第66話 「ルナの知っていること」
巨大な穴の縁。少し離れた場所には、他の冒険者パーティーや、帝国軍の調査隊の姿も見えた。
測量器具を構える者、地質を採取する者、それぞれが自分の持ち場で作業を続けている。多くの人手が投入されているのが分かる、大掛かりな現場だった。
その喧騒から一歩離れた場所で、リリアたちはまだ動いていなかった。理由は簡単である。神様が知っていたからだ。
「説明」
ミレーユが言う。
「説明してください」
フィアナも言う。
「説明が必要ですわ」
エレノアも言う。
全員同じ意見だった。
ルナは困った顔をした。
「えー」
珍しく嫌そうだった。
「えーじゃない」
セリナが言う。
「知ってるんだろ?」
「知ってる」
即答だった。全員頭を抱えた。
「じゃあ話して」
リリアが言う。
「分かった」
意外と素直だった。その場に腰を下ろす。みんなも座る。
「他の人たちに聞かれても大丈夫?」
エレノアが小声で確認する。
「聞かせるとまずいかも」
ルナも珍しく声を落とした。全員で少し穴の縁を回り込み、他の調査隊からは死角になる岩陰へ移動する。巨大な穴を前にした、内緒の説明会が始まった。
「まず結論」
ルナが言う。
「これ、ダンジョン」
静寂。
「ダンジョン?」
ユナが聞く。
「ダンジョン?物語に出てくる?」
ルシェ。
「それ」
ルナ。再び静かになる。
ダンジョン。誰でも知っている言葉だった。冒険譚にはよく出てくる。古代の迷宮、宝の山、魔物の巣。子供向けの本にも出てくる。しかし現実には存在していない。少なくともそう習っていた。
「実在したの?」
カレンが聞く。
「するよ」
ルナ。
「今目の前にあるし」
全員穴を見る。確かにある。
「本当に?」
ルシェ。
「本当に」
ルナが頷く。
「昔は結構あった」
とんでもない話だった。フィアナが眉をひそめる。
「聞いたことないけど」
「だって消えたし」
「消えた?」
「封印した」
さらに意味が分からなくなった。
「誰が?」
セリナ。
「人間と神様」
軽い口調だった。内容は全然軽くなかった。
「そんな重要なこと歴史に残りますわよね?」
エレノアが聞く。
「残らなかった」
「なんで?」
「いっぱい壊れたから」
説明が雑だった。ミレーユが頭を抱える。
「もっと分かりやすく」
「頑張る」
ルナは少し考えた。
「昔ね」
珍しく真面目な顔だった。
「今よりずっと凄い文明があった」
風が吹く。誰も喋らない。
「魔法も強かった」
「道具も凄かった」
「空も飛んでた」
沈黙。
「空?」
ユナが固まる。
「飛ぶの?」
「飛ぶ」
当たり前みたいに答えた。
「鳥みたいに?」
ルシェ。
「もっと凄い」
誰も想像できなかった。カレンだけは目を輝かせている。
「古代文明!」
「そう」
ルナが頷く。
「古代文明」
その単語を聞いた瞬間、カレンが立ち上がった。
「行きましょう!」
早かった。
「まだ話終わってない」
ミレーユ。
「でも古代文明ですよ!?」
興奮しすぎだった。ティアが苦笑する。
「少し落ち着け」
「無理です!」
即答だった。声が少し大きくなり、ルシェが慌てて周囲を確認する。
「静かに、他のパーティーに聞こえます」
カレンは、はっとした顔で口を押さえた。
ルナは続ける。
「で、その古代文明の人たちが作ったのがダンジョン」
「目的は?」
ノアが聞く。珍しく長文だった。
ルナは少し空を見た。
「色々」
全員ずっこけそうになった。
「訓練」
「研究」
「保管」
「あと趣味」
最後がおかしかった。
「趣味?」
フィアナ。
「変な人いたから」
古代人にも変人はいたらしい。少し安心した。
リリアは違った。目が輝いている。
「面白そう」
予想通りだった。
「だからそうなるのよ」
ミレーユが言う。
「ダンジョンだよ?」
「そこなの?」
「そこ」
即答だった。ルナが笑う。
「リリア好きそう」
「好き」
即答だった。否定できる人はいなかった。
その時だった。穴の奥から風が吹く。冷たい。少しだけ不気味だった。ルナの表情も変わる。
「でもね」
全員が見る。
「面白いだけじゃないよ」
珍しく真面目だった。
「ここ」
ルナが穴を指差す。
「たぶん結構深い」
「どれくらい?」
セリナ。
「昔のままなら」
少し考える。
「都市一個分くらい」
沈黙。
「は?」ルシェ。
「え?」ユナ。
「都市?」フィアナ。
全員固まった。今まで入り口だと思っていた。どうやら違うらしい。入り口の先に、さらに巨大な世界がある。
離れた場所では、調査隊の一人が測量結果に首を傾げているのが見えた。彼らには、まだこの規模が正確には伝わっていないのかもしれない。
リリアは穴の奥を見る。遥か下、小さな光が見える。
「行きたい」
ミレーユが顔を覆った。言うと思った。セリナも苦笑する。
「止まらないな」
「止まらない」
リリア。正直だった。
ルナが笑う。
「じゃあ行こうか」
こうして少女たちは、失われた古代文明の痕跡、ダンジョン、そして世界の真実へ続く入り口へ、初めて足を踏み入れることになるのだった。




