第49話 「カレンの研究」
十三歳の誕生日を終えてから、しばらく経った。そろそろ、また一つ歳を重ねる季節が近付いている頃だった。帝都冒険者育成学校、放課後。
「暇ね」
ミレーユが言った。
「暇だな」
セリナも頷く。
「暇ですわ」
エレノアも同意した。最近は平和だった。被害者の会も平和。封印も静か。ルナも静か。珍しかった。
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その時だった。ばぁん! 談話室の扉が勢いよく開く。全員が振り返る。知らない少女が立っていた。白い髪。青い瞳。眼鏡。そして、大量の紙を抱えていた。
「見つけました!」
大声だった。全員が固まる。
「誰?」
リリアが聞く。
少女は真っ直ぐリリアを見る。
「あなたです!」
「私」
「あなたです!」
二回目だった。勢いが凄い。
ミレーユが立ち上がる。
「落ち着いて」
「落ち着いています!」
全然そう見えなかった。
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少女は机に紙を広げる。大量だった。数十枚。いや、百枚近い。
「まずはこちらを見てください!」
誰も見たくなかった。何となく。
「何?」
リリアが聞く。
少女の目が輝く。待ってましたと言わんばかりだった。
「回復水です!」
静かになる。
「回復水?」
「そうです!」
少女は頷いた。
「あなたの回復水です!」
とても興奮している。
「分析しました!」
紙をめくる。
「成分調査しました!」
さらにめくる。
「再現しようとしました!」
さらにめくる。
「失敗しました!」
堂々としていた。失敗したのに。
「おお」
リリアが感心する。感心するところだろうか。ミレーユは頭を抱えた。
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その時、フィアナが聞く。
「名前は?」
少女が固まる。数秒。そして、
「カレン・ホワイトです」
忘れていたらしい。自己紹介を。
「理論魔法学科です!」
やはり勢いが凄い。カレンは深呼吸し、そして、リリアを見る。真剣だった。
「質問があります」
「なに?」
「回復水はなぜ作れるんですか?」
リリアは考える。五秒、十秒、十五秒。そして、
「分からない」
カレンが固まった。
「え?」
「分からない」
二回目だった。
「でも作れる」
カレンはさらに固まる。まるで石像だった。
「理論は?」
「知らない」
「原理は?」
「知らない」
「魔力操作は?」
「知らない」
「そんな馬鹿な!」
悲鳴だった。研究者の悲鳴を、初めて聞いた。
ルナが吹き出す。
「あはは!」
面白かったらしい。
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その後、カレンは居座った。当然のように。
「帰らないの?」
ルシェが聞く。
「帰ります」
帰る気はあるらしい。しかし三時間後、まだいた。
「帰らないの?」
今度はフィアナ。
「もう少しです」
三時間前も聞いた。同じ答えだった。
机の上には、回復水、紙、計算式、何か分からない図。カレンは幸せそうだった。
「研究好きなんだな」
セリナが言う。
「大好きです!」
即答だった。迷いゼロ。
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エレノアが少し笑う。
「夢はありますの?」
カレンが顔を上げる。そして、真っ直ぐ答えた。
「世界の仕組みを知ることです」
静かになる。
「全部?」
ティアが聞く。
「全部です!」
かなり本気だった。
「今日、ノアがいれば喜んで聞いてたかもしれませんわね」
エレノアが言う。
「森のこと、詳しいから」
「今日は実習で外です」
ミレーユが補足した。
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夕方近くになっても、カレンの熱意は衰えなかった。紙の山はさらに増え、机の上は計算式と図で埋め尽くされている。
「そろそろ、私たちも夕食の時間なんだけど」
ミレーユが遠慮がちに切り出す。
「あ、すみません、つい」
カレンは慌てて紙をまとめ始めた。
「また来てもいいですか?」
「もちろん」
リリアが即答する。
「本当ですか!?」
カレンの目が輝いた。
「また色々聞かせてください!」
「うん」
紙束を抱えたまま、カレンは何度も頭を下げながら談話室を出ていった。
「元気な子ね」
フィアナが笑う。
「悪い子じゃなさそうだ」
セリナも頷いた。
「絶対、また来ますよ、あの子」
ルシェが言う。
「そう思う?」
「研究、あんなに楽しそうだったので」
リリアも頷いた。
「また会える?」
「たぶん、すぐに」
その日、理論派魔法使いカレン・ホワイトは、大量の紙と、賑やかな出会いの余韻だけを残して去っていった。その足取りは、来た時よりも、いくらか軽そうだった。




