第5話 「2人目とドライヤー魔法」
その日、訓練場で事件が起きた。
「熱い!」
「煙!?」
「誰!?」
原因はリリアだった。
「失敗した」
「見れば分かる!」
ミレーユが叫ぶ。火属性の実習、本来なら小さな火球を出す授業のはずだった。リリアは両手を構え、集中し、そして——
ぽっ。種火が出た。終了。
「弱っ」
思わず自分で言った。周りの生徒たちが笑いを堪えている。先生も苦笑した。
「火の才能は無さそうね」
「悲しい」
「水はすごいから」
慰められたが、あまり慰めにはならなかった。
授業後、リリアは一人で練習を続けた。種火、風魔法、種火、風魔法。何度も繰り返すうち、ふと二つの魔法が同時に出た。
ぶおっ。温風になった。
「ん?」
髪が揺れる。暖かい。リリアはしばらく自分の手を見つめ、それから、閃いた。
数分後、女子更衣室の前。
「見て!」
「なに?」
ぶおおお。温風が吹く。ミレーユの濡れた髪が、みるみる乾いていく。
「……」
「……」
「……」
周りの女子たちが固まる。
「便利」
「便利」
「すごい」
火球ではなく、乾燥機として評価された。先生も見に来て、
「リリア」
「うん」
「たぶん使い方違う」
「でも便利」
「便利ね」
否定しきれなかった。
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その日の放課後、リリアは訓練場の隅を通りかかった。カンッ、カンッ、と乾いた音が響いている。覗くと、一人の少女が木剣を振っていた。何十回、何百回と、同じ型を繰り返している。短い黒髪、真剣な眼差し。息は乱れていたが、剣先はぶれなかった。
近くの生徒が小声で話している。
「あの子、貴族じゃないんだって」
「なのに実技はいつも一番らしいよ」
「毎日残ってるもんね」
リリアはしばらく黙って見ていた。振る、止まる、構え直す。また振る。誰かに見せるための動きではなかった。ただ、上手くなりたいだけの動きだった。
少女がふと手を止め、汗を拭う。そこでようやく、見られていたことに気付いた。
「……何か用か」
少し警戒した声だった。リリアは首を横に振る。
「かっこいい」
「え?」
セリナが振り返る。
「可愛い」
「どっち?」
「両方」
初対面だった。まだ一分も経っていない。
セリナは少し困った顔をした。剣の腕を褒められることには慣れていた。だが、こんな真っ直ぐな言い方をされたのは初めてだった。
「……お前、変わってるな」
「よく言われる」
「悪い意味だぞ」
「知ってる」
悪びれなかった。セリナは思わず、小さく笑った。
「セリナ・クレストだ」
「リリア・フォルネス!」
「そうか」
短いやり取りだったが、それで十分だった。
「毎日練習してるの?」
「強くなりたいからな」
「私も強くなりたい」
リリアが言うと、セリナは少し意外そうな顔をした。
「守れるくらい、強くなりたい」
まだ理由は上手く言えない。それでも、口にした言葉は本気だった。セリナはしばらく黙って、それから頷いた。
「悪くない目標だ」
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「見てて」
セリナが素振りに戻る。リリアは近くの木の切り株に座り、その様子を眺めていた。何百回目かの振りで、セリナの足がわずかにふらついた。
「疲れてる?」
「まだいける」
強がりだった。分かりやすい強がりだった。リリアは切り株から立ち上がる。
「休憩」
「まだ終わってない」
「休憩!」
二回目は少し強めだった。セリナは渋々木剣を下ろす。
「お前に指図される覚えはない」
「でも足ふらついてた」
図星だったらしい。セリナは何も言い返せなかった。
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水筒を分け合いながら、二人は切り株に並んで座った。
「なんでそんなに練習するの?」
「弱いのが嫌だからだ」
短い答えだった。だが、リリアには十分すぎるくらい伝わった。
「私も」
「お前が?」
「うん」
セリナはリリアを見る。木の上を走り回っている姿しか知らなかった。だが、その横顔は、思ったより真剣だった。
「意外だな」
「よく言われる」
さっきと同じ返しだった。セリナは、今度は声を出して笑った。
「変な奴だ」
「褒め言葉?」
「さあな」
はぐらかされたが、悪い気はしなかった。
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「私にも教えて」
「剣を?」
「うん」
セリナは少し考える。木剣を一本、リリアへ放った。危なげなく受け止める。
「型を見せる。真似しろ」
「うん」
ぎこちない動きだった。リリアの剣先は、あちこちにぶれた。セリナは何度も止め、手を添えて直した。
「そこ、肘が下がってる」
「ここ?」
「もう少し」
真剣な時間だった。二人とも、いつの間にか黙り込んでいた。
夕日が二人の影を長く伸ばす頃、リリアはようやく一連の型を通せるようになった。まだぎこちなかったが、形にはなっていた。
「悪くない」
セリナが短く言う。飾らない褒め言葉だった。リリアの顔がぱっと明るくなる。
「褒められた!」
「一回だけだぞ」
「十分!」
その素直な喜び方に、セリナは少し毒気を抜かれたようだった。
「お前、本当に変な奴だな」
「またそれ」
「三回目は褒め言葉だ」
初めて、そう認めた。
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ミレーユが探しに来たのは、その直後だった。
「また増やしたの……?」
「うん、二人目」
「早すぎる」
セリナは木剣を回収しながら、二人のやり取りを眺めていた。ミレーユが呆れ、リリアが笑う。見慣れない光景だった。だが、嫌な感じはしなかった。
「また明日、教えて」
「気が向いたらな」
そっけない返事だった。けれど、拒否ではなかった。リリアにはそれで十分伝わった。
「やった」
夕日が訓練場を赤く染めていた。こうして、後に帝国有数の剣士となる少女と、残念なクォーターエルフは出会った。リリアの可愛い子リスト、二人目が無事に追加されたのである。




