第70話 「持ち帰るもの」
「もう少しだけ!」
カレンが記録板に張り付いたまま叫んでいた。
「行くわよ」
「あと十分!」
「さっきも十分って言った」
ミレーユが容赦なく、カレンの襟首を掴んで引きずり始める。
「まだ読み終わってない記録が!」
「また来られるから」
「本当ですか!?」
ぱっと顔を上げるカレン。ミレーユは少し困った顔をしたが、頷いた。
「たぶん」
「たぶんで納得できません!」
それでも、ずるずると引きずられながら、カレンは記録板から徐々に引き剥がされていった。
エレノアとフィアナが、名残惜しそうな記録の数々に、最後にもう一度目を通す。ノアとセリナは、扉の周辺の様子を最後まで警戒していた。ティアは、崩れかけた台座の造りを、名残惜しそうに指でなぞっている。
「また来るね」
ルナが施設全体に向かって、そう呟いた。誰に言ったのか、はっきりとは分からなかった。
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やがて一行は、重い扉をくぐり、外の光の下へ戻ってきた。待っていた隊長が、真っ先に駆け寄る。
「無事だったか」
「無事」
リリアが即答する。
「収穫は?」
「いっぱい」
隊長は、カレンが小脇に抱えた大量の書き写しと、まだ興奮の冷めやらぬ様子を見て、大体の察しがついたようだった。
「詳しい報告は、落ち着いてから聞こう」
「はい、いくらでも!」
カレンが元気よく答えた。まだ話し足りないらしかった。
隊員二人も、緊張が解けたのか、ようやく肩の力を抜いていた。
「本当に、何事もなくて良かった」
「扉が開いた瞬間、正直生きた心地がしませんでした」
そんな会話を交わしながら、荷物の整理を始める。職員は、記録用紙に忙しくペンを走らせていた。
「今回の発見内容は、追って正式な報告書としてまとめます。恐らく、帝国上層部でも大きな話題になるでしょう」
その言葉通り、扉の周辺には既に、遠くの区画から様子を見に来た他の調査隊員の姿がちらほらと見え始めていた。
「あの一団、何か大きな発見をしたらしいぞ」
「隊長まで同行してたって話だ」
そんな噂話が、あちこちから漏れ聞こえてくる。別の冒険者パーティーの一人が、遠慮がちに声をかけてきた。
「すみません、皆さんが見つけたという場所、俺たちも見学できたりしますか」
「私に聞かれても」
隊長は苦笑しながら、ルナの方へ視線を送った。ルナは肩をすくめる。
「今度ね」
「今度、ですか」
冒険者は少し残念そうにしながらも、それ以上は食い下がらなかった。学者たちのグループも、遠目にカレンの抱えた資料を羨ましそうに眺めていたが、こちらも遠慮がちに距離を保っていた。
「今日だけで、噂がすごい広まりそうですね」
ルシェが周囲を見渡しながら呟く。ミレーユも小さくため息をついた。
「また騒がしくなりそう」
「もう慣れた」
セリナが淡々と答えた。それも、そう遠くない未来の話らしかった。
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神代の施設で見つかった記録の中でも、カレンが最も興奮したのは魔力循環技術だった。
カレンの夢は昔から一つだった。魔法が使えない人が使えるようになる。仕組みが解明されれば理論上は可能。だが誰も成功していない。
だから研究対象だった。カレンは最初から戦闘より研究が好きだった。訓練場より図書館。模擬戦より実験室。そんな少女だった。
周囲から無理だと言われても諦めなかった。魔力循環装置が完成すれば生活そのものが変わるかもしれない。未来を変える技術だった。
だからカレンは研究を続けている。失敗しても。笑われても。諦めなかった。
そして今回、神代の遺跡で見つけた記録は、その夢へ続く初めての確かな道筋だった。
研究者として。魔法使いとして。カレン・ホワイトの夢はまだ終わっていない。むしろここから始まろうとしていた。
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地下都市での調査は一区切りついていた。帝国の調査隊は記録の整理を始めている。リリアたちも珍しくのんびりしていた。
「暇」
リリアが言う。
「珍しく平和だからね」
ミレーユが答える。
世界の秘密。古代文明。神代。色々知った。知りすぎた気もする。それでも今日だけは静かだった。
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