第58話 「凱旋」
避難村での支援活動を終え、リリアたちは帝都へ戻ることになった。馬車に揺られながら、フィアナがからかうように言った。
「聖女様なんて呼ばれてましたね」
「やめて」
リリアは即答した。
「でも本当のことでしょう」
「聖女じゃない」
「じゃあ何なの?」
リリアは少し考えた。
「回復水の人」
説明になっていなかった。ミレーユが苦笑する。
「その認識で合ってるのか怪しいけどね」
「間違ってない」
リリアは自信満々だった。カレンが小さくため息をつく。
「呼び方はともかく、してきたことは事実です。そこは否定しません」
「ある意味なのね」
フィアナが呟いた。相変わらずだった。
「言葉の定義には拘りますけど、事実そのものには拘りません」
カレンなりの一貫した理屈だった。
隣で話を聞いていたルナが、けらけらと笑う。
「聖女様、いい響きじゃない」
「ルナまで言う」
「本人が嫌がるほど、面白くなるよ」
神様の悪ふざけだった。リリアはがっくりと肩を落とした。
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しばらくして帝都の城壁が見えてくる。長い支援活動も終わり、全員少しだけ疲れていた。それでも、無事に帰って来られたことは嬉しい。
馬車はゆっくりと門へ近付く。そして異変に気付いた。人が多い。妙に。門の周辺に人だかりができていた。
「あれ?」
リリアが首を傾げる。
「何かありますわね」
エレノアも見る。フィアナが苦笑する。
「嫌な予感がする」
その予感は当たった。門をくぐった瞬間だった。
「あっ!」
誰かが叫ぶ。続いて、
「聖女様だ!」
「本当にいた!」
「回復水の人だ!」
「助かったって聞いたぞ!」
人々が集まってくる。リリアは後ずさった。
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その人だかりの中から、ひときわ甲高い声が響いた。
「お姉さまぁぁぁ!」
聞き覚えのある声に、全員が振り返る。ユナだった。両手を大きく広げ、まっすぐこちらへ突っ込んでくる。
「ユナ、なんでここに」
言い終わる前に、ユナがリリアへ勢いよく飛びついた。
「聞きました! 村を救ったって! 感謝状もらったって!」
「まだ何ももらってない」
「もうすぐもらうんですよね!?」
興奮のあまり、話が先走っていた。ミレーユが呆れたように口を挟む。
「あなた、授業はどうしたの」
「終わったので、走って来ました! 凱旋するって聞いて!」
息を切らせながらも、目はきらきらと輝いていた。三学年下の後輩にとって、憧れの先輩の帰還は、大事件だったらしい。
「増えてる」
「増えてるわね」
ミレーユも同意した。ユナ一人が加わっただけで、人だかりの熱気がさらに増した気がした。
セリナが周囲を警戒するように、リリアの前へ半歩踏み出す。
「人が集まりすぎだ。危なくないか」
「悪意はなさそうだけど」
ノアも短く言う。
「気配、穏やか」
二人とも、いつもの慎重さで様子を見ていた。ユナだけは、リリアの腕にしがみついたまま離れなかった。
ルナは、人だかりを面白そうに眺めながら、小さく手を振っていた。
「みんな嬉しそう」
「ルナも手振らないで、余計に集まる」
ミレーユが慌てて止める。だが、もう遅かった。
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ルシェが周囲を見る。
「噂ってこんなに早く広まるんですね」
「帝都ですもの」
エレノアが言う。
「情報の速さは商人も貴族も変わりませんわ」
住民達は笑顔だった。感謝を伝える者。手を振る者。頭を下げる者。みんな好意的だった。リリアは困る。
「なんで?」
「助けたからよ」
ミレーユが言う。
「そう?」
「そう」
それでも、本人はまだ納得していない様子だった。
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その時、フィアナが帝都の街並みを見上げた。そして小さく呟く。
「同盟国では考えられないな」
ルシェが首を傾げる。
「何がですか?」
「平民出身の冒険者が、ここまで評価されること」
フィアナは少し笑った。
「帝国って変な国ね」
否定ではなかった。むしろ、少しだけ好意的な響きだった。帝都へ来た頃とは、かなり違う。
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学校へ戻ると、エリス教官が待っていた。腕を組んでいる。そして少し疲れていた。ユナは、まだリリアの隣を片時も離れずについて歩いていた。
「お疲れ様」
「教官も疲れてます?」
リリアが聞く。
エリス教官は即答した。
「あなたの噂対応でね」
意味が分からなかった。リリアだけは。当然である。
一緒に馬車で戻ってきたティアも、呆れた顔で成り行きを眺めていた。
「聖女様、村でも工房の連中の間でも、その呼び方しか聞かなかったぞ」
「ティアまで」
「事実だから仕方ない」
リリアは肩を落とした。味方がいなかった。ユナだけが、その隣で誇らしげに胸を張っていた。
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教官は一枚の書類を差し出す。立派な封筒だった。帝国の紋章入り。
フィアナが目を丸くする。
「帝城?」
「ええ」
エリス教官は頷いた。
「正式な感謝状よ」
静かになる。ユナが我慢できずに叫んだ。
「すごすぎます!」
「すごいですわね」
エレノアも驚いている。リリアだけが理解していない。
「何これ」
「感謝状」
「なんで?」
「本当に分かってないのね」
ミレーユが言う。少しだけ呆れながら。
エリス教官は続けた。
「今回の活動は帝国上層部にも届いているわ」
「多くの住民を助けた」
「避難を支えた」
「想像以上に評価されている」
静かになる。リリアはしばらく考えた。そして、
「大事だった?」
「大事だったのよ」
教官は苦笑した。その答えを聞いて、リリアは小さく頷く。
「ならよかった」
それだけだった。
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夜、談話室。全員が集まっている。いつもの場所。いつもの空気。ユナも、当然のように輪の中に混ざっていた。
「私も次は連れて行ってください!」
「今回は上級生だけの依頼だったから」
ミレーユが宥める。
「早く追いつきます!」
やる気だけは十分だった。
ルシェがお茶を飲みながら聞く。
「これからも聖女様って呼ばれるんでしょうか?」
「絶対嫌」
リリアは即答した。迷いもなかった。
「じゃあ否定し続けるしかないわね」
ミレーユが言う。
「してる」
「してるのに広まってるのよ」
フィアナが呆れる。カレンも頷いた。
「もう手遅れでは?」
「やめて」
悲しそうだった。ルナだけは、その様子を眺めながら、楽しそうにお菓子を頬張っていた。
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一方その頃、帝城。静かな執務室。一人の老紳士が報告書を読んでいた。
『被災地支援活動報告』
『回復水使用記録』
『住民評価』
『通称・聖女』
老紳士は静かに書類を閉じる。そして窓の外を見る。帝都の夜景が広がっていた。
「民が希望を求める時代か」
小さな呟きだった。誰も聞いていない。老紳士は微かに笑う。
「ならば希望はあった方がいい」
それが善意なのか。それとも別の思惑なのか。まだ誰にも分からない。もちろん、リリアにも。
その頃、談話室では、
「お腹空いた」
リリアが言った。
帝国の希望と呼ばれ始めた少女は、明日の朝ご飯のことを考えていた。




