第62話 「思い通りにはいかない」
前回までのあらすじ
深夜、崖崩れによって多くの住民が取り残される事件が発生した。専属拠点に移り住んだばかりの被害者の会は、すぐさま緊急招集に応じ、現場へ急行する。エレノアの光魔法が暗闇を照らし、カレンが地形を分析し、リリアが夜型を発動して救助活動を開始した。
風魔法で駆け回るリリア。前線を支えるセリナ。周囲を警戒するノア。装備や救助作業を担当するティア。避難誘導を行うフィアナとエレノア。物資管理のルシェ。分析担当のカレン。補助として駆け回るユナ。そして全体をまとめるミレーユ。光魔法を使い果たして疲弊したエレノアには、リリアが作った魔力回復用の水が渡された。十人全員の活躍によって、救助活動は成功した。
だが問題が一つだけ残っている。夜型の終了時間である。時計は午前五時五十分。あと十分で全員のレベルが一時的に1へ戻る。被害者の会は慌てて撤収を開始。帝都へ向かって全力で走り出した。後ろではルナだけが楽しそうに笑っていた。
そして運命の午前六時が近付いていた。
「急いで!」
ミレーユが叫ぶ。救助を終えた十人は山道を走っていた。空は少しずつ明るくなり始めている。時計を見る。五時五十五分。全員の顔色が悪い。
「絶対に間に合いません!」
カレンが叫んだ。
「知ってる!」
フィアナも叫ぶ。ユナは半泣きだった。
「私まだ慣れてないんですけど!」
「私も慣れてないわよ!」
ミレーユが言う。正論だった。
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その時だった。「誰かー!」遠くから助けを求める声が聞こえた。全員が立ち止まる。嫌な予感しかしない。
声の方向を見る。道端に馬車があった。片方の車輪が壊れている。このままでは横転しそうだった。家族連れらしい。父親が必死に馬車を支えている。母親は子供を抱いていた。
「助けてくれ!」
時計を見る。五時五十九分。残り一分。
ミレーユが聞く。
「どうする?」
答えは分かっていた。全員。分かっていた。
「助ける」
リリアが言った。
「でしょうね」
ミレーユも即答した。最近は誰も止めない。止まらないからだ。
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全員が走り出す。セリナが馬車を支える。ノアが周囲を確認する。ティアが壊れた車輪を見る。
「直せる!」
即答だった。ルシェとユナが荷物を降ろす。フィアナとエレノアが家族を避難させる。
「押すぞ!」
セリナの合図で、リリアとミレーユも馬車の後ろに回った。
「あと少し!」
ティアが叫んだ。
車輪を固定する。全員が力を込める。馬車が少し動く。さらに押す。もう一度。
「よし!」
馬車が安全な場所まで移動した。家族も無事。危険は去った。
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父親が深々と頭を下げる。
「ありがとう!」
母親も頭を下げる。抱えられた子供は笑顔だった。
ミレーユが息を吐く。
「間に合ったわね」
時計を見る。五時五十九分、五十八秒。
「本当にギリギリだな」
セリナが言う。
五十九秒。
「助かってよかったです!」
ユナも笑う。
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六時。ぴこん。全員が固まる。聞きたくない音だった。
次の瞬間、ユナが転んだ。
「きゃあっ!?」
ルシェもふらつく。
「重っ!?」
カレンはその場に座り込んだ。
「理不尽です!」
「毎回思いますけど理不尽です!」
フィアナが頭を抱える。
「分かってたのに!」
エレノアもよろめいた。夜通し光魔法を使い、リリアの回復水でようやく持ち直したばかりの体には、なおさら堪えた。
「二重で辛いですわ……」
「エレノア、大丈夫?」
リリアが心配そうに聞く。
「立っていられる分、まだましですわ」
ノアは弓を持ち上げる。少し沈黙。
「重い」
短かった。しかし説得力は十分だった。セリナも木剣を見つめる。
「重いな」
全員同意した。今だけレベル1。全員平等。平等に弱い。
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その時、遅れて崩落現場から出発していた軍の荷馬車が、少し離れた場所に停まっているのが見えた。兵士達が積み込みを終えて、出発を待っている様子だった。
だが、誰もそちらに気付かなかった。フラフラのまま、なんとなく歩き始めてしまう。
「帰ろう」
リリアが力なく言う。
「歩ける?」
フィアナが聞く。
「たぶん」
全く信用できなかった。それでも、なんとなく足が動く。全員、同じようにふらつきながら、山道をとぼとぼと歩き出した。
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十分ほど歩いたところで、後ろから馬の蹄の音が近付いてきた。荷馬車が、ゆっくりと追いついてくる。御者台の兵士が、怪訝そうな顔で声をかけた。
「お前たち、なぜ歩いているんだ」
「え?」
ミレーユが振り返る。
「馬車、用意してあっただろう」
全員が顔を見合わせた。しばらく、誰も言葉を発しなかった。
「……あっ」
最初に気付いたのはカレンだった。
「馬車、ありましたね」
「ありましたわね」
エレノアも力なく呟く。
「なんで歩いてたんだ、俺たち」
ティアが自分に問いかけるように言った。
「レベル1で、頭も回ってなかったんでしょう」
ミレーユが力なく分析する。誰も反論しなかった。
「乗りますか?」
兵士が半ば呆れた様子で聞く。
「乗ります」
全員の声が揃った。
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荷馬車に乗り込む段になっても、ドタバタは続いた。ユナが荷台に上がろうとして、踏み台を踏み外す。
「痛っ」
「気をつけて」
セリナが手を貸すが、その手も普段より頼りなかった。ルシェは荷物を抱えたまま座り込み、そのまま動けなくなっていた。
「もう、荷物は先に積んでおきますから」
「お願いします……」
かろうじて残った気力で、全員がなんとか荷台に収まる。
ルナだけは、最初から悠々と荷馬車の屋根に座り、笑いながら成り行きを見ていた。
「みんな、自分の足で歩いてたのに、馬車があるって忘れるの面白い」
「笑わないで」
ミレーユが弱々しく言い返す。反論する元気も、もうあまり残っていなかった。
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荷馬車が動き出す。がたごとと揺れる荷台の上で、リリアは少しだけ空を見上げた。朝日が昇っている。今日も誰かを助けることはできた。
思い通りにはいかない。夜型は理不尽だし、全部が上手くいくわけでもない。馬車があることさえ忘れて歩き出すくらい、頭も回らなくなる。それでも、助けたい人を助けられた。その事実は変わらない。
リリアは少し笑う。
「よかった」
小さな呟きだった。誰にも聞こえなかった。
その直後、お腹が鳴った。ぐぅぅぅぅ。盛大に。
全員が振り返る。ミレーユが言った。
「朝一番にそれ?」
「お腹空いた」
「でしょうね!」
いつものやり取りだった。帝国救助隊は今日も平和だった。




