第54話 「帝国からの依頼」
リリアたちは学校の四年目を迎え、十四歳になっていた。十人が正式に揃ってから、数ヶ月が経っている。ユナは、まだ入学したばかりの一年目、十一歳だった。三学年差の後輩ということになる。
帝都冒険者育成学校、談話室。珍しく平和だった。
「暇ね」
ミレーユが言う。
「暇ですわ」
エレノアも頷く。
「研究したいです」
カレンが言う。
「休みたい」
セリナが言う。
その時、談話室の扉が開き、ルシェが顔を出した。商人科の授業終わり、今日もついでに立ち寄ったらしい。
「お金欲しいです」
開口一番、そう言いながら席に着く。欲望に正直だった。全員。リリアはお菓子を食べている。相変わらずだった。
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その時、こんこん。扉が叩かれる。
「どうぞ」
ミレーユが答える。
扉が開いた。入ってきたのはエリス教官だった。少し険しい顔。全員の空気が変わる。最近は分かるようになっていた。この顔をしている時は、大抵、簡単な話ではない。
「みんな揃ってるわね」
「何かあったんですか?」
フィアナが聞く。
エリス教官は頷く。
「依頼よ」
冒険者らしい話だった。ルシェが少し嬉しそうになる。仕事は報酬に繋がる。
「討伐ですか?」
セリナが聞く。
「違うわ」
「護衛?」
「違う」
全員首を傾げる。冒険者の依頼といえば、その辺りが普通だった。
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エリス教官は一枚の書類を机へ置く。帝国紋章。かなり偉そうだった。
「帝国軍からの正式依頼よ」
静かになる。国家案件だった。最近多い。
「内容は?」
ミレーユが聞く。
エリス教官は答える。
「被災地支援」
全員が固まった。予想外だった。
「戦わないの?」
リリアが聞く。
「戦わないわ」
「冒険者なのに?」
「冒険者だからよ」
意味が分からなかった。リリアは首を傾げる。エリス教官は少し笑った。
「人を助けるのも冒険者の仕事なの」
静かになる。リリアは考える。少しだけ。
「ふーん」
完全に理解はしていない。でも、悪い話ではないらしい。
「私も行きます!」
ユナが勢いよく手を挙げる。エリス教官が少し困った顔をした。
「今回は上級生だけの依頼よ」
「なんでですか!」
「一年目には、まだ早い内容だから」
ユナは分かりやすく肩を落とした。
「先輩たちだけ、ずるいです」
「今度、簡単な依頼があったら誘うから」
リリアが慰めるように言う。ユナは少し口を尖らせながらも、渋々頷いた。三歳の差は、こういう時にはっきりと表れる。
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その日の午後、帝国軍本部。九人と、ルナも同席を依頼されていた。国家からの正式な場ということで、神様であるルナにも声がかかったらしい。ユナを除いた、被害者の会の上級生たちだった。ティアも、工房から直接呼び出されて駆けつけていた。国家からの正式依頼と聞いて、師匠が快く送り出してくれたらしい。
広い会議室。大きな地図。騎士達。偉い人が沢山いる。
初めて足を踏み入れる場所の空気に、多くの者が緊張していた。リリアだけはしていない。お菓子を見ていた。
「食べたい」
「後にしなさい」
ミレーユが止める。危なかった。会議開始三秒で怒られるところだった。
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やがて、一人の軍人が前へ出る。帝国軍の隊長だった。厳しそうな顔。だが、目は優しかった。見覚えのある顔に、リリアがぱっと顔を上げる。
「あ」
「久しぶりだな」
隊長も、リリアたちに気付いて少し口元を緩めた。以前、遺跡の調査で世話になった、あの隊長だった。盗賊を捕らえたことも、神器の一件も、共に経験した仲だった。
「あの時の!」
ミレーユも思い出したように言う。
「少し大きくなったか、みんな」
「隊長は変わらないですね」
セリナが言うと、隊長は小さく笑った。
「軍人はそう簡単に変わらん」
久しぶりの再会に、初対面の緊張とはまた違う、少し和んだ空気が流れた。隊長はルナの方にも視線を向け、丁寧に頭を下げた。
「神よ、本日はお運びいただき感謝いたします」
「畏まらなくていいのに」
ルナは相変わらずの調子で笑った。隊長は少し困った顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
「君達の活躍は聞いている」
リリア達を見る。
「特に回復水の件はな」
全員がリリアを見る。リリアはお菓子を見ている。話を聞いていなかった。
「リリア」
ミレーユが小声で言う。
「ん?」
「聞きなさい」
「聞いてる」
聞いていなかった。隊長は苦笑する。慣れているらしい。
「相変わらずだな、お前は」
「そうですか?」
「あの時から、ずっとそうだ」
遺跡での一件を思い出しているのか、隊長は懐かしそうに目を細めた。
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「現在」
地図を指差す。
「帝国各地で小規模災害が増えている」
山崩れ。洪水。地割れ。避難民。負傷者。様々だった。
「封印の影響ですか?」
フィアナが聞く。
隊長は少し考える。
「断定はできない」
「だが可能性はある」
重い話だった。しかし、目的は違う。
「君達に頼みたいのは」
地図の一点を指差す。川沿いの町。
「救援活動だ」
静かになる。
「橋が重要な避難経路になっている」
「物資も不足している」
「人手も足りない」
隊長は続ける。
「助けてほしい」
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その言葉に、リリアは初めて顔を上げた。
「困ってる?」
隊長は頷く。
「困っている」
即答だった。それだけで十分だった。
リリアも頷く。
「じゃあ行く」
迷いがなかった。ミレーユは少し笑う。やっぱりそうなる。分かっていた。
セリナも頷く。
「異論はない」
「私もですわ」
エレノア。
「もちろん」
フィアナ。
「お金は出ますよね?」
ルシェ。
「出る」
「頑張ります!」
現金だった。ティアが笑う。ノアも小さく頷く。
「地質の資料、後で見せてください」
カレンが真面目な顔で、災害の原因分析に興味を示した。
そして、ルナは窓の外を見ていた。少しだけ。珍しく真面目な顔で。誰も気付かなかった。
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会議が終わる。隊長がリリアたちを見送りながら言った。
「また世話になる。頼りにしている」
「任せて」
以前と変わらない即答だった。隊長は小さく笑い、敬礼のような仕草で見送った。
帰り道、夕日が帝都を赤く染めていた。
リリアは歩きながら言う。
「冒険者って変だね」
「何が?」
ミレーユが聞く。
「戦わなくても冒険者だった」
ミレーユは少しだけ考える。そして、笑った。
「そういうものよ」
リリアは頷く。まだよく分かっていない。だけど、明日から誰かを助けに行く。それだけは分かっていた。
学校へ戻ると、談話室でユナが待ち構えていた。
「どうでしたか!?」
「困ってる人がいた」
「行くんですね」
「うん」
ユナは少し羨ましそうにしながらも、明るく笑った。
「私も早く先輩たちに追いつきます!」
「うん、頑張って」
十四歳になった少女達は、帝国のために動き出す。そして、それはやがて、帝国を救う物語の始まりだった。




