二十二話【勝つために①】
レイカとポレロが提案した作戦は思いのほかシンプルなものだった。しかし、他の案を出している時間もない。セオとロットンも納得し、首を縦に振る。あのスポーツマンシップを欠いた防御を解体するには、この作戦くらいしか今の彼らには思いつかなかった。
そして重要な、この作戦の起点となるのが、
「やっぱ、俺しかいないよなぁ……!」
ロットンだった。その作戦の性質から、ヤンと最も仲の悪いロットンこそ適任だと言える。
「ドォン! ドォン!」
休憩終了の号砲が撃たれる。もう少し静かな、たとえばホイッスルか何かでいいんじゃないかなと思う。セオの精神は、そんな余計なことを考えられるほど落ち着いていた。
「よし、諸君! こっから大逆転して、最高にかっこよく勝利を収めようぜ!」
そう大声を発して、ロットンは手をサッと伸ばした。手のひらを下に向け、五本の指すべてを限界まで開いている。それは、地面に落ちそうな勝利を手の中へ吸い寄せる勢いを持っていた。セオが、レイカが、ポレロが、彼の手の上に自分の手を乗せて行く。
ロットンが息を大きく吸い込み、つられるように三人も体いっぱいに吸い込む。
「――エイッ、エイッ、オー!」
「エイッ、エイッ、オー!」
ありふれた掛け声をその四つの手に思い切りぶつけ、共鳴するように体中が振動する。
いけるぞ! 勝てるぞ! 負けるな!
共鳴するほどに、その声が大きくなり、心を高ぶらせる。熱くなった心を深呼吸して冷やしていく。すると、焼き入れられた鉄のように頑丈な心が出来上がった気分になる。全員の顔には、心地よい熱気があふれていた。
「よし! この気持ちを忘れず、後半戦開始だァ!」
そう言ってゼッケン“1”のアメンボに駆け寄るロットンは、度重なるアメンボたちの着地によってできた穴に脚をとられ、見事に顔面から地面を迎え入れた。あまりに見事なずっこけ方に、感嘆のため息が漏れてしまう三人だった。
「ドォン! ドォン!」
後半の開始を告げる号砲が撃たれた。泣いても笑っても、あと十分で全ての決着がつく。手のひらの汗が、操縦桿を伝って床に落ちる。
「みんな、配置に着け!」
ロットンからの無線が届く。彼の声を聞くだけで、不思議と勇気が湧いてくるのだから驚きだ。理屈を超えた本能的な力を持っているようにも思える。
手の汗をズボンでごしごしと拭き取り、大きく深呼吸をし、指を一本一本しっかり絡めるように操縦桿を握る。その感触を確かめると、ゆっくり手前に引いた。セオのアメンボが、上昇と前進を同時に行う。バルーンの高さにいるロットンを中心に、セオが彼の斜め上に、ポレロがさらにその上に、レイカはロットンの斜め下で全員が見渡せる位置にいる。
「いいぞォ。セオとポレロは、俺の姿が審判から見えないように、自然に視界を塞いでくれ」
その合図で、審判とロットンを結ぶ線上に、「審判からロットンを隠す」とばれないようそれとなく移動を始める。どうしても、これから始めることを審判に見られるわけにはいかないのだ。卑怯な相手に対しては、卑怯な方法で戦うのが正攻法なのかもしれない。目には目を、歯には歯を。大昔からのルールだ。
キルシュバオムチームがボールを持ったまま前半戦を終えたため、後半戦もキルシュバオムボールで始まった。陣形を整えたセオ達に対し、ヤンたちは前半の得点後と同様にバルーンを囲む形を採った。この作戦はつまるところ、この防御を破ることを目的としている。
そしてそれは“如何にロットンが、ヤンを挑発できるか”にかかっていた。ロットンが正面に位置し、全体を把握できる位置にレイカがいる。ヤンの心理からすれば「ここでロットンの顔に泥を塗り、レイカに良いところを見せたい」と考えるはずだ。いや、そうでないと困る。
とはいえ、ヤンは平気で「バルーンを完全に囲む」という、普通の選手なら思いついても実行しない作戦を行う冷徹さもある。そのヤンの頭を沸騰させ上手く誘い込むためには、ロットンの挑発術にかかっている。ちらりとヤンの顔を見る。この陣形を訝しんではいるが、その目は冷たくロットンをにらんでいる。
突如、ヤンの目が大きく見開かれた。呆気にとられたという表情で、目を点にしながら前方に視線を向ける。さすがロットンだ。この短時間でヤンの氷の心に亀裂を入れるとは。そう賞賛の言葉を浮かべながら、セオはロットンのアメンボのコクピットを見下ろした。
そこにあったロットンの勇姿は、なかなか口にしづらいモノであった。
ロットンは裸になっていた。下着一枚だけになり、案外筋肉質の男らしい肉体を露わにしている。それだけでは足りないと考えたのか、ロットンはシートの上に立ち、にらめっこするかのように顔をくしゃくしゃにしたり、タコのような変なダンスをしたり。極めつけは、尻をヤンたちに向けるとパンツを半分めくり、「パンパン!」と無線機に音を拾われるほど破裂音を響かせて尻を叩き始めた。たった一人その光景が見られないレイカは、ロットンのアメンボを訝しみながら見つめている。なるほど、レイカを下に配置したのには、こういった意味合いも含まれていたのかと、今になって納得する。
時間が限られていることもあって、次第にロットンは焦りだしたようだ。どうしてそんなに挑発のレパートリーがあるのか、次々に新しい技を繰り出し繰り出し、彼のコクピットが祭りのような熱気を帯びていく。この試合唯一女性のレイカが見えない位置にいてくれて、本当に良かったと思う。
そうしてついに、仁王立ちしたロットンは最後の砦であるパンツを、ズルッと一息に下ろし、最も男性的なモノを前方にさらけ出した。
この最後の一押しで、ついにヤンが動いた。鬼のごとく顔を怒りで紅く染め、髪は天を衝くように刺々(とげとげ)しく逆立ち、血管や筋肉が皮膚を突き破らんと盛り上がっている。制止しようとする仲間たちの叫びを無視し、ただロットンを葬らんと弾丸のように突進を始める。




