十三話【陸の孤島】
子供たちを引き連れ、セオ達はバス停に向かった。さすがに二十人近くの移動となると、ビートルには荷が重い。
寝不足気味のロットンとレイカも、家を出るころにはいつもの調子を取り戻していた。意気揚々と、遠足に行く子供のように先頭を歩いている。それはどうやら二人だけではなく、子供たちも、アルベルト夫妻もうきうきしているようだ。さながらお祭り気分である。
かくいうセオも、また同様だった。元々は宙船乗りだったセオである。宙船の競技となれば、興味を惹かれるのも自然なことだった。足取りも知らず知らずのうちに軽くなっていく。
わいわい話しているうちにバス停に着いた。
田舎のバス停と言えば乗客が少なく、本数はさらに少ないというのが定石である。しかしこの日は珍しいことに、朝早くにもかかわらずバス停に何人も人が並んでいる。今日明日は特別にバスの本数も増えているらしいが、それでも待ち人がいるのだから試合の人気がうかがえる。
その待ち人の中の一人。近所に住む細身のおじさんが手を上げて挨拶してきた。
「よう、ゴルドーさん! いい天気になって良かったな」
「おうよ。これでウチの地区が優勝すれば、言うことなしだな!」
ガッハッハと近所のおじさんと笑いあうゴルドー。図らずもプレッシャーをかけられたロットンとレイカの二人はひきつった笑みを浮かべる。
「――おっと悪かったな、ロットンにレイカちゃん。まあ、負けてもいいからさ、怪我しないように頑張ってくれよ」
「それはそれでカッコつかねぇなァ……」
「私たち、ちゃんと練習しましたから。全力で勝ちに行きますよ」
「おっ、やっとバスが来たな」
砂煙をあげながらやってきたバスが、セオ達の前に停まった。既に数人乗っているようだが、なんとか子供たちが座るだけの座席は空いてそうだ。
ぷしゅうと気の抜ける音を発して、バスの扉が開いた。誰も降りてこないということは、みんな行先は同じということか。
子供たちは我先にと開いたドアに駆け込み、座席を埋め尽くしていく。それでもよく見ると年少の子から順に座っているのだから、ちゃんと教育は行き届いている。一方セオたち大人は、子供たちのすぐそばで吊り革を握って立っている。
「それではぁ出発しまぁ~す」
白髪の運転手が間の抜けた声で宣言をすると、バスは再び動き出した。
ガタガタとちょっと大きく揺れながら、バスは農道をゆったり進んでいく。乗客たちを満載したバスは街からも農地からも大きく離れていく。
進んでいくにつれ、ゴツゴツした岩が目立つ荒れ地が視界を埋め始める。バスの揺れも大きくなっていき、吊り革につかまっていなければ倒れてしまいそうだ。
「この道だけは、何度来ても辛いよなぁ」
隣のロットンが悪態をつく。「道だけでもいいからさ、整備しておいてほしいよなぁ」とは言うが、こんな何もないところには道路の整備すら必要なさそうに感じる。こんなイベントでもなければ、誰もこんなところ来ないだろう。
足が痛くなってきて、やっぱり道路の整備くらいは必要かもなとロットンの意見に賛成し始めた頃だ。
「お、見えてきたぜ! ほら、見てみろよセオ」
ロットンに促されて、その指差す方向へ視線を向ける。
視界に入ってきたのは、巨大な地割れだった。幅は何十メートルあろうかというほど広く、長さは地平線に届くのではないかというほど、遥か彼方まで延びている。
驚くべきことに、その地割れは一本だけではない。ほぼ直角に、交わるように巨大な地割れがつながっている。その地割れもまた、地平線に延びている。
「すごい地割れだね。こんな大きい地割れが二本も……」
「いや、四本だぜ?」
「え!?」
「上から見るとわかりやすいけどな、四本の巨大な地割れが、あの土地を四角く囲っているんだ。ちょうど周囲から断絶されるようにな。だからあそこは、『陸の孤島』って言われてるんだよ」
どうだすげぇだろと、ロットンは自分のことのように自慢をする。ロットンがすごいわけではないが、なるほど、宙船の試合会場としてはふさわしい壮大さだ。
よく見れば、その孤島を取り囲むように頑丈そうな柵が張り巡らされている。子供などの落下を防ぐためだろうが、それはさながらコロシアムか、逃げ場のないデスマッチのリンクに見える。セオの背中に冷たい汗が流れる。
鉄橋を渡り、バスは孤島の中へと入っていく。頑丈な橋のようだが、落ちれば確実に助からない高さ。そういう場面に限って、なぜか不慮の事故等で落ちてしまう想像をするのはなぜだろうか?
