十八話【メンバー集結】
セオたちはまた、試合会場行きのバスを待っていた。朝やってきた不幸の知らせを受け止めきれないのか、ロットンは家を出てからずっとぶつぶつ小言をこぼしている。
「ああ、やっぱりミス・ノーラは健在か……いや、体調不良だから健在とは言えないのか……?」大体はこの言葉だ。
「さっきから気になっていたんだけどさ、わざわざ『ミス』って付けているのはどうして? なんだか、変に畏まった感じというか」
「ん? ああ。あいつの家はちょっとしたお金持ちで、本人もちょっとお嬢様っぽいんだよな。高圧的な方じゃない、ゆるくてふわふわした感じの方な。それともう一つ」
「もう一つ?」
「いろいろ不器用でさ、昔っからちょっとしたミスが多かったのさ。そういうわけで、みんなから親しみと皮肉を込めて“ミス・ノーラ”って呼ばれてるのさ。本人もまんざらじゃない」
「へぇ、それはまた……」うまいこと言ったね、とは言えなかった。
「それではぁ出発しまぁ~す」
昨日に引き続き、白髪の運転手が気の抜けた声を出す。
バスはガタガタと大きな車体を揺らしながら、会場までひたすら乗客を運んで行く。その乗客たちの中にはロットン達の試合出場を知っているものも多いようで、ロットンとレイカに激励を飛ばす姿が何度か見られた。二人の浮かない姿を気に掛ける人もいたが、試合前の緊張だと勝手に納得しているようだった。
ほどなくして、巨大な地割れに囲まれた試合会場が現れた。改めて見ても、なるほど、陸の孤島だ。
その絶景を目にしたセオは、ずっと考えていたことをロットンに話すため、彼の耳元に口を寄せた。何か大事な話があるとわかったのだろう、ロットンも耳を寄せてくる。周りに聞こえないように。
「あのさ、ロットン」意を決して口を開く。
「ああ、どうした?」
「……代わりに、僕が出ようか? 代役が認められるならさ」
ノーラという欠員が出たと知った時から、セオはそのことをずっと考えていた。不謹慎ではあるが、「これで自分が代わりに出場できるかもしれない」と胸を躍らせていたのも事実だ。
とはいえメンバーの変更が認められるのかわからない。ひょっとしたら、ロットンも他に代役の当てがあるのかもしれない。
「ダメかな?」ロットンの目を見つめて、もう一度尋ねる。
するとロットンはニッと笑って
「実は俺も、同じことを考えていた」と答えた。
「ホントはお前も出たかったんだろう? 顔に書いてあったさ」そう言って、セオの顔を指さす。
「図星だよ。でもさ、ロットン」
「ん?」
「今後は、ちゃんと代わりの人を用意しておいた方がいいよ。僕がいなかったら、どうするつもりだったのさ?」
ロットンはばつが悪そうに、そっぽを向くだけだった。
バスは橋を渡り終わり、運転手ののんびりした声が到着を告げる。二日目の始まりだ。
会場に到着した後、セオ・ロットン・レイカの三人は別行動をとることにした。急遽セオが加入したため、少しでも練習をする時間が惜しいからだ。
広い会場には、試合前の選手たちが最終調整をするフィールドが用意されている。セオ達はスタッフのビートルに乗せてもらい、そこまで移動した。
フィールドでは既に何名かの選手が調整を始めている。おそらく午前中の試合出場者だろう、まとっている空気には試合直前特有の熱気が含まれている。その選手たちを横目に、セオ達はキルシュバオムが使用するアメンボの船場へと足を運んだ。
そうして、青いアメンボたちが並べられた船場にたどり着いた。一日目でも見た、キルシュバオムのアメンボたちだ。
その青いアメンボたちの前に、一人の少年が立っていた。チェック柄のハンチング帽に、フレームの太い眼鏡。上品なベストとシャツ、スリムなパンツを身にまとったその少年は、地味ながらレイカのように気品の高さを滲ませていた。
その少年の姿を確認すると、まずロットンとレイカが彼に走り寄って、何かを説明している。話が終わったのか、少年はセオにゆっくりと歩み寄ると、帽子を取って深々とお辞儀をした。
「はじめまして、セオさん。お話は伺っています、ノーラさんの代わりに出場されるそうですね」
透き通るような声で滑らかに言葉を紡ぐ。外見はまだあどけなさが残るが、その洗練された佇まいは、精巧なガラス細工を連想させるほど冷たく、整っていた。
「ボクの名前は、ポレロと申します。本日は、共に勝利をつかみ取りましょう」
そう言って、手を差し出す。勝利をつかむというその手は、セオの手と比べても小さい、子供のような柔らかさのある手だった。
「ああ、こちらからもよろしくお願いします」そう言って差し出された手を握る。
ポレロの手に力が加わった瞬間、セオの意識は空に飛んだ。あまりに巨大なものの発する威圧感に耐え切れず吹き飛ばされ、瞬きをする間に孤独な空へ飛ばされてしまったかのようだ。内臓が体の中でふわりと浮き、ぞわりとした木の悪さを感じる。
もう一度瞬きをすると、セオの脚はしっかりと地面の上に立っていた。目の前のポレロは、ただ笑顔でセオの顔を見ている。目をこすり、脚を叩いてみるが、何も異常はない。ただのイメージだったようだ。なんの? ポレロの。
「ポレロ君は、最近この国に来た旅人なの。世界中を旅してまわって、その体験を基にした手記を本にするのが夢なんですって」レイカがポレロの代わりに説明を始める。
「だから宙船の操縦も手慣れたものなんだけど、ロットンもよく臆面もなくポレロ君を誘ったわよね」
「なーに。ポレロの泊まってる宿はキルシュバオムの物だし、ルール上は問題ないはずだ。こんな戦力、放っておけないっての!」
「……まあ、実際すごい腕前だし、“ロットンと違って”物静かだし。ホントに頼りにしてるわ」
「……なんだかチクッとトゲを感じたな、今の言葉」
そんな二人の様子を見てクスクスと笑うポレロ。その無邪気な笑顔の裏に隠された巨大な力に、二人はどれだけ気づいているのだろうか。
ロットン、君の周りの人間は、どうしてこうも個性的なんだい?




