第69話 「新しい一歩」
ルナが扉の前に立ち、そっと手を添える。刻まれていた神器と同じ形の紋章が、ゆっくりと緑色に輝き始めた。淡い光が、扉の表面を縁取るように広がっていく。
「開くよ」
短い一言だった。全員が息を呑んで見守る中、光は一段と強くなっていった。
巨大な扉が、重い音を立てながら開いていく。隊長、隊員二名、職員は、扉の外に留まったまま、その様子を見守っていた。
「本当に、ここで待機でよろしいのですか」
職員が確認する。
「ルナ様がそう仰った。それに」
隊長は、扉の奥へ視線を向けた。
「ここから先は、我々が踏み込んでいい場所ではない気がする」
隊員二人も頷いた。理屈ではなく、肌で感じる何かがあるらしい。
「何かあれば、すぐに」
「分かってる。だが、今は任せよう」
十人とルナは、その光景を背中に受けながら、扉の向こうへ足を踏み入れた。ゆっくりと、重厚な扉が、彼女たちの後ろで静かに動きを止める。
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その先は遺跡というより施設だった。白い壁。白い床。壊れているはずなのに不思議と形を保っている通路。今まで見てきた地下都市とも雰囲気が違った。
「綺麗」
ユナが呟く。
「確かに」
フィアナも頷いた。古代遺跡と言われれば崩れた石造建築を想像する。しかしここは違う。まるで最近まで誰かが使っていたようだった。
「神代の施設だから」
ルナが言う。
「神代って便利な言葉だな」
セリナが苦笑する。誰も反論できなかった。
一行は慎重に進む。やがて大きな部屋へ辿り着いた。中央には台座。周囲には無数の記録板。そして、
「残ってる!」
カレンが叫んだ。まただった。
「落ち着け」
ティアが肩を掴む。
「無理です!」
予想通りだった。
台座の上には透明な結晶が置かれていた。淡く青く光っている。ルナが近付く。
「まだ動くかな」
軽く触れる。次の瞬間、部屋が光に包まれた。
「うわっ!」
ユナが飛び上がる。ルシェも驚く。ミレーユは反射的にリリアの服を掴んだ。何かあった時に止めるためである。
「信用されてない」
「今さらよ」
その通りだった。
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光の中に映像が浮かぶ。知らない街。空を飛ぶ船。巨大な塔。無数の建築物。誰も言葉を失った。本当に存在した。古代文明どころではない。別世界だった。
「すごい……」
フィアナが呟く。
エレノアも目を見開いていた。
「夢みたいですわ」
ルシェなど完全に固まっている。
「商人として行ってみたいです……」
「もう無い」
ルナ。
「そうでした」
少しだけ悲しかった。
映像は続く。人々は笑っている。働いている。学んでいる。普通に生活している。
「意外だな」
セリナが言う。
「もっと特別な人たちだと思ってた」
リリアも頷く。
「普通の人だね」
ルナが少し笑う。
「うん」
「普通だったよ」
その声はどこか懐かしそうだった。ノアも黙って映像を見つめていた。故郷の森とは何もかも違う光景を、目に焼き付けるようだった。
「静かだけど、賑やかだった場所だったんだろうな」
「よく分かったね」
ルナが少し驚いたように言う。ノアはただ小さく頷いた。
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やがて映像が切り替わる。施設、研究室、記録庫、訓練場。そして一つの研究記録が表示された。
見慣れない古代文字の羅列だった。カレンは、すぐさま鞄から昨夜からのメモの束を取り出し、一文字ずつ石版と照らし合わせ始めた。
「えっと……この記号は……」
指でなぞりながら、メモの端に書き留めた対応表を何度も見返す。時折、隣にいるルナへ小声で確認を挟みながら、少しずつ文字を拾っていく。
「これ……合ってますか?」
「合ってる」
ルナが答える。カレンの顔つきが、じわじわと変わっていく。
数分後、ようやく全体の意味が繋がったのか、カレンの手が止まった。
「これ」
震える声だった。
「神器関連です!」
近寄る。改めてメモと石版を見比べながら、確信を持って言葉を続ける。
【魔力循環補助装置】
「どうした?」
セリナが聞く。
カレンは震えていた。興奮で。
「見つけました」
「何を?」
「手掛かりです」
全員静かになった。嫌な予感しかしない。
カレンが記録を指差す。
「これ、生まれつき魔力を持たない人間でも、体外から魔力を循環させて、魔法に近いことができるようになる補助装置の記録です」
誰も分からない。カレンだけが興奮している。
その言葉の意味に、真っ先に気付いたのはミレーユだった。
「それって……」
「はい」
カレンは頷いた。声が少し震えていた。
「私、魔法が使えません。研究者としては、いつも見てる側でした。でも、これがあれば」
言葉を切る。しばらく黙り込んでから、絞り出すように続けた。
「自分の手で、何かを起こせるかもしれません」
その一言に、談話室にいつもいる賑やかなカレンとは違う、静かな熱がこもっていた。魔力を持たずに生まれ、それでも魔法の仕組みを誰よりも理解しようとしてきた。その努力の先に、ようやく見つけた可能性だった。
「おお」
何となく拍手。よく分からないが本人が喜んでいるので良かった。ルナも笑う。
「見つかって良かったね」
「はい!」
即答だった。
カレンの夢。魔法を使えない自分でも、何かを変えられるかもしれない。それに繋がる手掛かりが、ここで初めて見つかった。長い研究は無駄ではなかった。
カレンは記録板を抱きしめる。
「もっと詳しく調べます」
「ほどほどにしろ」
ティア。
「努力します」
努力で止まるとは思えなかった。
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その時、リリアが壁際で別の記録を見つける。
「これ何?」
全員集まる。そこには短い言葉が刻まれていた。
【未来へ託す】
たったそれだけ。誰が残したのか。何を託したのか。分からない。しかし、なぜか心に残った。
フィアナが静かに読む。
「未来へ託す……」
エレノアも頷く。
「私たちのことかもしれませんわね」
ルシェも微笑んだ。
「そうだったら素敵ですね」
ルナだけが少し遠くを見る。まるで昔を思い出しているみたいだった。
リリアは記録を見つめる。未来。昔の人たちが残したもの。知らない世界。知らない歴史。でも、
「頑張ろう」
自然と言葉が出た。ミレーユが笑う。
「急にどうしたの?」
「なんとなく」
リリアらしかった。その言葉に、全員が少しだけ笑った。
それぞれの夢。それぞれの目標。それぞれの未来。巨大な遺跡で得たものは知識だけではない。自分たちが進むべき道を、少しだけ確認できた気がした。
少女たちは歩き出す。過去を知ったからこそ、未来へ向かうために。新しい一歩を踏み出しながら。扉の外では、隊長たちが、まだ静かに待ち続けていた。
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