第51話 「リリアの得意料理」
依頼で森へ来ていた。討伐でも護衛でもない、簡単な採取任務だった。今回は薬草だけでなく、鉱石の採取も兼ねていたため、鑑定役としてティアも同行していた。
「工房の仕事、抜けてきたのか」
セリナが聞く。
「師匠に頼まれた。良い鉱脈があるかもしれないってな」
そう言いながら、ティアは道中、何度も地面や岩肌に目を光らせていた。
日帰りでは終わらない距離だったため、久しぶりに野営することになった。
「野営、久しぶりですわね」
エレノアが言う。
「食事どうする?」
ミレーユが聞く。
いつもなら携帯食か、簡単なスープで済ませる。だが今日は、少し違う流れになった。
「私が作る」
リリアが手を挙げた。全員が動きを止める。
「リリアが?」
フィアナが聞き返す。
「うん」
「大丈夫か?」
セリナが心配そうに聞く。
いつもは食べる専門、しかも三人前くらい平気で食べる。作る側に回ったことは、誰の記憶にもなかった。
「大丈夫」
自信満々だった。根拠は不明だった。
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「見張っておいた方がいいですかね」
ルシェが小声で言う。
「たぶん」
ミレーユも小声で返す。
不安げな空気の中、リリアは焚き火の準備を始めた。薪の組み方に迷いがない。火をおこす手つきも早い。
「あら」
エレノアが少し驚く。
「手慣れてますわね」
「田舎育ちだから」
さらりと答える。それだけでは説明のつかない、妙な安定感があった。
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持ってきた食材を確認する。携帯用の干し肉、野菜、香辛料。決して豊富ではない。だが、リリアは鍋を火にかけながら、次々と手を動かし始めた。
肉を薄く切る。野菜を刻む。香辛料を少しずつ加える。味見をしては、また少し足す。無駄のない動きだった。
「本当に、あのリリアか?」
ティアが小声でノアに聞く。手元では、拾ってきた石をランタンの光にかざしながらも、視線は鍋の方に釘付けだった。
「たぶん」
ノアも同じくらい戸惑っていた。
普段の食べっぷりからは、まったく想像がつかない繊細な手つきだった。
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「なんで料理できるの?」
とうとう我慢できず、フィアナが聞いた。リリアは鍋をかき混ぜながら答える。
「母が教えてくれた」
「お母様が?」
「うん。よく手伝ってた」
意外な過去だった。木登りと迷子の印象しかなかった分、余計に意外だった。
「毎日ご飯食べたかったから、頑張って覚えた」
「理由が食い意地なのは変わらないのね」
ミレーユが呆れたように、でもどこか納得したように言った。
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しばらくして、鍋から良い匂いが漂い始めた。香辛料の効いたスープと、じっくり煮込まれた肉の匂い。全員の視線が、自然と鍋へ吸い寄せられていく。ティアも、とうとう鉱石の選別作業を中断して、鍋の方へにじり寄っていた。
「良い匂いですわ……」
エレノアが呟く。
「思ったより本格的だな」
セリナも鍋を覗き込む。
ルナだけは、興味津々で鍋のすぐ側にしゃがみ込んでいた。
「食べたい」
「もうすぐ」
「今すぐ」
「もうすぐ」
神様相手にも、いつも通りだった。
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「できた」
リリアが器に盛り分ける。湯気の立つスープと、香ばしく焼かれた肉。見た目からして、野営食の域を超えていた。
「いただきます」
全員が恐る恐る口をつける。そして、次の瞬間、ほぼ同時に目を見開いた。
「美味しい……!」
ルシェが声を上げる。
「本当に美味しいですわ」
エレノアも驚いている。
セリナも無言のまま、二口目、三口目とスプーンを進めていた。カレンだけは、味を確かめながら真剣な顔で分析していた。
「香辛料の配合、絶妙です。この火加減も」
「食べるの遅いよ」
「今、味の構造を解析してるんです」
研究者らしい食べ方だった。
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ノアは、一口食べて小さく頷いた。
「森の味に近い」
「褒めてる?」
「褒めてる」
短いやり取りだったが、ノアにとっては最上級の評価らしかった。
ティアは、鉱石の入った袋を脇に置いたまま、黙々と食べ進めていた。
「工房の飯より美味い」
「それは師匠に怒られるやつだ」
フィアナが笑いながら突っ込む。
「今日の収穫、良い石は見つかった?」
セリナが聞く。
「ああ、まあまあだ。でも、今はそれより飯の方が気になる」
鉱石鑑定という本来の目的そっちのけでティアは、おかわりを器によそい始めていた。
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ルナも、一心不乱にスプーンを動かしていた。
「もっと」
「まだあるよ」
「もっと」
神様は、いくらでも食べられるらしい。あるいは、久しぶりの人間の食事が、よほど気に入ったのかもしれない。
「リリア、これ本気で美味しいわよ」
ミレーユが、しみじみと言う。
「知ってる」
自信満々だった。だが、その自信は、いつもの根拠のないものとは少し違って見えた。
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「なんで、これまで作ってくれなかったの?」
フィアナが聞く。リリアは少し考えて答えた。
「聞かれなかったから」
「聞くようなことだと思わなかったのよ」
「食べるの専門だと思ってた」
「私も専門だと思ってたわ」
ミレーユが素直に白状した。全員が頷く。今まで、誰もリリアに料理を頼んだことがなかった。むしろ、リリアが誰かの料理を横から食べる側だとばかり思っていた。
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「今度から、たまに作ってほしいですわ」
エレノアが言う。
「いいよ」
「本当ですか」
「みんなで食べる方が美味しい」
即答だった。理由は単純で、だからこそ誰にも否定できなかった。
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夜が更ける。焚き火を囲みながら、空になった器がいくつも転がっている。誰もが満腹だった。珍しく、リリアのお腹の音も聞こえなかった。
「明日も作ってくれる?」
ルシェが期待を込めて聞く。
「材料あれば」
「じゃあ、依頼のついでに市場寄りましょう」
ミレーユが提案する。
ティアは、腹ごなしとばかりに鉱石の袋を開き、ようやく本来の仕事に戻った。ランタンの光に石をかざしながら、それでも時折、空になった鍋の方をちらちらと見ていた。
星空の下、賑やかな声が森に響いていた。可愛い子を集めたいという理由で始まった冒険者生活は、いつの間にか、こうして仲間と鍋を囲む時間まで運んできていた。
リリアは、空になった鍋を眺めながら、満足そうに笑った。
「また作る」
その一言に、全員が笑顔で頷いた。




