第67話 「古代の記録」
巨大な穴の底へ向かう準備は順調だった。順調すぎるほどだった。問題があるとすれば、カレンだけである。
「古代文明ですよ!」
興奮していた。ずっと興奮していた。昨夜から興奮していた。
「寝たか?」
セリナが聞く。
「三十分ほど」
短かった。
「寝ろ」
「無理です!」
予想通りだった。徹夜で何をしていたのか、この時は誰も深く聞かなかった。
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翌朝、調査隊は降下を開始する。帝国騎士団、学者たち、他のパーティーの冒険者たち、そしてリリアたち十人とルナ。大規模な調査になっていた。
巨大なロープが設置されている。足場も作られていた。ゆっくりと下へ進む。周囲には、見覚えのない鎧を着た騎士団の一団や、地図を片手に降下していく学者たちの姿もあった。誰もが緊張した面持ちで、慎重に足元を確かめている。
「高い」
ユナが震える。
「下見ない方がいいですわ」
エレノアも少し顔色が悪い。
「確かに」
ルシェも頷く。下は暗い。とても暗い。底が見えない。
リリアだけ楽しそうだった。
「冒険っぽい」
「冒険だからな」
セリナが苦笑する。
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数時間後、ようやく地面へ到着した。全員息を呑む。広かった。想像以上だった。洞窟ではない。地下空間でもない。まるで別世界だった。
巨大な石造建築、崩れた塔、壊れた道路、遠くまで続く遺跡。都市だった。
到着後、帝国騎士団と学者たちは、拠点となる仮設テントの設営に取り掛かっていた。冒険者パーティーもいくつかの班に分かれ、それぞれ担当区域を割り振られている様子だった。
「私たちの担当は、ここから北側の区画だそうです」
案内役の兵士が地図を広げて説明する。リリアたちの班は、比較的自由に動ける立場を与えられていた。
「本当に都市ですわ」
エレノアが呟く。
「都市ですね」
フィアナも息を飲む。ルナだけが懐かしそうだった。
「久しぶり」
「来たことあるの?」
リリア。
「ある」
神様なのである。誰も深く考えないことにした。
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一行は遺跡内部へ進む。崩れた建物、砕けた石像、読めない文字。
「これ全部古代文明?」
ルシェが聞く。
「たぶん」
ルナ。相変わらず適当だった。
その時だった。
「ありました!」
カレンが叫ぶ。走っている。危ない。
「待て!」
ティアが追いかける。
カレンが見つけたのは石版だった。大きな石版、壁の一部らしい。そこには細かな文字が刻まれていた。
「読める?」
ミレーユが聞く。
リリアは石版を見つめる。細かい線が並んでいるだけで、文字にすら見えなかった。
「少しだけ」
答えたのはルナだった。全員集まる。ルナが石版を読む。
【空の都市】
【封印計画】
【管理施設】
断片的だった。しかし十分だった。
「空の都市?」
ユナが首を傾げる。
「飛んでた街」
ルナ。
「本当にあったんだ」
カレンの目が危険だった。完全に研究者の目だった。
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さらに別の記録を発見する。
【神器管理局】
静寂。
「神器?」
ミレーユが反応した。
被害者の会が集まる。条件反射だった。
「管理局?」
フィアナ。
「管理してたんだ」
ノア。
「普通そうでは?」
ルシェ。
その通りだった。しかし被害者の会には重要な問題があった。
「壊れてるじゃない」
ミレーユ。
「壊れてますね」
ルシェ。
「壊れてますわ」
エレノア。
「壊れてるな」
セリナ。
全員頷く。ルナが笑った。
「昔は壊れてなかったよ」
当たり前だった。かつては正常だったらしい。
リリアは石版を見つめる。
【管理者】
【維持】
【監視】
様々な言葉が残されていた。
「本当に世界が違う」
フィアナが呟く。
その言葉に全員が頷いた。帝都、同盟国、冒険者、魔法。それが世界の全てだと思っていた。しかし違う。もっと大きな歴史があった。もっと発展した文明があった。自分たちは何も知らなかった。
「世界って広いな」
セリナが言う。
誰も反論しなかった。
遠くでは、学者たちのグループが別の壁画を発見したらしく、興奮した声が響いていた。この巨大な都市には、まだまだ知られていない記録が眠っているようだった。
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そして調査は続く。だが、ここから少しおかしくなった。
調査開始から一時間後。
「大発見です!」
カレンが叫んだ。まただった。全員集まる。
「何を見つけた?」
セリナ。
「見てください!」
カレンが指差す。そこには古代文字が彫られていた。
「読めました! 『立入禁止』と書いてあります」
自信満々だった。
「本当か?」
ティアが眉を寄せた。疑いの目だった。昨夜三十分しか寝ていない相手の解読力を、そう簡単には信用できないらしい。
だが、その言葉が出た瞬間、カレンはさりげなくルナの袖を引いた。
「……合ってますよね?」
小声だった。昨夜、テントの中で持参した古い文献を広げ、自己流で古代文字を勉強していたらしい。だが、たった一晩でどこまで身についたのか、本人にも自信がなかった。
ルナは石版をちらりと見て、にっこり笑った。
「合ってる合ってる」
その言葉に安心したのか、カレンは咳払いをして、改めて胸を張った。
「凄いですね!」
全員微妙な顔になる。「普通だった」とルシェが呟く。
さらに歩く。また石版発見。
【危険】
「大発見です!」
叫んだ後、また袖を引く。
「合ってますよね?」
「合ってる」
もはや様式美だった。
「普通!」
全員。
さらに進む。
【落下注意】
「古代文明にもあったんだな」
ティアが感心する。
「注意喚起」
ノア。
「親切ですわ」
エレノア。
「なんか身近」
ユナ。
夢の古代文明。失われた超文明。だが実際に残っていたのは、立入禁止、危険、落下注意。そんな生活感のある記録だった。
「意外と普通の人たちだったのかな」
リリアが言う。
ルナが笑う。
「普通だよ」
「空飛んでたのに?」
「変人もいたけど」
それは今も同じだった。カレンを見ながら全員が頷く。
「どうして私を見るんですか!?」
古代文明の研究は続く。少し離れた場所では、他の調査隊も同じような記録を見つけては、驚いたり首をひねったりしている声が聞こえてくる。誰にとっても、この遺跡はまだまだ謎だらけだった。
しかし少女たちはまだ知らない。さらに奥に、この世界の歴史を揺るがす記録が眠っていることを。




