第61話 「深夜の出動」
深夜、救助隊の新しい拠点。みんな寝ていた。当然だった。時計は午前一時。静かな夜。その平和は、玄関を叩く音で終わった。
どんどんどん。
「起きてください!」
大きな声。一階に部屋を持つミレーユが真っ先に反応し、扉を開けた。二階からは、ルシェとユナが慌てて階段を駆け下りてくる音。研究室で作業していたカレンは、椅子から転げ落ちた。
「何ですか!?」
扉の向こうには兵士が立っていた。
「緊急依頼です!」
一つ屋根の下にいる利点は、こういう時にこそ発揮された。誰かを起こしに走る必要も、集合場所を探す必要もない。玄関ホールに、あっという間に全員が集まった。工房で寝泊まりしていたティアも、寝間着のまま道具箱を担いで駆けつけている。
「早いな」
セリナが感心したように言う。
「拠点が同じだからな」
隊長からの説明通りだった。専属宿舎の意味を、全員が実感した瞬間だった。
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十分後、リリアたちは帝都の外へ向かっていた。事情は単純だった。崖崩れ。山道が崩落。複数の住民が取り残されている。昼を待てば間に合わない可能性が高い。
「急ぐぞ」
セリナが言う。
全員頷く。そして、現場へ到着した。
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状況は想像以上だった。巨大な土砂。崩れた木々。兵士達が救助を続けている。だが進まない。暗い。危険。時間も足りない。
松明の明かりだけでは、崩落の全体像すら掴めなかった。
「暗すぎるな」
セリナが呟く。
その時、エレノアが両手を掲げた。
「わたくしにお任せくださいませ」
指先に光が集まる。ふわりと浮かび上がった光球が、いくつも夜空へ放たれた。まるで小さな月がいくつも灯ったように、崩落現場全体が明るく照らし出される。
「これは……」
兵士達が息を呑んだ。松明とは比較にならない明るさだった。土砂の広がり方、崩れた木々の位置、危険な亀裂の走り方まで、はっきりと見て取れる。
「ありがとうございます、これなら」
隊長も安堵の表情を見せた。
「まだ増やせますわ」
エレノアが更に光球を放つ。作業する兵士達の足元まで、隅々まで光が届くようになった。
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隊長が駆け寄ってくる。
「最悪だ」
珍しく焦っている。
「奥に子供達がいる」
静かになる。カレンが崩落の状況を、明るくなった視界を頼りに素早く見渡し、地形を指差した。
「土砂の流れ方から見て、あちらの窪地に人が流されている可能性が高いです。まず、そこを優先すべきかと」
分析担当としての初仕事だった。エレノアの光がなければ、これほど早い判断はできなかったかもしれない。隊長がすぐに部下へ指示を飛ばす。
リリアが前を見る。そして、
「夜型使う?」
全員が固まった。一瞬だけ。ミレーユが顔をしかめる。朝六時。嫌な記憶が蘇る。しかし、今は緊急事態だった。
「使うしかないわね」
全員が頷く。
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次の瞬間、夜型発動。世界が変わる。身体が軽い。視界が広い。感覚が鋭い。何度経験しても異常だった。
「行く!」
リリアが飛び出す。風魔法。一気に加速。土砂の上を駆け抜ける。速い。あまりに速い。エレノアの光に照らされた道を、迷いなく駆けていく。
ユナが呆然とする。
「先輩速すぎません!?」
「今さら?」
カレンが言う。慣れてきていた。少しだけ。
セリナとノアは、周辺の警戒に当たった。
「二次崩落、あるかもしれない」
ノアが小さく言う。
「注意しておく」
セリナが頷き、明るく照らされた斜面へ視線を配る。光があるおかげで、わずかな地面の動きも見逃さずに済んだ。ティアは土砂撤去を手伝う。ルシェは物資配布。
エレノアとフィアナは避難者誘導にあたっていた。光球を維持しながらの誘導は、エレノアにとって決して楽ではなかったが、弱音は一切出さなかった。
「怖がらなくて大丈夫ですわ。順番にお連れしますから」
エレノアが子供を抱きかかえながら声をかける。
「あと少しよ」
フィアナも並んで、避難者たちを安全な場所へ誘導していく。全員が動く。救助隊らしく。必死に。
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数時間後、最後の取り残された家族を発見する。無事だった。子供もいる。母親もいる。兵士達が安堵する。
「助かった」
本当に。あと少し遅ければ危なかった。救助完了。全員ほっと息を吐く。
エレノアも、ようやく光球を静かに消した。額には、うっすらと汗が滲んでいた。足元が、少しふらついている。
「お疲れ様、エレノア」
ミレーユが労う。
「これくらい、大したことありませんわ」
そう言いながらも、顔色は明らかに優れなかった。
その様子に気付いたリリアが、すっと隣に来た。
「疲れた?」
「少しだけですわ」
強がりだったが、リリアには分かっていた。手のひらを差し出し、集中する。ぽたっと落ちたのは、透明ではなく、薄い緑色をした水だった。
「これ、飲んで」
「これは?」
「魔力の水。回復水とはちょっと違う」
エレノアは少し驚きながらも、素直に受け取って口をつけた。ほのかに甘い味が、喉を通っていく。
「……あら」
数秒後、体の奥から、じんわりと力が戻ってくる感覚があった。指先の重さが消え、足元のふらつきも治まっていく。
「楽になりましたわ」
「よかった」
リリアがほっとした顔で笑う。
「回復水も色々作れるんだな」
セリナが感心したように言う。
「傷だけじゃなくて、魔力も」
ミレーユも頷いた。
エレノアは、まだ半分ほど残った緑色の水を見つめながら、小さく笑った。
「また一つ、あなたの新しい特技が増えましたわね」
「使い分け、得意になった」
誇らしげな答えだった。
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その時、東の空が少し明るくなっていた。ミレーユが時計を見る。嫌な予感がした。
「リリア」
「なに?」
「今何時?」
リリアも時計を見る。そして、
「五時五十分」
沈黙。全員の顔色が変わる。一斉に。
カレンが叫ぶ。
「帰りましょう!」
「急いで!」
ユナも叫ぶ。セリナも真顔。フィアナも真顔。被害者の会、緊急行動開始。
隊長だけが意味不明そうだった。
「どうした?」
「説明している時間がありません!」
ミレーユが叫んだ。そして、全員で新しい拠点へ向かって走り出す。後ろではルナが大笑いしていた。
「あはははは!」
平和な深夜救助は終わった。次に待っているのは、午前六時。もっと恐ろしい戦いだった。




