二十三話【勝つために②】
「待ってたぜェ、ヤン! 期待通りの男だよ、お前はァ!」急いでパンツだけ穿き直したロットンはシートに座り、ゴムボールをドリブルしながらヤンの正面に突っ込んだ。
接触を恐れないかのようなロットンの機動にヤンは驚いたようだが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。その笑みは「望みどおりに潰してやるよ!」と言っているようにも見える。
二機のアメンボの距離はぐんぐん縮まる。縮まるにつれ、時間が圧縮されたかのようにその光景がスローモーションになる。周囲の音は消えていき、視界がモノクロに染まって行く。開いた目や口から、水分が蒸発して乾いていく。もうすぐ、ぶつかるぞ!
ポレロが動いた。気づかれないようにゆっくり上昇していたポレロのアメンボは、ヤンたちが動いた瞬間にタイミングを合わせて急降下を開始していた。アメンボののんびりした丸っこい外見が引き伸ばされるように、ポレロはハヤブサのごとく高速で急降下し、ロットンの持っていたボールを真下に弾き飛ばした。その瞬間を見計らい、ロットンはヤンのアメンボに機体をガリガリ擦らせながらも正面衝突を回避した。青い塗料と赤い塗料が、きらめきながら空を漂う。
地面に向けて弾かれたボールを受け止めたのはレイカだ。ボールの勢いを活かし、今度は前方上空へ反射させるようにボールを高く蹴り上げた。そのボールを今度は上空に待機していたセオが受け取り、前方のロットン機へふわりとパスを繰り出す。ちょうど√の軌道を描くように上下に弾かれたボールを、ロットンが先ほどの勢いのまま相手のバルーンへ運んで行く。ここからが大詰めだ。
ヤンが抜けた穴を、相手選手は既に塞いでいた。守りは薄くなったが、前方に機体を集中させることで穴をカバーしていた。これだけではまだゴールは難しい。この防御を崩せるのは、やはりアイツしかいない。
驚異的な旋回を見せたヤンは、自陣のバルーンに突進するロットンを猛追していた。もう数秒もしないうちに、ロットンはバルーン目前に達するだろう。「ロットンは自機ごと、ボールをたたき込むつもりだ!」そう、誰もが思っていたことだろう。
サッと、ロットンはボールを放棄して横にそれた。するとどうだろう。状況は一瞬にして、ヤンと舎弟たちの衝突寸前の形に変わった。
もし突っ込んできたのがロットンだったら、舎弟たちは三人がかりで彼を止めてしまうだろう。そしてボールを奪われ、敗北を待つのみになる。
だが、それがヤンなら? ヤンとぶつかることになれば、その後どんな仕置きが待っているか分かったものではないだろう。だから、舎弟たちがつい道を開けてしまったのも、仕方のないことなのだ。そして瞬発力のないアメンボは、急加速もできなければ急停止もできない。
結果、開かれた隙間にボールとヤンのアメンボは吸い込まれ、その両方がバルーンをこれ以上ないほど大きく揺らした。
あまりに意外な展開に、審判たちも呆気にとられていたのかもしれない。若干の静寂を挟んだ後、「ドォン! ドォン!」と慌てるように祝砲が撃たれた。キルシュバオム側の得点表がめくられ“1”の数字が白く輝く。
冷え切っていた会場から、割れんばかりの歓声が上がった。空気を震わせ、空を震わせ。その振動は、上空に浮くアメンボたちの内部にも伝わってきた。
「ぃよっっっしゃぁ! 一点返したァーーッ!」
この作戦の立役者であるロットンの元に、三人のアメンボが終結した。
「キャァッ! なんでロットン半裸なのよ!?」
「うるせぇなァ。この姿は、男の戦いの証なんだよ。なぁ二人とも?」
「まぁ、確かに」
「女性に見せられる戦いではありませんでしたね」
その言葉でなんとなく何が起きていたのか察したレイカは、頬を赤らめた。
「とりあえず、これで一対一。最悪、引き分けには持ち込めそうだね」
「できることなら、もう一点取って勝ちたいけどね~、ロットン?」
「まあ、向こうも警戒するだろうし、時間いっぱい使って慎重に行こうぜ」
「…………?」
晴れやかなムードの三人に対し、ポレロは一人怪訝そうな表情を浮かべていた。
「なんだよぉ。もちょっと嬉しそうな顔したらどうなんだ?」
「……あの、みなさん。何か勘違いしているのかもしれませんが……」
「ん?」不穏な空気を察し、三人の首筋に冷たい空気が流れた。
「キルシュバオムもツェーダーも、現在四勝一敗一分です。ですが、これまでの試合の『得失点差(総得点数と総失点数の差)』で、キルシュバオムは一点負けています。つまり」
「――このまま引き分ければ、俺たちの負けってことか?」
ポレロは黙ってうなずいた。




