第60話 「新しい住処」
救助隊結成から数日後、リリアたちは帝国軍本部に呼ばれていた。
「今日はなんでしょう」
ルシェが首を傾げる。
「また依頼?」
リリアが聞く。隊長は首を振った。
「依頼じゃない。住居の話だ」
全員が顔を見合わせる。
「住居?」
ミレーユが聞く。
「そうだ」
隊長は一枚の地図を広げた。帝都の一角、学校からそう遠くない場所に印がついている。
「救助隊として動く以上、緊急時にすぐ集まれる拠点が必要だ。専属の宿舎を用意した」
静かになる。
「全員、ですか?」
エレノアが聞く。
「全員だ」
隊長は頷いた。
「学校の生徒も、商人科の生徒も、工房勤めの職人も、それぞれ生活拠点が別だった。それでは、深夜の緊急招集に間に合わない」
先日の崖崩れの一件を思い出しているのか、隊長の声は真剣だった。
「一つ屋根の下、というわけだ」
「ちなみに」
隊長が付け加える。
「装備整備を考慮して、敷地内に小さな工房も併設してある」
その言葉に、ティアの目つきが変わった。
「あの、家賃とかは」
ルシェが真っ先に尋ねた。商人らしい質問だった。
「心配いらない。これは救助隊の活動拠点として、帝国が運営費で用意するものだ。個人への支給ではなく、任務のための施設という扱いになる」
隊長がきっぱりと説明する。
「つまり、全員無料ということだ」
その一言に、ルシェの顔がぱっと明るくなった。
「なるほど、経費ですね!」
「経費という言い方が正しいかは分からんが」
隊長は苦笑しながらも、それ以上は訂正しなかった。
---
その日の午後、さっそく新居へ向かった。帝都の一角に建つ、二階建ての大きな屋敷だった。元々は貴族の別邸だったらしく、内装も立派だった。裏手には、確かに炉と作業台を備えた小さな工房が建っている。
「広い」
リリアが目を輝かせる。
「広いですわね」
エレノアも感心している。
玄関を入ると、そこには既に荷物が運び込まれていた。各自の部屋割りは、一階の広間に貼り出された図面で確認する形になっていた。
「部屋、選べるんですか?」
ユナが聞く。
「一応、空いてる部屋なら好きに選んでいい」
案内の兵士が言う。全員が図面に群がった。
---
まず動いたのはミレーユだった。
「私は一階の、あの角部屋にするわ。何かあった時、すぐ動けるように」
冷静な判断だった。誰も異論はなかった。
セリナは、迷わず訓練場に近い部屋を選んだ。
「朝、素振りしやすい場所がいい」
「相変わらずね」
フィアナが笑う。
エレノアは、日当たりの良い二階の部屋を選んだ。
「せめて部屋くらいは、きちんとした場所がいいですわ」
貴族らしいこだわりだった。誰も否定しなかった。
ノアは、一番奥の静かな部屋を選んだ。
「静か」
「それだけ?」
ミレーユが聞く。
「それだけ」
短いやり取りだった。ノアらしい選び方だった。
カレンは、部屋よりも先に、屋敷の隅にある空き部屋を指差した。
「ここ、研究室にしていいですか」
「別に構わないが」
案内の兵士が戸惑いながら答える。
「ありがとうございます!」
即決だった。研究第一だった。
ルシェは、物資の搬入経路を確認しながら部屋を選んだ。
「ここなら、荷物の出し入れが楽ですね」
商人らしい実利的な選び方だった。
ユナは、まだ迷っていた。
「どこがいいかな……」
「先輩の近くがいいんじゃない?」
フィアナがからかうように言う。
「そ、そんなことは!でも私は最後に選びますので皆さん先に選んでください」
慌てて否定しながらも、結局リリアが部屋を選んだ後、隣を選んでいた。分かりやすかった。
---
そして、リリアである。
「私、ここ」
適当に指差した部屋は、たまたま日当たりも良く、食堂にも近い、なかなかの好立地だった。
「なんでいつも一番いい部屋を勘で当てるの」
ミレーユが呆れたように言う。
「運がいい」
自信満々だった。
---
そこへ、ティアが荷物を担いで到着した。裏手の工房を、既に一通り見て回ってきたらしい。
「炉の状態、悪くないな」
満足そうに呟く。
「気に入った?」
リリアが聞く。
「上等だ。前の工房より道具も揃ってる」
部屋割りに関しては、迷わず工房に近い一階の部屋を選んだ。
「何かあれば、すぐ工房に行ける方がいい」
合理的な選び方だった。工具箱を下ろしながら、既に頭の中では作業の段取りを組み立てているようだった。
---
最後に、部屋割りの図面を見ながら、ミレーユが首を傾げた。
「あら、一部屋余ってる」
「私の部屋がないんだけど」
聞き覚えのある声。振り返ると、ルナが窓枠に腰掛けていた。いつの間に入ってきたのか、誰も気付いていなかった。
「ルナ、いつからそこに」
「さっきから」
「気配なさすぎでしょう」
フィアナが呆れる。ルナは笑いながら、余った部屋を指差した。
「ここ、もらうね」
「神様も部屋いるの?」
セリナが聞く。
「寝るし、荷物も置きたい」
意外と生活感のある理由だった。
---
夕方、全員の荷物が収まった頃、玄関ホールに集合した。新しい住処を見渡しながら、それぞれが思い思いの感想を漏らす。
「賑やかになりそうですわね」
エレノアが微笑む。
「賑やかすぎるくらいだ」
セリナが苦笑した。
「今日から、ここが私たちの家か」
ミレーユが呟く。
その言葉に、リリアがぱっと顔を上げた。
「家」
「そう、家よ」
「みんなの家」
嬉しそうに繰り返す。それは、ノアが以前口にした言葉と、少し重なるものだった。
「また一つ増えましたわね」
エレノアが小さく笑う。
「家族みたいなもんだな」
工房の方角をちらりと見ながら、ティアも頷いた。
夕日が新しい屋敷を赤く染める。十人と一柱、それぞれの部屋を持つ、賑やかな共同生活が、今日から始まろうとしていた。
「早速、今夜のご飯なんですけど」
リリアが真剣な顔で言う。
「もう決まってるの?」
ミレーユが呆れながら聞く。
「うん。私が作る」
その一言に、全員が顔を見合わせ、そして笑った。新しい家での、最初の夜が始まろうとしていた。




