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回遊国シュヴァルベ  作者: 望月 幸
第一章「旅をする国」
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十九話【嵐の前の嵐】

 イヤな予感がしたのは、昼休憩に入ろうというときだった。

 ルールを教わり、基本的な操縦技術を叩きこんだセオのアメンボが地面に降り立つ。キャノピーを開けて、新鮮な空気を吸い込もうとすると、先に降りていたロットン達が誰かと向かい合っているのが見える。

 とても特徴的なので、一瞬で誰かわかった。前日、ロットンをこれでもかと見下し、レイカに熱い視線を向けていた不快感の権化こと、ヤンだ。今日のヤンは後ろに三人、同じく派手な髪形をした男たちを引き連れている。彼らの相乗効果か、目を背けたくなる不快感が何倍にも膨れ上がって、地面の草花が頭(こうべ)を垂らしていく錯覚を覚える。

 その赤黒く淀んだプレッシャーに、ロットンですらたじろいで一歩後ずさりした。何ともなさそうなのは、ポレロくらいか。頬でそよ風を感じるように平然としている。

「っあんだよ、こっちは今忙しいんだ。遊びたいなら、そのオシャレなお友達と鬼ごっこでもしてきたらどうだ? 全員鬼っぽい風貌だけどよォ」先制攻撃をしたのはロットンだった。虚勢を張っているとは感じさせない、精いっぱいの啖呵だと評価したい。

 しかしヤンたちは、そんなロットンの心を見透かしたように、薄ら笑いを浮かべているだけだった。受けた嫌味を体中から吸収して、自分の糧にでもしているように感じる。そんな中で最初に口を開いたのは、やはりヤンだった。

「そんなに怒るなよ、ロットン。なぁ? 心優しい俺は、お前に助言をしに来たんだ」

「へぇ、そいつはご丁寧にアリガトウゴザイマス。んで、助言ってなんだ? 『俺たちの作戦を教えてあげます』とかか? そりゃありがたいな」

「……ぷぷっ。クックッ……!」急にヤンは、腹を抱えて笑いをかみしめた。

「……何がおかしんだよォッ!」

「くくくっ……いや、ワリぃな。あまりにもお前が、すんなりと食いついてきたから、おかしくってさァ」

「――ッ!」

 嫌悪するヤンの話に素直に乗ってしまった自分に恥じるように、ロットンは顔を赤くして拳を握りしめた。その拳が振るわれないようにレイカが彼の手を握ったとき、ヤンの眉がピクリと動いた。その瞬間だけ、ヤンは思春期の少年のようなあどけなさを垣間見せた。

「さっき改めて対戦表を見たら、びっくりしたぜェ? ノーラの代わりに、セオって奴が入ったらしいじゃねぇか。確か、ちょっと前に遭難してるところを救助された奴だったか? えぇっと……ああ、お前だな? 初めて見る顔だ」

「……どうも、セオだ」この国に来てから、小さな子供以外に敬語を使わなかったのは初めてかもしれない。ちなみに昨日顔を見ているはずだが、どうやら記憶には無いらしい。

「へぇ……やっぱり、冴えない顔してんなァ。お前たちの練習を遠くから見てたけどよ、一機だけふらふら浮かんでたアメンボがお前だろ? 急いで特訓してるようだけど、ムリムリ。一朝一夕でなんとかなるものじゃないんですよォ」

 ねっとりとした口調で、徐々に人の心を汚していくようなしゃべり方をする。直接口をきくのは初めてだが、隣で会話を聞いているのとは比較にならない不快感をセオは感じていた。

 耐え切れずセオが口にした言葉は「……お前、レイカが好きなんだろ」と、この一言だった。

 空気がピタリと止まった。突然の発言にその場の全員は目を点にした。発言したセオまでもだ。

 硬直した空気が少しずつ緩みだすと、ヤンは顔を真っ赤にし、焦点の定まらない充血した瞳をセオに向けて、鼻息を荒くする。レイカはまだ呆然とし、ロットンとポレロはこみあげてきた笑いをこらえ、ヤンの舎弟(と思われる三人)は「えっ、そうだったの!?」と本気で驚いている始末だ。

