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可愛い子を十人集めたいだけだったのに、なぜか帝国を救うことになりました  作者: ごまだんご
第4章 神のイタズラ編

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第56話 「お湯と清潔」

橋の支援任務を終えた翌日、リリアたちはすぐに帝都へ戻らなかった。近くの村からも、支援の要請が届いていたからだ。


「もう一箇所、行くんですか」

ルシェが少し疲れた声で言う。

「困ってるなら行く」


リリアが即答した。反論できる者はいなかった。


---


村へ到着すると、様子がおかしかった。人々の顔色が悪い。咳き込む声があちこちから聞こえる。子供も大人も、覇気がなかった。


「病気ですの?」

エレノアが眉をひそめる。


村の代表らしき老人が、疲れた顔で説明した。


「川の氾濫で、井戸水が汚れてしまいましてな。それ以来、みんな体調を崩す者が増えて」


エレノアは、話を聞き終える前から、既に医師のいる場所へ足を向けていた。


セリナとノアは、村の外周を確認しに行った。


「病人が多いと、盗みも出やすい」

ノアが言う。

「見回っておくか」


二人は頷き合い、村の境界を歩き始めた。


---


簡易の診療所には、寝込んでいる村人が何人もいた。医師が、疲れた表情でエレノアを迎える。


「回復水があるとお聞きしましたが」

「ええ、リリアさんに」

「それは助かる。ですが」


医師は首を振った。


「今、この村に必要なのは、傷を治す水だけではないのです」


エレノアが首を傾げる。


「どういうことですの?」


「不衛生なんです。井戸水が使えず、体を洗う水すらない。傷口も、汗も、汚れたまま。病気が広がる一番の原因は、そこにあります」


医師の言葉に、エレノアは深く頷いた。


「つまり、清潔な水と、体を洗う環境が必要ということですわね」

「その通りです」


---


その話を、隣で聞いていたカレンが手帳を取り出した。


「不衛生な環境からの発症、興味深いです。井戸水の汚染経路、確認してもいいですか」

「今はそれどころじゃ」

「分かってます。でも、原因が分かれば、次に活かせます」


カレンは早速、井戸の方へ向かっていった。研究熱心なのは、こういう時でも変わらなかった。


---


エレノアは、すぐさまリリアを呼びに行った。事情を説明すると、リリアは首を傾げた。


「傷薬の水じゃなくていいの?」

「ただの、綺麗な水が欲しいんですの」

「できると思う」


リリアは、意識を変えるように少し目を閉じた。


「回復の力、入れなければ普通の水になる」

「知りませんでしたわ、そんな器用なことができるなんて」


エレノアが驚いた顔をする。


「意識するだけ」

「なるほど」


医師も、その説明に目を丸くしていた。


---


さっそく、村の広場に大きな桶がいくつも並べられた。リリアが手をかざし、集中する。ぽこん。顔ほどの大きさの水球が生まれ、桶の中へ広がっていく。回復の力を込めない、ただの澄んだ水だった。次々と桶が満たされていく様子に、村人たちがどよめいた。


不安そうに集まっていた村の子供たちに、フィアナが声をかけていた。


「怖くないよ、綺麗な水を作ってるだけ」

「お姉ちゃんも魔法使えるの?」

「少しだけね」


フィアナが子供たちをあやしながら、水汲みの列整理も手伝う。同盟国育ちらしい、物腰の柔らかい対応だった。


「これで、飲み水と洗浄用の水は確保できますわね」

「あとは、体を洗う場所が」


医師が呟く。傷口の消毒や洗浄だけでなく、村人たちが体を清められる環境が必要だった。


その言葉を聞いていたティアが、腕を組んだ。


「浴槽なら作れる」

「本当ですの?」

「木材と金属の枠さえあれば、簡易のものならすぐだ」


さっそく、ティアは近くの木材と、工具箱の中の道具を使って、大きな浴槽を組み立て始めた。手際は、いつもの鍛冶仕事と変わらない。


「板の継ぎ目、しっかり打ち込め」

村の男たちも手伝いに加わる。半日もしないうちに、いくつかの木製の浴槽が出来上がった。


---


「あとは、お湯ですわね」


エレノアが言う。全員の視線が、自然とリリアに向いた。


「水は出せるけど」


リリアは片手を浴槽にかざす。集中する。ぽこん。大きな水球が生まれ、浴槽の中へ広がった。あっという間に、浴槽の半分近くまで水が満たされる。もう片方の手のひらに、小さな炎を灯した。ゆらり、ゆらりと揺れる、弱い火だった。


昔は、種火程度しか出せなかった。今は、その火を水に混ぜることができる。少しずつ、湯気が立ち始めた。


「これで、お湯……」


リリアが自信満々に言いかけたところで、手を浴槽に入れたミレーユが眉をひそめた。


「ぬるい」

「え」

「これ、ただの生ぬるいお湯よ」


リリアがしょんぼりする。


「頑張ったのに」

「気持ちは分かるけど、これじゃ体が温まらないわ」


ミレーユはそう言うと、自分の手を浴槽の縁にかざした。


「貸して」


指先に、リリアのものよりずっと大きな炎が灯る。安定した、揺るぎない火だった。それを浴槽の水へ、慎重に注ぎ込むように広げていく。


じわり、じわりと湯気が濃くなり、やがて、はっきりと分かるほどの熱気が立ち上った。


「これくらいでどう?」


ミレーユが手を浸して確認する。ちょうどいい温度だった。


「すごい……」


リリアが素直に感心する。


「あなたの水魔法があってこそよ。私は温度を仕上げただけ」

「二人ですごい」


単純な感想だったが、間違ってはいなかった。二人の力が合わさって、初めて村人たちが浸かれる、ちゃんとしたお湯が出来上がった。


---


その様子を、少し離れた場所からルナが眺めていた。焼き菓子を齧りながら、興味深そうに湯気を見ている。


「私も入る」

「神様が村のお風呂に入るの?」

ミレーユが呆れたように聞く。

「お湯はお湯」


理屈になっていなかった。だが、誰も本気で止めなかった。結局、村の子供達に混じって、ルナも一番風呂を堪能することになった。


---


その日の夕方から、村の広場には湯気の立つ浴槽が並んだ。順番に、村人たちが体を清めていく。


「ああ、生き返る……」


老人が、しみじみと呟いた。子供達もはしゃぎながら湯に浸かっている。


「気持ちいい!」

「もっと!」


リリアが子供達の様子を見て、満足そうに笑った。


「役に立った?」

「立ったな」


ティアが浴槽の縁を軽く叩きながら頷く。


「俺の腕と、リリアの魔法と、ミレーユの火。三人がかりだ」

「私、水しか出せなかったけど」

「それが一番大事なんだよ」


ティアの言葉に、リリアは少し照れたように笑った。


村の外周を見回っていたセリナとノアも、夕方には戻ってきていた。


「異常はなかった」

セリナが報告する。

「静かだった」


ノアも頷く。二人とも、少し疲れた顔をしていたが、湯気の立つ浴槽を見て、わずかに表情を緩めた。


「あれ、俺たちも入っていいのか」

「後で交代制にしましょう」

ミレーユが手際よく仕切る。


カレンも井戸の調査を終えて戻ってきた。


「汚染源、特定できました。近くの土砂が流れ込んでいたようです。報告書にまとめておきます」

「助かるわ」


真面目な報告に、医師も感心した様子だった。


夕日が村を赤く染める中、湯気の立つ浴槽から、子供達の笑い声が響いていた。戦わない冒険者の仕事は、こうして、また一つの村を支えていた。

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