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回遊国シュヴァルベ  作者: 望月 幸
第一章「旅をする国」
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二十話【緊張の中】

 陽が落ち始め、暑さが和らぎ始める。遥か彼方からやってきた風が、人々の汗をぬぐいながら吹き去っていく。薄着をしていた子供が、体を震わせて急いで上着を羽織る。

 外気と反比例するように、観客たちは最後の熱気をたぎらせていた。最後の対戦は、前回優勝のキルシュバオムと常に好成績を収めるツェーダーの好カード。第一回大会から見ている人たちは、この二地区の戦いを“伝統の一戦”と称している。実際、前回大会はキルシュバオムが優勝し、ツェーダーは二位に収まっている。そして今大会でも、再び一位と二位を争っているのだ。

 しかしその熱気の中に、若干の冷めた空気が漂っていたのもまた事実だった。その理由は主に三つある。

 まず一つに、キルシュバオムチームの全員が試合初出場という点。これはルール上仕方ないとはいえ、「この一戦で、優勝地区が決まるぞ!」というこの場面においては最大の不安要素と言える。実際、初出場チームが勝利を飾ることは一割ほどしかありえないらしい。

 もう一つは、メンバーそのものにある。実を言うと、ロットンの評判はかなり良く、その噂は他地区でも知れ渡っているほどである。その理由を説明することは難しいが、彼に会った人は肌で感じることだろう。

 しかし他の三人はどうだろう。一人は数か月前にやってきた女の子、一人はたった一人で旅をする謎めいた少年、もう一人は遭難から救助されたおとなしい青年。人望熱いロットンが選んできたメンバーとは言え、四人中三人がよそ者という得体のしれないチームだ。キルシュバオムの住人ですら、心から応援できるかと言えば、そうも言えない人も多いことだろう。

 最後の一つは、その得体のしれない連中の相手が、ヤンということだ。権力を笠に傍若無人を体現する彼を心から応援する者はほとんどいなかった。とはいえ彼の関係者に目をつけられてはたまったものではないので、みんな社交辞令的に応援はしているようだが。

 そんな、熱湯の中に氷が浮かんでいるような寒暖入り乱れる空間がざわつき始めた。結局、彼ら観客はこの戦いにおいては脇役でしかない。主役が登場したのだ。


 ゼッケンを握りしめ、脚を踏みだす。震える脚を止めるように、しっかりと地面を踏みしめる。足元の花に留まっていた蝶が、驚いたように飛び上がり、脚を、体を、顔をなぞるようにふわふわ浮かんでいく。その軌跡を追うように視線を動かせば、今日の戦友となる三人にメンバーが視界に入る。

 ロットンは既に“1”のゼッケンを縛り終え、特に意味もないだろうに体操して体をほぐしている。彼のことだ、こういう時は体を動かさないとプレッシャーに押しつぶされてしまうのだろう。その瞳は鋭いながらも、どこに焦点を合わせればいいのかと不安げに泳いでいた。

 レイカは自分のアメンボに向かい、祈るように手を合わせて目を閉じ、何かをぶつぶつとつぶやいている。声は聞こえないが、唇の動きからして「無事に試合が終わるように」といった内容だとうかがえる。その横顔は、神に仕えるシスターのような神聖さを見せていた。その紅く艶やかな唇が動くたびに、人知を超えた“何か“が力を貸してくれるように感じて心強い。

 ポレロと目が合った。彼もレイカを気にしていたようで「お互い、怪我できそうにないね。彼女のためにも」と、やれやれといった表情で語りかける。それに対してセオは「君の実力なら、問題ないんだろ?」と目で訴えかける。練習中にはっきりしたことだが、おそらくこの中で最も操縦に長けているのはポレロだった。この若さで旅をするだけあり、それなりの心得というものは備えているようだ。

 セオはしゃがんで、アメンボの脚にゼッケンを縛り付ける。ぎゅっぎゅっと、自分の存在を刻み付けるように“3”のゼッケンを結んだ。ちなみに、レイカは“2”でポレロは“4”だ。

 アメンボに乗り込んで計器のチェックをする前に、ちらりとヤンたちの方を見た。遠くにいるため人形サイズくらいにしか見えないが、ヤンを中心に集まって歓談していることは明らかだった。リラックスしているというよりは、セオ達を甘く見ている方が近いか。

 ロットンなら精神を逆なでされる光景だろうが、セオは逆に幸運に感じていた。甘く見ているということは、付け込む隙が増えるかもしれないということだ。そうだ、お前はこれまでしてきたように、人を見下し続ければいいのだ。

 セオは目の前の、そのアメンボの青く傷だらけのボディを慈しむように撫でた。

「さあ、一緒に頑張ろうか」




「短いようで長かったようなこの二日。ついに、最後の試合を迎えました……」

 ガラにもない、しんみりとした声でニッカがアナウンスを始める。そうか、もう最後なんだなと、観客たちが祭りの終わりを実感し静けさを増す。

「――しかし、最後の試合は最高の形で始まろうとしています! この一戦で、優勝が決まる! キルシュバオムがビギナーズラックで勝利をもぎ取るか、波に乗るツェーダーがそのまま優勝をかっさらうのか、結果は、神のみぞ知るところでしょう!」

 ニッカの声を下から受けながら、セオ達の青いアメンボと、ヤンたちの赤いアメンボが浮かび上がる。バルーンと同じ高さまで上がったところで、それぞれが整列する。涼しく光る青いアメンボの列は、ビーズをつなげたアクセサリーのようにも見える。対照的に、赤いアメンボたちの列は毒を持ったムカデのような不気味さを浮かび上がらせる。

 そのムカデの頭と言えるヤンが、列の端の方で不敵な笑みを見せる。ヤンの向かいに位置するロットンは砂をかんだように不愉快を表すが、深呼吸してすぐに気持ちを落ち着けようとしている。

 そうだ、殴り合いの喧嘩なら感情を爆発させてもいいだろう。しかしこのアメンボの中で要求されるのは、冷静に状況を見極めることだ。精神的に弱ければ、勝てない。

 

「それでは、第十二回フロッカーアマチュア大会、最終戦の始まりです!」


 空を貫くように、地上からゴムボールが真上に射出される。空気を震わせ、選手の、観客の心を震わせ、天へ天へと昇って行く。

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