第9話 「回復水の研究」
「リリア」
翌日、授業が終わった直後だった。アリア先生が呼んだ。
「なに?」
「少し付き合って」
「怒られる?」
「まだ怒ってないわ」
微妙な答えだった。
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リリアは職員室へ連れて行かれる。ミレーユも一緒だった。
「なんで私も?」
「証人」
嫌な響きだった。
職員室には見知らぬ大人がいた。白衣を着ている。教師ではないらしい。年齢は先生より少し上、疲れた目をしていた。机の上には何冊もの資料が積まれている。
「この子ですか」
男が言った。
「そうです」
アリア先生が答える。
「例の回復水」
「回復水?」
リリアが首をかしげた。いつの間にか名前が付いていた。
「魔法研究局のカイルと申します」
一応、頭を下げる。だが目は資料に向いたままだった。研究者らしい所作だった。
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男が机の上へ紙を置く。その上には植物があった。少し枯れている。
「試してほしい」
「いいよ」
リリアは指を出した。ぽたっ。水滴が落ちる。
数秒後、葉が少しだけ元気になった。カイルはその変化を食い入るように見つめ、手元の紙に何か書き込んでいく。文字は震えていた。
「やっぱり」
「なにが?」
リリアだけ意味が分かっていない。
「一昨日の依頼報告書と、症状が一致します」
カイルがアリア先生に向けて言う。先生は頷いた。
「森で怪我をした男の子の件ね」
「はい。あの傷、通常の回復薬でも数日はかかるはずでした」
リリアはぴんと来ていなかった。ミレーユが小声で説明する。
「あなたが治した子、本当ならもっと時間がかかるはずだったってこと」
「そうなの?」
「そうみたい」
その後も実験は続いた。擦り傷、切り傷、枯れた植物、疲れた家畜、色々試された。結果、全部少し回復した。
「万能すぎませんか?」
「万能ではありません」
アリア先生が答える。
「効果は弱いです」
確かに、一滴で全快するわけではない。だが、確実に回復していた。それが問題だった。普通の回復魔法ではない。少なくとも学校の教師たちはそう判断していた。
「魔力の質が違うんです」
カイルが紙を指差しながら続ける。
「治癒魔法特有の反応が見られません。それなのに、治癒に近い結果が出ている」
「つまり?」
「未知の系統かもしれません」
その言葉に、アリア先生の表情が少し硬くなった。リリアはというと、退屈そうに足をぶらぶらさせていた。
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数時間後、実験終了。リリアは疲れていた。
「帰っていい?」
「いいわ」
「やった」
即座に立ち上がった。ちなみにその瞬間、椅子から落ちた。
「痛い」
「大丈夫?」
ミレーユが駆け寄る。
「回復水で治るかな」
「自分に使わないで」
カイルはその一連の様子を見て、思わず苦笑した。研究資料の山を前にした緊張が、少しだけ緩んだ瞬間だった。
「あの、最後に一つだけ」
「なに?」
「なぜ、人を助けるんですか」
真面目な質問だった。リリアは椅子から立ち上がりながら、少し考える。難しい質問ではなかったようだ。
「困ってたから」
それだけだった。カイルは何かを書き留めようとして、途中でペンを止めた。理由として書くには、あまりにも単純すぎた。
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帰り道、リリアは上機嫌だった。
「研究者だった」
「そうだね」
「偉そうだった」
「偉い人なんだと思うよ」
「可愛くなかった」
「評価基準それなの?」
リリアは真面目に頷く。ミレーユは諦めた。
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その頃、職員室。カイルが報告書を書いていた。
『治癒能力を持つ特殊水魔法確認』
『継続調査推奨』
『帝都への報告も検討』
ペンが止まる。窓の外は、もう暗くなり始めていた。しばらく迷った末、最後に一行だけ書き足した。
『なお、本人に自覚なし。動機は単純な善意と思われる』
書き終えて、カイルは少し笑った。研究対象として見ていたはずの少女が、案外まっすぐな理由で動いていたことに、どこか安堵したような笑いだった。
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夜、寮の部屋。リリアは天井を見ていた。
「ミレーユ」
「なに?」
「私すごい?」
少しだけ不安そうだった。
「うん」
ミレーユは即答した。
「かなり」
「へへへ」
嬉しそうだった。しかしその直後、
「じゃあ可愛い?」
「そこへ戻るの?」
ミレーユは笑った。その笑顔につられて、リリアも笑う。
窓の外では、月が静かに昇り始めていた。今夜もまた、リリアの一番の関心は、明日の朝ご飯だった。