もちろん何事もなく、バスは橋を渡り切った。
入り口付近の駐車場には、既にかなりの数のビートルやバスが駐車されている。少し離れたところには、個人所有の宙船まで停められている。よほど遠くから来たのか、裕福な家の人が来ているということなのか。どちらにせよ、この国の住人を魅了する一大イベントということには違いなさそうだ。
「はい、終点でぇ~す。皆様、お気をつけてお楽しみくださいませぇ」
運転手が間の抜けた声で到着を告げる。
ぷしゅうという音と共にドアが開いたのを合図に、座っていた子供たちはバッタのようにぴょんぴょん飛び出て行った。慌ててセオ達もそのあとに続く。
「コォラ、ガキ共! あんまりはしゃがないで、はぐれないようにまとまって歩くぞ」
あっちこっち飛び跳ねていた子供たちが、パパッと軍人のようにまとまる。ひょっとして、ゴルドーは軍隊の隊長か何かだったんじゃないだろうか。その手際の良さにそんな想像をしてしまう。
出発した時のように、再びみんなでまとまって歩く。
会場の端の方では、壁のように色とりどりのテントが並んで建てられている。そこに並べられている文字を見る限り、祭りの屋台のようだ。りんごあめ、フランクフルト、からあげ、クレープ。その文字の羅列を見るだけで口の中によだれが溢れそうになる。ロットンと子供たちに関しては、本当に溢れている。まだ準備中だというのに気が早すぎる。
しかしゴルドーたちが向かっていったのは、一際目立つ大きなステージ。アイドルが出てきてコンサートを開きそうな、そんな風体だ。その裏の方ではスタッフらしき人たちがせわしなく走り回っており、前面には既に来ていた観客たちが落ち着かないように体を揺らして見守っている。
セオたちもその群れの中に混ざる。小さくて前が見づらい子供たちはぴょんぴょん跳ねながら、なんとか前を見ようと首を伸ばしている。
「ねえ、ゴルドーさん。ここで何があるんですか?」
小さい子供をおんぶしたゴルドーが、セオの質問に答える。
「主催者の挨拶とかだよ。やっぱりこういうのはきっちり参加すべきだろう」
「まあ退屈な話だからさ。適当に聞いとけばいいぜ」
「こら、ロットン! お前まだそういうこと言うのか!」
つまらなそうに悪態をつくロットンに鉄拳が飛ぶが、それを軽やかにひょいひょいとかわしていく。
「――フン、この悪ガキが。こんなやつが選手とは、親として情けないわい」
「まあまあ、あなた。ほら! もう始まりそうよ」
マリーのその言葉と同時に、突然勇ましい音楽がステージのスピーカーから流れ始めた。
それを合図に、会場内の観客たちや、テントで作業をしていた人々がステージの前に集まり始めた。
あっという間に、ステージ前には人の巨大な塊が形成された。人々の熱気が充満し汗がにじんでくる。がやがやという喧騒が巨大な波のように押し寄せ、自分の発する声すら聞き取ることができない。
「すご……人……だね。……ットン」
「だから……いうのは嫌……なァ」
「……だまだガキ……なぁ。この騒……祭りらし……いいんじゃねぇか」
「あ。ほら……ステージ……人が出てきたわよ」
レイカが指さす方を見ると、ステージ上に何人か現れた。正装に身を包んだ老人から、二十歳くらいの美人まで。堂々とした足取りでステージ上に並んでいく。
全員が並び終わったところで音楽が止み、それを合図に人々の喧騒もサッと波が引くように静まり返った。




