十六話【イヤな奴】
午前中の試合が終わり、セオ達は昼食に向かった。
開会式前にはまだまばらだった簡素な屋台も、今では会場を囲むようにずらりと並んでいる。そこら中から漂う香りが混ざり合い、彼らの食欲中枢をデタラメに刺激している。
そんな屋台の壁の一角、テーブルとイスが並べられた空間が見える。そこには屋台で雑多な食料を買い込んできた人々が座り、会話に花を咲かせながら皿に満載の料理をつついている。
なんとか席を詰めてもらい、セオ達約二十名が固まって座ることができた。興奮で忘れかけていた首や脚の疲れが、座った瞬間に押し寄せてくる。
とりあえずテーブルの上に買ってきた食べ物を並べた。改めて見ると、肉やら麺類やら茶色い食べ物が幅を利かせている。明らかに偏った食事だが、こんな日くらいはいいだろう。たまに食べると、とんでもなく美味しいのだ。
「キルシュバオムの勝利に、かんぱーい!」
既に優勝が決まったかの気分で、ゴルドーはなみなみ注がれたビールを高く掲げる。溢れた泡が、彼の手に豪快にかかった。
しかしゴルドーの上機嫌もわかる。八つの地区がリーグ戦形式で戦うわけだから、それぞれ七戦することになる。キルシュバオムは午前の試合で、既に二勝を決めていた。最高の出だしと言える。ロットンとレイカも、肩の荷が軽くなったのか表情が柔らかくなっている。
「あーあ、こりゃ俺たちが出る前に優勝確定かな? いや~、それはそれで何だか残念だぜェ」
やれやれといった仕草で、そんな強気な発言をするロットン。その言葉とは裏腹に、内心はほっとしているに違いない。
「こら、ロットン! 私たちがそんな気分じゃ、本気で試合している人たちに失礼でしょ!」
「う……そんなんわかってるよ。それより、冷めないうちに食べちまおうぜッ!」
レイカから思わぬ叱責を受け、それを流すようにロットンの手が次々料理に伸びていく。
「……まったく。でもそうね、私もいただき――きゃあっ!」
手を伸ばそうとしたレイカが、突然ビクッと小さく震えた。いつの間にか、レイカの肩に男の手が乗っている。それも両手だ。載せるというより、がっしりとつかんでいるようだ。
その手の主の顔を見ようと顔を上げる。
そこに立っていたのは、不自然に赤い髪をツンツンに立て、耳や首にジャラジャラとアクセサリーをぶら下げた、“ガラの悪い奴“のお手本みたいな男だった。
「ヨォ、ロットン。相変わらず子守りご苦労様だな。うん?」
「……これはこれは誰かと思えば、ボルティシア家のヤンぼっちゃんじゃありませんか。こんな庶民の食卓に何のごようでしょうか、あァん?」
突如現れたチンピラに嫌味ったらしい言葉をぶつけるロットン。この一会話だけで、この二人の間柄がなんとなくわかったような気がした。アルベルト夫妻は顔をしかめながら、ただその成り行きを見守っている。
「まあまあまぁ。そう怒るなよ。明日の対戦相手に、ちょいと挨拶をしに来ただけさ」
「対戦相手?」
「なんだ、そんなことも確認してねェのか? ほんとにやる気あるのか、アァン?」
細くとがった目を、一層いやらしく細めて笑う。離れたところで見ているセオですら胸に不快感が溜まっていく。その目を向けられているロットンなら、既に全身から噴き出していることだろう。
「おし、おっちょこちょいのロットン君に教えてあげよう。明日午後の最終試合は、我らがツェーダーと君たちキルシュバオムとの試合だ。ドゥーユーアンダスタン?」
そう言って、ロットンの額をツンツンとつつく。その指に噛みつこうとするが、ひょいと軽くかわされてしまう。
「それにしても」セオは不思議に思っていた。ここにいる誰もが、この不快の権化を目の前にして何も言い返さない。いつもなら指どころか体中に噛みつきそうなロットンですら、見えない壁に遮られるかのように手をこまねいている。
完全に、このヤンという男の独壇場だ。なんだかムカムカしてくる。
「さて、俺も明日の最終調整でピリピリしてんだ。それじゃあ諸君、明日は正々堂々戦おうか!」
踵を返すヤンが、ちらりとレイカを一瞥したことをセオは見逃さなかった。そんなことはつゆ知らず、ヤンはひらひら手を振りながら去って行った。
それと同時に、その場を覆っていた赤紫色の息苦しい霧は晴れて行った。しかし各々の心の中には、まだ不快感が渦巻いている。
「ロットン、あいつはなんなんだよ……!」たまらずセオは聞いた。
「あいつはな、ボルティシア家の一人息子だ……」
セオの質問に答えたのは、今までずっと沈黙を保っていたゴルドーだった。
「さっきもロットンが言っていたけれど、ボルティシア家って何者なんですか?」
「簡単に言えば、この国の宙船の製造を一手に引き受けている大企業。それを設立したのが、そのボルティシア家なのさ」
「……だから、みんな逆らえないってことですか? お金持ちで、権力も持っているから」
「……そうだ。とはいえ、あの一家がみんな悪い奴じゃない。というか、嫌な奴はヤンくらいなものだ。
あいつは一人っ子でだいぶ甘やかされた上に、生まれた時には既に不動の大企業の御曹司だ。それこそ、やりたい放題だったんだろうな」
セオは、ヤンの生い立ちを想像してみる。この世に生を受けた瞬間から、成功を保証されたような、そんな人生だ。
産声をあげれば、後継者を手に入れた両親は歓喜に沸く。その喜びは行き過ぎた愛情となり、彼をわがままな王子様に仕立てていく。対等な友達などいない。いるのは家来もどきの友人もどき。笑顔をふりまけば笑顔を返され、不愉快を滲ませればご機嫌をとってくれる。
敵というものに一度も触れない人生を約二十年。全てが上手くいくが、全てが面白みに欠ける。
あの派手な外見も『ボルティシア家の御曹司』という鎧への反抗心の表れなのかもしれない。「俺は俺なんだ」と、彼なりの必死の主張かもしれない。そう考えると、多少は彼に親近感が――。
「――いや、湧かない。やっぱりあいつは、腹が立つ」
セオの素直な感想が口をついた。
御曹司だからなんだ。権力者なりの苦労がなんだ。僕の友達をバカにする奴に、同情の余地もない。それが、セオの導き出した感想だった。




