が付いたんだけど……」
機内にレイカの声が響いた。頭の中のハテナを振り払い、その声に耳を傾ける。
「なんとなくパターンが分かったの。あいつらのパスの出し方なんだけどさ、受け取った方は、送ったばかりの方にはパスを出さないみたい」
「……えっと、それはどういうことだ?」ヤンの魔の抜けた声が響く。
そのヤンの疑問に答えたのはポレロだ。
「僕が補足しましょう。例えば、ゼッケン“1”から“2”のアメンボにパスが出されたとしましょう。すると“2”のアメンボは“1”に送り返さない。“3”か“4”に出している。そういうことですね、レイカさん?」
「そうそう、そういうこと。ロットンわかった?」
「や、やだなぁ。最初からわかってたよ……おうよっ!」
「――でも、ここからどうすればいいのかわからないの。先を読んでパスを遮ったとしても、どうやって攻め込めばいいのか……」
瞬間、セオの頭の中で稲妻が落ちた。レイカが示した可能性をトリガーに、破裂したように頭の中でゴールへの道筋が構築されていく。カチャカチャと音を立てながら、勝利への一本道が組み立てられる。
カチャリ。最後のピースがはめ込まれた。
「僕が行く!」セオが無線機に向かって声を張り上げた。「僕にやらせてほしいんだ!」
「セオ君!? 何かいい案が思いついたの?」
そう聞かれたセオは、早口で作戦を説明した。先ほどの作戦と比べれば不確定要素の少ない、しかし危険を伴う作戦だった。下手をすれば、自分の命に関わるかもしれない。
「バカヤロッ! そんな危険なこと、俺が許さねぇぞ!」
「そうよ! もう少し考えれば、きっといい考えが――」
「――時間がないんだ。頼むよ」
二人に懇願しながら、横目で時計を見る。残り時間は三分。決断を迫られる時間だ。こんなことなら、事前に作戦をいくつか考えておけば良かったなと後悔に駆られる。
「頼むよ。みんなに恩を返すためなら、これくらいなんてことない」
「だからって、命を懸けてもらう筋合いはねぇよ!」ロットンが必死に説得する。ありがたい言葉だが、今はその言葉がセオを余計に焦らせた。
「……じゃあ、どうするんだい。神頼みか? いや、君の場合は風頼みか?」
「…………ッ!」
「僕がそんなに信用できないかい? そんなに風が大好きなら、自分で勝利の風を巻き起こしてみたらどうだ? それができないなら、僕が代わりにやる。今、ここで!」
言葉の棍棒でぶっ叩くように、セオは初めてロットンに対して声を荒げた。無線機から、仲間たちの静寂が伝わる。セオは、ロットンがいつものニッとした笑い方で、作戦の実行を許してくれるのを待っていた。
残り時間が二分を切った。焦りが体を駆け巡り、苛立ちが手足を震わせる。
やはり駄目か? もう一度ロットンを説得しようと息を吸い込んだとき
「……いいよ、やるだけやってみればいいさ」諦めたような、力のないロットンの声が聞こえてきた。
「……ごめんよ、無理を言って」許しは得られた。しかし嬉しさは、ロットンを困惑させた罪悪感に埋もれて現れなかった。
「心配すんな。もしお前が気を失うくらいひどい目にあっても、俺の情熱的な人工呼吸で目覚めさせてやるさ」
無線機の奥から、チュッチュとキスの音を響かせる。ロットンの、いつもの意地悪な笑みが目に浮かぶようだった。しかし、これはいよいよ失敗できなくなったわけだ。恥ずかしながら、まだファーストキスも済ませていない。




