第52話 「後輩がやってきた」
野営で振る舞われたリリアの手料理から、十日ほどが経っていた。
今日は午前授業のみで、昼過ぎからは自由時間だった。帝都冒険者育成学校、談話室。
「増えたわね」
ミレーユが言った。視線の先にはカレン。加入から少し経ち、すっかり馴染んでいた。
「納得できません」
カレンが言う。今日だけで十回目だった。
「諦めなさい」
フィアナが言う。
「嫌です」
「私も最初はそうだった」
セリナが言う。
「そこから諦めたんですか?」
「はい」
早かった。カレンは頭を抱える。理論派だった。しかし、夜型は理論の外側にいた。少し可哀想だった。
「そういえば、この前の野営料理、まだ夢に見ます」
カレンがぽつりと呟く。
「今度、また作ってほしいですわね」
エレノアも懐かしそうに言う。
すっかり、談話室の共通話題になっていた。
その時、談話室の扉が開き、ルシェが顔を出した。商人科の授業終わり、両手に大きな包みを抱えている。
「差し入れです!」
包みを開くと、色とりどりの焼き菓子が並んでいた。
「商人科の実習で扱った店の余りです。安く分けてもらいました」
「私も、あの料理また食べたいです」
遅れて席に着いたルシェが、話に加わりながら言う。
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その焼き菓子に、真っ先に飛びついたのはルナだった。
「これも美味しい」
次々と手を伸ばし、あっという間に半分近くを平らげていく。
「相変わらず商魂逞しいわね」
ミレーユが苦笑しながら、ようやく一つ手に取った時には、既に残りは少なくなっていた。
「ちょっと、私の分も残しといて」
ルシェが慌てて声を上げる。
「神様に取り分は関係ない」
「あります!」
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その時、ばたんっ。勢い良く扉が開いた。全員が振り向く。知らない少女だった。茶色の髪。元気そうな顔。目が輝いている。
「いましたー!」
大声だった。リリアが固まる。
「私?」
少女は走ってくる。一直線だった。
「会いたかったです!」
「誰?」
即答だった。少女も固まる。数秒。
「ユナです!」
胸を張る。
「知りません!」
元気だった。リリアが言った。
「知らない」
さらに固まる。少女、改めユナ。
「えぇっ!?」
ショックだったらしい。
「覚えてないんですか!?」
「うん」
正直だった。ユナはその場に崩れ落ちる。
「そんなぁ……」
ルシェが少し可哀想になる。
「知り合いなんですか?」
ユナは立ち上がった。勢いよく。
「三年前です!」
誰も分からなかった。三年前というと、リリアがまだ故郷にいた、十歳かそこらの頃のはずだった。
「市場で迷子になってました!」
「たくさん泣いてました!」
「私を助けてくれたんです!」
静かになる。リリアは考えた。一分ほど。長かった。
「覚えてない」
ユナが再び崩れ落ちた。二回目だった。
「ひどいです!」
「ごめん」
反省はしていた。たぶん。
その様子を、ルナは焼き菓子を食べながら興味深そうに眺めていた。
「面白い子」
「誰ですか、あなた」
ユナが今度はルナに気付き、目を丸くする。
「ルナ」
「ルナさん、また新しいご友人ですか」
「友人じゃないよ。神様」
さらりと言われた一言に、ユナは反応に困った顔をした。
「……ボケてます?」
「本気なんだけど」
被害者の会全員が、揃って首を横に振った。
「気にしなくていい」
「気にしたら負けよ」
ミレーユとフィアナが、口々に諭す。ユナはますます混乱していた。
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その時、ミレーユが聞く。
「つまり?」
ユナが立ち上がる。目を輝かせて。
「憧れてました!」
嫌な予感。被害者の会全員。
「やめなさい」
綺麗に揃った。ユナが固まる。
「え?」
「やめておきなさい」
フィアナ。
「おすすめしませんわ」
エレノア。
「苦労する」
ノア。
珍しく三文字以上喋った。ユナは混乱していた。当然だった。
「なんでですか!?」
全員がリリアを見る。リリアはお茶を飲んでいた。平和そうだった。
「見れば分かる」
セリナが言う。
「分かりません!」
正論だった。
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その後、ユナは談話室に居座った。二時間、三時間。帰らない。ルシェも、差し入れの菓子がまだ残っていることを理由に、そのまま居残っていた。
「帰らないの?」
ルシェが聞く。
「帰ります!」
元気良く答える。しかし、帰らない。カレンと同じだった。
「増えたわね」
ミレーユが呟く。本日二回目だった。
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夕方、訓練場。ユナは木剣を振っていた。一生懸命だった。すっかり居着いてしまったルシェも、成り行きで見学についてきていた。
「頑張るね」
リリアが言う。
「はい!」
元気だった。
「リリア先輩みたいになります!」
被害者の会全員が固まる。
「それはやめなさい」
フィアナが言った。即座に。
「なんでですか!?」
三回目だった。事情を知らないとそうなる。当然である。
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その時、訓練場の入口から声がした。
「注文の剣、届けに来たぞ」
ティアだった。工房からの納品のついでに、様子を見に立ち寄ったらしい。木箱を抱えたまま、稽古中のユナに目を留める。
「お、新顔か」
「ティアさん!」
ルシェが手を振る。ティアは木箱を近くの木陰に置くと、そのまま見学がてら残ることにしたようだった。
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セリナが木剣を受け取る。
「見せてみろ」
模擬戦が始まる。もちろん、結果は圧倒的だった。だが、ユナは諦めない。何度も立ち上がる。何度も向かう。泥だらけになりながら。
「根性あるな」
ティアが言う。
「あります!」
即答だった。少しだけ、リリアに似ていた。嫌な意味で。
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日が暮れ始め、訓練が終わる。ユナは座り込んでいた。疲れ切っている。だが、笑顔だった。
「楽しかったです!」
心から言っているらしい。リリアも笑う。
「うん」
そして、当然のように聞いた。
「友達?」
静かになる。ミレーユが天を仰ぐ。また始まった。ユナは一瞬固まる。それから、満面の笑みになった。
「はい!」
即答だった。早かった。リリアも嬉しそうだった。
「やった」
リリアは指を折りながら数え始めた。ミレーユ、セリナ、エレノア、ティア、フィアナ、ルシェ、ノア、カレン、ユナそしてルナ
「十人」
小さく呟く。だが、確かに聞こえた。
その場の空気が、一瞬止まった。
「……今、十人って言った?」
ミレーユが聞く。
「言った」
リリアは、自分でもまだ実感がなさそうな顔をしていた。ずっと前から掲げていた目標。可愛い子十人。その言葉が、ようやく現実になった瞬間だった。
そして、ユナもまだ知らない。本当に知らない。仲間になった瞬間、人生が少し変わることを。被害者の会へ、また新たな犠牲者が近付いていること、そして、自分がリリアの目標そのものを達成させた張本人であることを。




