第45話 「フィアナの決意」
帝都冒険者育成学校、放課後。リリアたちは中庭へ集まっていた。いつもの場所だった。しかし今日は少し違う。フィアナが手紙を読んでいた。珍しく真面目な顔で。今日は、フィアナの十三歳の誕生日だった。手紙自体は、一週間ほど前に届いていたものだったが、何度も読み返しているうちに、つい手に取ってしまうらしい。
「難しい顔してる」
リリアが言った。
フィアナは顔を上げる。
「してた?」
「してた」
ノアまで頷いた。かなり珍しい光景だったらしい。
フィアナは苦笑した。
「故郷から手紙が来たの。一週間くらい前だけど」
同盟国。フィアナの生まれ育った場所。静かになる。
「悪い知らせ?」
ルシェが聞く。
「ううん」
フィアナは首を振った。
「でも少し考えさせられる内容で、まだ気になってて」
手紙を畳む。そして空を見上げた。
「帝国のことが書いてあったの」
「今日は誕生日なのに、まだそれ持ち歩いてるの?」
ミレーユが少し呆れたように言う。
「何度も読み返しちゃって」
フィアナは苦笑した。
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さらに静かになる。帝国と同盟国。仲が良いとは言えない。むしろ悪い。フィアナも帝都へ来る前はそうだった。帝国人は冷たい。帝国人は傲慢。そんな話を聞いて育った。
「最初は嫌だったのよ」
ぽつりと呟く。
「帝都へ来るの」
ミレーユも聞いている。セリナも。エレノアも。みんな知っている話ではない。
「でも」
フィアナは笑った。
「全然違った」
リリアを見る。
「特にこの子」
「私?」
本人だけ分かっていない。当然だった。
「国とか関係ないもの」
フィアナが言う。
「困ってたら助けるし」
「お腹空いたら食べるし」
「可愛い子は好きだし」
最後は余計だった。リリアは満足そうだった。
「うん」
認めた。自信満々に。
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その時、「じゃあ」セリナが聞く。
「お前はどうしたいんだ?」
フィアナは考える。少しだけ。そして答えた。
「私は」
迷いのない声だった。
「帝国も同盟国も好きになった」
みんな見る。
「だから」
フィアナは笑った。
「仲良くなってほしい」
その言葉は、以前語った夢と同じだった。だけど、今はもっと強かった。本気だから。
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その時、リリアが立ち上がる。
「簡単」
全員が嫌な予感を覚える。
「どうやるの?」
ミレーユが聞いた。
リリアは即答した。
「ご飯」
沈黙。
「ご飯?」
「うん」
リリアは頷く。
「美味しいご飯食べたら仲良くなる」
「そんな簡単じゃないのよ」
フィアナが笑う。
すると、ルナが言った。
「でも間違ってないよ」
全員が振り向く。珍しく真面目だった。
「昔もそうだった」
「昔?」
エレノアが聞く。
「覚えてない」
全員ため息をついた。期待して損をした。
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フィアナがもう一度、手紙を鞄へしまおうとした、その時だった。
「じゃあ、そろそろいい?」
ミレーユが立ち上がり、鞄から小さな包みを取り出した。
「言ったでしょ、誕生日なのに、って。今日一日、ずっとその話をするタイミングを窺ってたの」
「え」
フィアナが目を丸くする。
「同盟国の柄が入った布、探すの苦労したんだから」
開けると、故郷でよく見る織り模様の入ったストールだった。フィアナは、しばらくそれを見つめていた。
「わざわざ、こんな物を」
「たまには、故郷を思い出してもいいでしょう」
その気遣いに、フィアナは何も言えなくなった。
セリナも小さな箱を差し出す。
「使いやすい短杖だ。魔法戦の時、今のより軽い」
「ありがとう」
ノアも、不器用な手つきで小さな木彫りの鳥を差し出した。
「森で拾った木で作った」
「可愛い」
素朴だが、丁寧に作られているのが分かった。
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「私も」
リリアが、鞄から小さな包みを取り出した。フィアナが少し身構える。これまでの流れを知っている分、身構えるのも無理はなかった。
包みの中身は、押し花のしおりだった。同盟国の花に似た、青い小花が丁寧に押し込められている。エレノアの時と同じ手法だったが、花の種類は明らかに変えて選んでいた。
「これ、故郷の花に似てると思って」
「同盟国の花、知ってるの?」
「図書館で調べた」
フィアナは目を丸くした。ただ思いつきで贈っているわけではない、と分かる選び方だった。
しおりの端には、整った字で一言添えられていた。
『フィアナへ、故郷とここ、両方好きでいい』
フィアナはしばらく、その文字を見つめていた。それから、小さく笑った。
「あなた、たまに変なところで的確よね」
「そう?」
「そうよ」
素直な言葉に、フィアナは少しだけ目を潤ませた。
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「そういえば、ティアからも預かってますわ」
エレノアが思い出したように言う。
「今日は工房が忙しくて来られないけれど、これを渡してほしいって」
小さな包みには、細く仕上げられた金属製のペーパーナイフが入っていた。手紙を開けるための道具で、柄の部分に、同盟国風の意匠が彫り込まれている。
「手紙、よく読んでるって聞いたから、って書いてあったわ」
ミレーユが折りたたまれた紙を渡す。フィアナはそれを開き、しばらく黙って読んでいた。
「相変わらず、字が達筆とは言えないけれど」
「気持ちは伝わったでしょう」
「ええ」
工房にいながらも、こうして誕生日を忘れずにいてくれたこと。それだけで、フィアナには十分だった。
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夕日が沈み始める。フィアナは手紙をしまい、代わりにストールを羽織った。故郷も大切。帝都も大切。だから、諦めない。その決意だけは、確かだった。
「頑張りなさい」
ミレーユが言う。
「うん」
フィアナは笑った。その笑顔は、今までで一番晴れやかだった。
「誕生日おめでとう、フィアナ」
全員の声が揃う。フィアナは、少しだけ目を潤ませながら、それでも笑顔のまま頷いた。




