十四話【試合開始!】
「皆様! 大変長らくお待たせいたしましたァ!」
陽気な声と共に、司会者らしき人が飛び出してきた。外見は四十代くらいに見えるが、若々しい笑顔とキビキビとした動作が若さを振りまいている。ロットンが歳を取ったら、こんなおじさんになりそうである。
司会者の登場と同時に人々から歓声が上がる。けだるそうにしていた隣のロットンも、この人の登場と同時に歓声を上げた。
「ニッカさんって言うんだけどさ、普段はラジオに出演してるんだけど、たまにこういうイベントに来てくれるんだよ。生で見たのは、前回大会以来かなぁ……」
前を見たまま、ロットンが早口で説明してくれる。コメディアンのような雰囲気を持つニッカさんは、確かに見ているだけで元気が出てくる感じだ。
「温かい声援ありがとうございます~! 皆さんのご協力もあり、このフロッカーの全国大会、今回も無事開催の運びとなりました! 全国大会と言ってもアマチュアたちのお祭り騒ぎのようなもの。選手は気楽に、観客は大騒ぎで楽しんでいってください!」
「はい、がんばります!」とロットンが敬礼しながら応える。周囲の人たちがその姿を見てクスクス笑っている。
「さぁ、わたくしの話はとりあえずここまで! ここからは、このフロッカー大会の主催者、バードンさんのお話をお聞きください!」
深く一礼をしてニッカが下がると、ステージの端で一際上質な椅子に座っていた老人にマイクを渡した。その老人こそが、この大会の主催者のバードンというらしい。
恰幅のいいその老人は、ふっくらとしたその体を揺らしてステージの前に出てきた。ゴルドーが野性の熊なら、バードンはぬいぐるみの熊といった雰囲気だ。頭髪はすべて白髪に染まっているが、ふさふさに生えそろっていて柔らかい綿のようである。ひげはきっちり剃られており、清潔感が溢れている。優雅に暮らしてきた富豪のようだ。
バードンがマイクを口元に持ってくると、会場はその声を聞こうと再び静まり返った。
「いつもお世話になっております。大会主催者のバードンと申します――」
「いやぁ、本日はお日柄もよく――また、風も穏やかで――」
「今大会も若い選手が増えて嬉しい限りで――」
「そういえば、昨日は庭に大きな鳥が飛んできましてね――」
「最近は妻から『あなたも昔みたいに運動しないと』とうるさく言われまして――」
試合の挨拶から、次第にバードンの雑談にシフトしていく。会場全体が「また始まったよ」という目でバードンを優しく見守っている。
「え~、以上でわたくしの話を終わらせていただきたいと思います。それでは選手の方々、ご健闘をお祈りしています」
深々と一礼したバードンは、スッキリした顔つきで自分の席に戻って行った。その後ろ姿に、観客たちから温かく疲れ切った拍手を送った。ゴルドーは何か納得するようにうんうんと唸りながらうなずいているが、ロットンの方は居眠りで首をカクカク前後させている。
交代するように、再びニッカが前に歩み出る。
「バードンさん、ありがとうございました! いやぁ、毎回毎回貴重なお話ありがとうございます。わたくし感動して、涙が溢れてしまいました!」
ごしごしと目に溜まった涙をぬぐうニッカ。まず間違いなく、あくびした時の涙だろう。
「お次は、この方に登場していただきましょう! 昨年度『ミス・シュヴァルベ』に選ばれました絶世の美女――」
とここまで聞いただけで、鼻ちょうちんを膨らませていたロットンが目をカッと見開いた。「やれやれ、この男は……」そう思わずにはいられないセオであった。
「――さん、お話ありがとうございました! 今のお言葉で、選手の方々も一層振り立ったことでしょう!」
何度目かのニッカの締めの言葉。これでステージ上にいるすべての人がしゃべり終わったことになる。ロットンと子供たちは、既にその場に行儀悪く座り込んでいる。
突然、ステージ上にいるニッカが何か合図をするように両手を大きく振った。
そしてより力強くマイクを握りしめる。
「皆様、大変長らくお待たせいたしましたァ! いよいよ第十二回フロッカーアマチュア大会、開ッ催ッ! となりますゥー!」
一際張り上げたその声を合図に、ステージの背後から花火が打ちあがった。ヒュルルルルという力の抜ける音を発しながら、小さな火の玉が空に昇って行く。そして「ドンッ!」という激しい破裂音と振動が観客たちに降り注ぐ。心と体を震わされた観客たちは、共振するように歓声を張り上げる。
それこそが開始の合図。戦いの火ぶたが、今切って落とされたのだ!
セオ達が次に訪れたのは、アメンボの船場だ。船場とは宙船を停めるスペースのことであり、試合に使われるアメンボたちが並べられている。
第一回戦は、セオ達の属するキルシュバオムチームとキーファーという地区の対決だ。
船場に集まった観客たちの端の方から声援が上がる。
なんとか背伸びしてそちらを見ると、大きなゼッケンを持った男たちが颯爽と歩いてくる。どの男も、自信と緊張をその背中に背負い、獣のような威圧感を放っている。彼らが声援に応えるように手を振ったときだけ、その威圧感は霧散し目に見えない力となって観客たちに降り注ぐ。
彼らが前を通り過ぎると、ゴルドーたちからも大きな声援が上がった。どうやら彼らこそがキルシュバオム、そして対戦相手のキーファーの選手のようだ。セオも礼儀として、慣れない大声を張り上げて彼らを鼓舞した。
キルシュバオム選手は青色のアメンボに、キーファーは緑色のアメンボに各々ゼッケンを縛り付ける。その後アメンボの各パーツを丹念にチェックしていき、納得したようにうなずくと透き通るキャノピーを開けて中に乗り込む。同様に内部の計器を確認すると、各々OKのサインを出す。
キィインと高く澄んだ音を上げて、アメンボの脚部に組み込まれた浮遊石が活動を開始する。それと同時に、重力から解き放たれるようにフワリと宙に浮かんでいく。両チームのアメンボは空中で向かい合って一列に並び、にらみ合うようにゆらゆらと相手の力を見極めている。見た目こそ可愛らしさもあるが、パイロットたちは既に視線で火花を散らしていることだろう。
両陣地の端から大きなバルーンが浮かび、審判機となるアメンボたちも彼らを囲むように配置に着く。
「ゴクリ――」と、選手たちを仰ぎ見る観客たちの息をのむ音が聞こえる。準備が整ったのだ。
「それでは、キルシュバオム第一チーム対キーファー第一チーム……」
「試合、開始です!」




