第50話 「新規会員」
カレンが初めて談話室へ来てから、数日が経っていた。
「また来ましたね」
ルシェが言う。談話室の扉を開けたのは、案の定カレンだった。今日も紙束を抱えている。
「今日は違う研究です!」
「毎回違うのね」
ミレーユが呆れたように言う。カレンは机に紙を広げながら、興奮した様子で続けた。
「回復水の件、あれから色々調べたんですけど、どうしても分からないことがあって」
「また分からないの?」
フィアナが聞く。
「分からないことだらけです! だから面白いんです!」
胸を張って言い切る姿は、前回とまったく変わっていなかった。
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「それで、今日は何を調べに来たんだ?」
セリナが聞く。カレンは資料を並べながら答えた。
「魔力の質についてです。リリアさんの魔力、普通の水属性とも、治癒属性とも違う反応を示すんです」
真剣な顔だった。回復水の話になると、いつも人が変わる。
「難しい話ですわね」
エレノアが苦笑する。
「難しくないです! 基礎から説明します!」
嫌な予感がした。全員。
そこから小一時間、カレンによる即席の講義が始まった。魔力の分類、属性の相性、既存の理論との矛盾点。聞いているうちに、リリア以外は何となく話についていけていたが、リリアだけは早々に船を漕ぎ始めていた。
「寝てます!」
ルシェが叫ぶ。
「大丈夫」
「何がですか!?」
「聞いてる」
絶対聞いていなかった。もう何度目か分からないやり取りだった。
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「今日、ノアがいれば興味持ったかもしれませんわね」
エレノアが言う。
「森の生き物の生態にも詳しいから、魔力の話も好きそう」
「今日は実習で外です」
ミレーユが補足した。カレンは残念そうな顔をする。
「今度、紹介してください。話が合いそうです」
「今度ね」
リリアが眠そうな声で答えた。
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夕方近く、カレンの熱意はまだ衰えていなかった。紙の山はさらに増え、机の上は計算式で埋め尽くされている。
その時だった。カレンの手元で、ぴこん、と小さな音が鳴った。
「あ」
短い声。カレンの視線が宙に固定される。
「どうした?」
セリナが聞く。
カレンは震える指で宙を見る。そこには、文字が浮かんでいた。
【ユニークスキル:夜型】
静寂。誰も喋らない。数秒後、
「え?」
カレンが言う。
「え?」
もう一回言う。
「えぇぇぇぇぇ!?」
大絶叫だった。談話室が揺れた気がした。
「なんですかこれ!?」
知っている。全員。
ミレーユが肩を叩く。優しく。
「落ち着いて」
「落ち着けません!」
当然だった。
フィアナも肩を叩く。
「諦めなさい」
「何をですか!?」
「人生を」
「重いです!」
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ルシェが近付く。
「ようこそ」
「どこへ!?」
「被害者の会です」
カレンは固まった。
「被害者?」
全員がリリアを見る。カレンもつられて見る。リリアは手を振った。
「こんにちは」
「原因あなたですか!?」
鋭かった。
リリアは少し考える。そして、
「大体そう」
認めた。
ミレーユがため息をつく。フィアナも。エレノアも。全員慣れていた。カレンだけが慣れていない。
「説明してください!」
「無理よ」
ミレーユが言う。
「なんでですか!」
「私たちも分からないから」
それが現実だった。
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その時、研究者らしい冷静さが、少しずつカレンに戻り始めていた。
「……待ってください」
カレンは震える手で、自分の資料をめくり返す。
「これ、もしかして。共有される力なんですか?」
「そうよ」
ミレーユが頷く。
「リリアが心の中で仲間だと思ってると、共有されるみたい」
「なら私も」
カレンは自分自身を指差した。
「対象に、含まれてしまったということですか」
困惑していたはずの顔に、少しずつ別の色が混ざり始める。
「研究材料が増えたって思ってる?」
フィアナが聞く。
「増えました」
即答だった。もう混乱よりも、好奇心の方が勝っているらしい。
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ルナが笑う。
「仲間になったんだね」
カレンが振り向く。
「仲間?」
「うん」
カレンはしばらく黙っていた。それから、ゆっくりと紙束を抱え直し、椅子に座り直した。
「……悪くない、かもしれません」
小さな声だった。
「研究対象が、目の前にたくさんいる環境なんて、そうそうありませんから」
研究者らしい理由だった。だが、その顔には、隠しきれない嬉しさも滲んでいた。
ミレーユが小さく笑う。
「ようこそ、被害者の会へ」
「望んでこの名前を受け入れるのは、複雑な気持ちですけど」
そう言いながらも、カレンは帰る素振りを見せなかった。
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「これで九人目ですわね」
エレノアが呟く。カレンが首を傾げた。
「九人目?」
「なんでもないんです」
ルシェが慌てて誤魔化す。
リリアだけが、指を折って数えていた。ミレーユ、セリナ、エレノア、ティア、フィアナ、ルシェ、ノア、カレン。そして自分。
「九人」
小さく呟く。誰にも聞こえないくらいの声だった。だが、その顔は、いつもより少しだけ嬉しそうだった。
「なにか言った?」
ミレーユが聞く。
「ううん、なんでもない」
リリアは笑って誤魔化した。あと一人。その言葉は、まだ胸の中にしまっておくことにした。
夕日が談話室の窓を橙色に染める。新しい仲間を迎えた被害者の会は、今日もいつも通り、賑やかだった。




