十二話【戦いの朝】
新生活は、いたって順調だった。
アルベルト夫妻は基本的に孤児院にいる。
夫のゴルドーは主に日曜大工と畑仕事をしており、セオも仕事を覚えながら手伝っていた。始めのうちこそ病み上がりということもありすぐにダウンしたが、一週間もすれば健康的な男子そのものとなっていた。しっかりリハビリの効果も出ていたようだ。
妻のマリーは家事全般を行っている。炊事に洗濯、掃除など。普通の主婦とやっていることは変わらないが、それが約二十人分ともなると重労働である。そのため力仕事はゴルドーが、炊事や裁縫など細かいことは、手先が器用なセオが手伝っていた。セオにはこちらのほうが性に合っていたようで、その上達の速さはベテラン主婦のマリーも目を見張るものがあったようだ。
子供たちは、平日は朝から夕方くらいまで学校で勉強している。そのため昼間は静かなので、その間は仕事や読書に没頭できる。学校が休みの日は子供たちに振り回されるように一緒に遊び、それが一番の重労働になっていた。
ロットンとレイカも、子供たち同様朝から出かけて行った。二人とも街の方で働いているようである。休日になると、アメンボ(宙船の一種)に乗って二人そろってどこかへ出かけることが多かった。以前ゴルドーが言っていた『試合』の練習らしい。試合が間近に迫っているらしく、練習に向かう二人の顔つきも次第に鋭さを増していくのを感じた。
その表情を見ているだけで、セオも密かにワクワクしていた。
「明日はいよいよ試合だね」
セオは、自分の部屋にいるロットンとレイカに言った。セオが孤児院に来て二週間ほどたった、ある日の夕食後のことである。
ロットンはカーペットの上で寝転がりながら、眉間にしわを寄せて本を読んでいる。子供向けの小説ですらこの有様なのだから、学術書など視界に入れたら気絶するかもしれない。本の良さが分からないという言葉に、嘘偽りは無かったようだ。
レイカの方は雑巾を縫っている。家が広いため、雑巾はすぐ黒ずんでしまう。セオの反対で細かいことが苦手な彼女も、雑巾を縫うくらいのことはできた。しかしだんだん縫い目が荒くなっていく雑巾たちを見ていると、やはり自分がやるべきではと後悔してしまう。だがレイカのプライドを考えると、セオはやはり手が出せないのであった。
「おう! セオもぜってぇ応援に来てくれよ!」
「とは言っても、私たちの出番は明後日なんだけどね」
二人が出る試合とは、アメンボの操縦の腕前を競う、『フロッカー』という競技である。
試合は二日に分けてリーグ戦方式で開催されるらしい。明日は開会式と前半戦、明後日は後半戦と閉会式。そして勝ったチームはちょっとした英雄としてもてはやされ、飲めや歌えやの大騒ぎとなるらしい。
ちなみに前回大会の優勝を勝ち取ったのは、このキルシュバオム地区であるらしい。
優勝した地区は次の大会では、試合に出たことのない新人チームを一つ入れないといけないらしい。要はハンデというわけだ。
そうしてロットン達、素人チームが結成されたわけだ。四人で一チームなので、あと二人は今頃どこかで試合に備えているのかもしれない。
「だけど、二日目の最後の試合が私たちだなんて、緊張するわね」
いつも太陽のように明るく風のように爽やかなレイカが、この時ばかりは不安の色を表していた。そういえば、この国に来た時も宙船で不時着したと言っていた。それが軽いトラウマになっているか、もしくは、単に操縦が下手なのかもしれない。
「大丈夫だって! うちの地区は強いんだからさ、俺たちが出る時は既に優勝が決まってるときさ」
彼女の背中をバンバン叩いて無理やり安心させるロットン。しかしそういう彼も宙船を故障させていたのだから、腕前には疑問が残る。だんだんセオにまで不安感が伝染していった。部屋の中に暗雲が立ち込める。
「――って、なに暗くなってるんだよ! せっかくのお祭り騒ぎなんだ、二日間楽しんでいこうぜ!」
「――うん、そうだよね!」
「大丈夫かなぁ」
「セオ! そういうこと言わない!」
夜が明けた。試合開催の日だ。
天気は良好、雲一つない。絶好の宙船日和だ。
セオはいつものストレッチを済ませた後、顔を洗ってキッチンの方へ向かった。そこではアルベルト夫妻が朝食を作り、いつものようにロットンとレイカが手伝っている……そのはずが、二人の姿は見られなかった。それが毎朝の光景だけに、セオに不安がよぎった。
「おはようございます。ゴルドーさん、マリーさん」
「おう、おはよう!」
「あら、おはようね」
いつものように朝の挨拶を交わす。しかし二人分足りない挨拶はなんだか物足りない。
「あの、ロットンとレイカさんは?」
「ん? ああ、まだ寝てるみてぇだな。珍しいこともある」
ふさふさのあごひげを撫でながら首をかしげるゴルドー。まだ整え終わっていないのか、ずいぶんボサボサしている。
「きっと試合が近づいて、緊張してよく眠れなかったんでしょうね」
「なんだ。緊張なんてキャラじゃねぇのにな、二人とも」
「そういう日もありますよ。あの子たちはまだ若いんですから」
「俺はガキの頃から緊張の『き』の字も知らねえぞ」
「みんながみんな、あなたみたいに図太いわけじゃないのよ?」
「ふ、アッハッハ!」
大笑いするゴルドー、彼にとっては、二人の緊張も笑いの種みたいなものなのか。
噂をすれば影というのか、話題の二人がそろってキッチンに入ってきた。普段なら朝からハキハキしている二人だが、レイカは寝ぼけ眼を擦り、ロットンは大口を開けてあくびをしている。やはりマリーの言うとおり寝不足らしい。
「おはようさん、二人とも」
「ああ、おはよォ……」「おはようございます……ふあぁ」
「まったく、だらしねぇな。メシの支度はセオに任せて、お前らは椅子に座ってろ」
「んむ。わりいな、セオ」「ごめん……お願い」
食卓に着いた二人は、ぼんやりした目つきでどこか虚空を眺めていた。二人の出番は明日らしいのに、初日からこんなことで大丈夫なのだろうか――。