「――テメェッ!」真っ赤に茹で上がったヤンが拳を乱暴に振り回す。

 ヤンの拳の軌跡を冷静に視界に収めながら、飛んできたボールをキャッチするようにその拳を手で包み込んで、その勢いを殺す。まさか防がれるとは思わなかったのか、ヤンはその手を引き抜こうとするが、びくともしない。

「僕はよそ者だ。だからお前やお前の会社が偉いとか、そんなことどうだっていい。ただ、これ以上僕の友達をバカにするなら、容赦はしない!」

 これまでにない攻撃的な口調で言い放ったセオは、つかんでいたヤンの手を放り投げた。ついよろけて転びそうになったヤンを、三人の舎弟がなんとか支える。

 さんざんコケにされたヤンは、鬼のような形相をし、その真っ赤な瞳でセオを刺し貫いた。

「……後悔するぜ? よそ者はよそ者らしく、おどおどしてれば可愛かったのによォ…………ブッッ潰すッ!」

 不敵な笑みを浮かべながら、しかし素直にヤンたちは去って行った。立ち込めていた緊張感は、風に吹かれて散っていく。

「……ハハッ。セオがあんなに怒ってるとこ、俺は初めて見たよ」

 最初に口を開いたのは、やはりロットンだった。額に冷や汗をかきながらも、その表情はどこか愉快そうに見える。「よくぞ、あの男の鼻を明かしてくれた」と、ご満悦と言ってもいい。

「ああ、もう……私まで巻き込まないでよ……」と、レイカは一人へたり込み、ポレロはそんな三人の様子を楽しそうに眺めていた。




 運命のいたずらか、風のいたずらか、セオ達の試合は最も盛り上がる形で迎えることとなった。もっとも、当事者たちはたまったものではないのだが。

 繰り返しになるが、この大会には八つの地区が参加しており、それぞれがリーグ戦形式で総当たりの戦いを進めていく。つまり、それぞれ七戦するということで、全二十八試合となる。

 その二十六戦目、キルシュバオムは初の敗北を喫した。結果、その戦績は四勝一敗一分というものになった。好成績には違いなく、実際、この時の順位は一位だった。今年もキルシュバオムの優勝かと思った人も多かったことだろう。しかしその予想は、次の試合の終了と同時に大きく揺らいだ。

 二十七戦目、勝ったのはヤンたちの属するツェーダーだった。三対〇という圧倒的な試合を展開し、試合会場は大きく沸いた。逆に青ざめていたのは、〇点という不名誉な結果を残した相手選手たちと、キルシュバオムだった。

 この試合により、ツェーダーも同じく四勝一敗一分という、キルシュバオムと同等の戦績をつかんだ。それだけならまだ良かった。しかし二つのチームには大きな差がある。

 一つは、前の試合を敗北で終えたチームと、勝利で終えたチームというモチベーションの差。戦いには、流れというものが存在していると言われる。水の流れのように、一度流れたものはそのままするすると流れやすい。逆に、一度滞ってしまうとそこから動き出すにはかなりのエネルギーが必要になる。勝者は勝者のままに、敗者は敗者のままになろうとするのだ。そうだ、慣性の法則にも似ているかもしれない。

 もう一つは、このフロッカー大会の規定から来るもの。“前回大会の優勝地区は、一チームは試合参加未経験者のみで編成しなければいけない”という、あれだ。同じ地区の優勝の独占を防ぎ、選手の世代交代を促していく狙いの規定。これによって新たに編成されたのが、他でもないロットンたちのチームだ。そして他のチームは、ほぼ確実に経験者たちで編成されたチームを作る。

 つまりまとめてしまえば、“流れを持っていかれ、かつ未経験者だらけのロットンチーム”対“流れをつかみ取り、さらに経験で勝るヤンチーム”という構図が出来上がってしまったのだった。

 

「上等! 条件が不利なほど、ヤンのクソ野郎の顔に泥を塗りたくってやれるってもんだ!」そう言うロットンは、この一時間で三回はトイレに駆け込んでいた。

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