第72話 「おかえりなさい」
地下都市調査から帰還した翌週。
帰還の夜に聞こえた鐘の音は、帝都南方で発生した小規模な魔物の集団発生によるものだった。すぐに帝国軍が鎮圧に当たり、大事には至らなかった。だが、隊長からは「これは、もっと大きな何かの前触れかもしれない」という言葉とともに、詳しい調査が始まっているという説明を受けていた。
「今回は、君たちの出番はない。詳細が分かるまで、しばらく休んでいてくれ」
そう告げられ、リリアたちは久しぶりの長期休暇をもらっていた。帝国も調査結果の整理で忙しい。冒険者学校も特別授業期間。珍しく全員自由だった。
「帰省しようと思いますわ」
最初に言ったのはエレノアだった。
「私も一度実家へ帰る」
セリナも頷く。
「商会の様子を見てきます」
ルシェ。
「私も同盟国へ手紙を届けたいわ」
フィアナ。自然な流れだった。長い調査だったのだ。家族も心配している。
「工房にも顔を出さないとな」
ティアも荷物をまとめ始めていた。
「リリアは?」
ミレーユが聞く。
「帰る」
即答だった。故郷。家。母の料理。父の説教。懐かしいものばかりである。
しかし問題があった。
「私、帰る場所ない」
ノアが言う。静かだった。ノアは元々居場所を探していた少女だった。帰る里も実家もない。
「じいちゃんのところは?」
ミレーユが聞く。
「集落のみんなが見てくれてる。心配ない」
ノアは少し考えてから続けた。
「近いうちに顔は出す。でも、今回は」
言葉を濁す。祖父は元気にしている、それは分かっている。だからこそ、今すぐ里帰りしなければならない理由もなかった。
「あ」
リリアが言った。
「じゃあ来る?」
即決だった。ノアが固まる。
「いいの?」
「うん」
平然としている。
「ご飯あるし」
基準がおかしかった。
すると今度はユナが手を挙げる。
「私も!」
全員振り向く。
「ユナは家あるでしょ」
ミレーユが言う。
「あります!」
元気だった。
「でもリリア先輩の家も見たいです!」
理由が軽かった。
その時だった。
「私も興味あります」
カレン。学者たちとの調査を終え、無事に帰還したばかりだった。
嫌な予感。
「研究目的です」
さらに嫌な予感。
「何研究するのよ」
ミレーユ。
「リリアさんの成育環境です」
全員笑った。確かに興味はあった。どうしたらリリアが完成するのか。永遠の謎である。
その結果、エレノアは領地へ。セリナは実家へ。ルシェは商会へ。フィアナは同盟国関係の用事へ。ティアは工房へ。
そして、リリア、ミレーユ、ノア、カレン、ユナ、ルナ。六人が故郷へ向かうことになった。
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数日後、故郷。
「帰ってきたー!」
馬車から飛び降りる。懐かしい景色。懐かしい空気。懐かしい家々。リリアは元気だった。
「変わってないな」
ミレーユが笑う。
「平和です」
ユナ。
「落ち着きますね」
ノアも呟く。
その時だった。
「リリア!」
遠くから女性が走ってくる。母だった。
「お母さん」
抱き着かれる。
「元気だった!?」
「元気」
「怪我してない!?」
「大丈夫」
母は安心したように笑った。その後ろから父も現れる。
「帰ったか」
相変わらず無口だった。
「帰った」
短い会話。しかしどこか嬉しそうだった。そして父の視線が移動する。ミレーユ、ユナ、ノア、カレン、ルナ。しばらく沈黙。
「増えたな」
それだった。全員吹き出す。確かに増えている。
「友達」
リリアが説明する。
「知ってる」
父も慣れていた。
その視線が最後にルナで止まった。ルナは軽く手を挙げる。
「よろしく、わたしは神」
さらりと言った。父と母が、揃って動きを止めた。
「……神?」
母が聞き返す。
「うん」
即答だった。悪びれる様子は一切ない。
父はしばらく黙り込んでいたが、やがて小さく頷いた。
「そうか」
それだけだった。深く考えることを、早々に諦めたらしい。
「それでいいの?」
ミレーユが小声で聞く。
「リリアの友達なら、大体もう驚かない」
母がおっとりと答えた。娘の交友関係に対する免疫は、既に相当なものらしかった。
「お母さん、たくましいですね」
ノアがぽつりと呟いた。全員が頷いた。
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その日の夜、家には人が集まっていた。近所のおばさん、薬草畑のおじさん、診療所の先生、昔から知っている人たち。みんなリリアたちの帰還を喜んでいた。
「有名人だなぁ」
村人が言う。
「有名?」
「帝都で活躍したって聞いたぞ」
「へぇ」
本人に自覚はない。ミレーユは苦笑する。
「相変わらずね」
夕食。大人数だった。母が作った料理が並ぶ。ユナは感動していた。
「おいしい!」
ノアも珍しく笑顔だった。
「美味しい」
カレンは食べながら何かを書いている。
「何してるの?」
リリア。
「観察です」
「何を?」
「家族環境です」
やはり研究だった。
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夜、みんなで庭へ出る。星空が広がっていた。帝都でも見える。だが故郷の星空は少し違う気がした。静かだった。
ノアが空を見上げる。
「いい場所」
小さく呟く。リリアは笑った。
「でしょ」
ユナも頷く。
「帰ってきたくなる理由が分かります」
カレンも珍しく穏やかだった。
「研究も悪くありませんね」
ルナは縁側でお菓子を食べている。神様はいつも通りだった。だが、その視線は時折、静かに夜空の彼方へ向けられていた。誰も、それには気付かなかった。
その様子を見ながら、ミレーユは少しだけ安心する。
地下都市。神代。世界の秘密。色々なことがあった。これからもきっと大変なことが起きる。けれど、こうして帰って来られる場所がある。笑い合える仲間がいる。それはとても幸せなことだった。
「おかえりなさい」
母が優しく言う。リリアは笑う。
「ただいま」
その言葉に、仲間たちも自然と笑った。
平和な夜だった。嵐の前の、本当に短い、平和な夜だった。
いつもお読みいただきましてありがとうございます。
この物語も無事に9月3日12:00の投稿をもちまして完結いたします。
8月26日より、新しい物語を公開させていただきましたので、こちらもお読みいただけますと幸いです。
2023年くらいからずっと書き溜めているものになりますので、下書きだけで250話以上があるものになります。
おとぎ話の試練を全部クリアしたら最強でした ~でも先輩は渡しません~
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