第47話 「ノアの居場所」
夕方、帝都冒険者育成学校、談話室。いつもの場所だった。
「あれ?ノアは?」
リリアが聞く。
最初に気付いたのは彼女だった。珍しかった。
「いないわね」
ミレーユも周囲を見るが、確かにいなかった。セリナ、エレノア、フィアナ、ルシェ、ティア、みんないるのに、ノアだけいない。
「朝も見てません」
ルシェが言った。
「授業も来てなかったな」
セリナも頷く。少しだけ空気が重くなった。ノアは無断欠席するタイプではない。しかも、よりによって今日は、ノアの十三歳の誕生日だった。朝からこっそり準備していた分、余計に気になった。
「探す」
リリアが立ち上がった。
「待ちなさい」
ミレーユが止める。
「走らない」
「まだ何もしてない」
「する気だったでしょう」
図星だった。
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結局、みんなで探すことになった。まず図書館、いない。訓練場、いない。食堂、いない。
「どこ行ったんだ?」
ティアが首を傾げる。
その時、フィアナが言った。
「森じゃない?」
静かになる。みんな納得した。ノアは自然が好きだ。落ち着く場所も、たいてい木の近くだった。
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帝都郊外、学校の裏手にある小さな森。そこに、ノアはいた。大きな木の下、一人で座っている。膝の上には、何か作業中らしい木片と、小さな刃物。風が吹き、銀色の髪が揺れる。
「いた」
リリアが言う。
ノアが弾かれたように顔を上げた。慌てて、手元の物を布で覆い隠す。
「みんな」
「探したのよ」
ミレーユが言う。
「なんで一日中いなかったの?」
リリアが聞く。
ノアは、少しだけ気まずそうな顔をした。
「……見ないでほしい」
「なにを?」
「これ」
隠した布の下から、ちらりと木の削りかすが覗いている。
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エレノアが隣へ座る。
「何かされてましたの?」
ノアはしばらく黙っていた。それから、諦めたように布をめくった。中から出てきたのは、小さな木彫りの動物たちだった。狼、鹿、鳥。どれも丁寧に彫られている。人数分、七つあった。
「これ……」
ルシェが目を丸くする。
「みんなの分」
ノアはぼそりと言った。
「今日、私の誕生日だって、自分で気付いてた。何か返したくて」
静かになる。
「返す?」
セリナが聞く。
「今まで、色々もらった。木彫りの鳥とか、色んな物」
言葉少なだったが、意味は十分に伝わった。誰かに何かをもらうことに、ノアはまだ少し慣れていない。だからこそ、自分の手で何か返したい、と考えたらしかった。
「一日中、森にこもって彫ってたの?」
フィアナが聞く。
「静かな方が、集中できる」
「なんで一言も言わないの」
「言うの、恥ずかしかった」
ぼそりとした答えに、全員が思わず笑った。
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「じゃあ、この動物は?」
リリアが一つ手に取る。狼の彫刻だった。
「それは、たぶんセリナ用」
「たぶん?」
セリナが聞き返す。
「途中で、誰の物か分からなくなった」
正直な答えに、また笑いが起きた。
「私は?」
リリアが聞く。
ノアは少し考えて、小さな鳥の彫刻を差し出した。
「これ」
「鳥?」
「前に、鳥の彫刻もらったから。似たようなの、作ってみた」
以前リリアから贈られた、あの木彫りの鳥へのお返しだった。不器用ながらも、しっかりと羽の筋まで彫り込まれている。
「ありがとう」
リリアは嬉しそうに、それを両手で包んだ。
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「本当に、律儀ね」
ミレーユが呆れたように、でも優しく笑った。
「もらったら返す、それだけ」
ノアはそう言うと、小さく笑った。今までで一番自然な笑顔だった。
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その瞬間だった。ぐぅぅぅぅ。大きな音。全員が振り返る。リリアだった。
「お腹空いた」
空気が壊れた。一瞬で。
「今の良い話返しなさい!」
フィアナが叫ぶ。
「お昼食べてない」
「もう夕方よ!」
「だから」
理屈としては、一応合っていた。
ノアは肩を震わせる。笑っていた。珍しく。本当に珍しく。声まで漏れた。
「ふっ」
全員が見る。ノアは顔を逸らした。少し恥ずかしかったらしい。
「笑った!」
ルシェが言う。
「笑ったな」
セリナも言う。
「珍しいですわね」
エレノアも笑う。ノアはさらに顔を逸らした。だが、その表情はどこか穏やかだった。
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「そうだ、寮に戻ったら、ちゃんとお祝いしましょう」
ミレーユが立ち上がりながら言う。
「お祝い?」
ノアが首を傾げる。
「あなたの誕生日、私たちからもまだ何も渡してないでしょう」
ノアは目を丸くした。まさか、自分から贈り物を用意していたその日に、みんなからも祝ってもらえるとは思っていなかったらしい。
「両方は、悪い気がする」
「気にしないの」
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寮に戻ると、談話室にはささやかな飾り付けがされていた。エレノアが花を、ルシェが小さな包みを差し出す。
「森でも使える、丈夫な布地です」
「弓の弦、これで拭くといいと思う」
セリナも、手入れ用の油を差し出した。
「弓、大事にしてるだろう」
「助かる」
短いやり取りだったが、ノアには十分だった。
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その時、ティアも小さな包みを差し出す。
「これは俺から」
矢じりが数本、丁寧に研がれて入っていた。
「切れ味、悪くないはずだ」
「ありがとう、ティア」
工房の仕事の合間に、こっそり用意していたものらしかった。
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帰る場所。それは立派な家ではない。豪華な部屋でもない。仲間がいて、笑い合えて、また帰りたいと思える場所。それで十分だった。
「誕生日おめでとう、ノア」
全員の声が揃う。ノアは、リリアからもらった木彫りの鳥と、自分が作った木彫りの動物たちを、両方とも大事そうに見つめていた。
「ご飯行く?」
リリアが聞いた。ノアは立ち上がり、そして、小さく答えた。
「行く」
みんな笑う。夕日が窓の外を赤く染めていた。
その帰り道、ノアは少しだけ前を歩く。迷いはもうなかった。ここが、今の自分の居場所だった。




