第43話 「エレノアの事情」
帝都冒険者育成学校、昼休み。いつものように談話室へ集まったリリアたちだったが、今日は一人いない。
「エレノアは?」
リリアが聞く。
「朝から見てないな」
セリナが言った。
「授業にもいませんでしたわ」
ルシェが首を傾げる。珍しかった。エレノアは真面目だ。授業を休むようなタイプではない。しかも今日は、エレノアの十三歳の誕生日だった。朝からミレーユたちは、こっそり飾り付けの相談までしていたところだった。
「せっかく準備してたのに」
ミレーユが少し困った顔をする。
「探す?」
リリアが立ち上がる。嫌な予感がした。ミレーユが。
「走らない」
「まだ何もしてない」
「これからするでしょう」
否定できなかった。
校内で聞き込みをしたところ、どうやら中庭にいるらしい。みんなで中庭へ向かうと、そこに、エレノアはいた。俯いて一人でベンチに座っている。
「あ」
リリアが手を振った。エレノアが振り返る。少し驚いていた。
「皆さん」
笑う。いつもの笑顔。だが、少しだけ元気がなかった。
「誕生日なのに、朝からどうしましたの、ではなく」
フィアナが言いかけて、言葉を切る。
「誕生日でしたわね、そういえば」
エレノア自身、今日が自分の誕生日であることを、すっかり忘れているような顔だった。
---
フィアナが隣へ座る。
「何かあった?」
エレノアは黙る。しばらく。そして、
「実家から手紙が来ましたの」
封筒を取り出す。立派な紋章。ローゼンベルク家。帝国でも有名な貴族家だった。
「怒られた?」
リリアが聞く。
「違いますわ」
「よかった」
エレノアは苦笑した。
「将来の話ですわ」
静かになる。
「卒業したら帰ることになるかもしれません」
誰も喋らない。当然だった。初めて聞いたから。
「帰っちゃうの?」
ルシェが聞く。
「まだ分かりません」
エレノアは指を折る。
「この学校は五年制で、今が三年目。卒業まで、あと二年です。今のうちから、心構えをしておくように、と」
二年後には卒業。その先の話が、もう現実として迫ってきているらしい。
「貴族には義務がありますもの」
真面目な声だった。
「領地を守ること」
「人を守ること」
「家を守ること」
それは、エレノアが背負う未来だった。
「よりによって、誕生日にこんな手紙が届くなんて」
小さくため息をつく。せっかくの日に、水を差された気分だったのかもしれない。
---
リリアは考える。難しい話だった。
「嫌?」
エレノアは少し驚いた。
「嫌ではありませんわ」
本音だった。
「でも」
少しだけ笑う。
「皆さんと一緒にいるのも楽しいですから」
静かになる。
---
その時、リリアが立ち上がった。
「じゃあ大丈夫」
全員が見る。
「なにが?」
ミレーユが聞く。
「エレノアのおうち行けばいい」
沈黙。実にリリアだった。
「簡単に言うわね」
フィアナが呆れる。
「だって友達だし」
当たり前みたいに言う。エレノアが固まる。
リリアは続けた。
「遠くても会える」
「忙しくても会える」
「会いたいなら会いに行けばいい」
理屈は単純だった。しかし、エレノアは笑った。少しだけ。肩の力が抜ける。
「そうですわね。まだ二年ありますし、今から悩んでも仕方ありませんわね」
その笑顔は、今までで一番自然だった。
---
「それより!」
ルシェが立ち上がり、空気を変えるように声を張った。
「今日は誕生日です! 暗い顔してる場合じゃありません!」
エレノアが目を丸くする。
「あら、覚えていてくれましたの」
「当然です!」
ミレーユが持っていた鞄から、こっそり隠していた小さな花冠を取り出す。
「本当は、もっとちゃんと準備してたんだけど」
「今からでも十分ですわ」
エレノアの頭に花冠が乗せられる。少し照れたように、けれど嬉しそうに、エレノアはそれに触れた。
セリナも、少し照れながら小さな包みを差し出す。
「実用的な物だが」
開けると、上質な革の手袋が入っていた。剣を握る時にも使えそうな作りだった。
「わたくしの手を見て選んでくれましたの?」
「たまに剣の稽古、見てるからな」
短いやり取りだったが、エレノアは何度も手袋を撫でていた。
---
その時、リリアが後ろに隠していたものを、もぞもぞと取り出した。
「私も」
「あら、リリアさんまで」
エレノアが目を輝かせる。差し出されたのは、押し花だった。小さな花が、丁寧に紙へ押し込められている。花びらの重なりも潰れず、色もきれいに残っていた。
「これは?」
「訓練場の隅に咲いてた花。エレノアに似合うと思って」
「押し花にするの、大変でしたでしょう」
「本を借りて、何日か練習した」
意外な答えだった。適当にやったにしては、随分と丁寧な仕上がりだったからだ。
紙の下には、しっかりとした字で、一言添えられていた。
『エレノアへ、いつもきれい』
字は綺麗だった。整った筆致で、迷いなく書かれている。エレノアは、しばらくそれを見つめていた。
「字、お上手ですのね」
「そこは褒めるとこ?」
「押し花も、字も、両方ですわ」
エレノアは小さく笑った。花が好きで、押し花も含めて丁寧に選んだのだと分かる仕上がりだった。
「……本当に、変な方ですわね」
「褒め言葉?」
「褒め言葉ですわ、今回は」
その言葉に、リリアは満足そうに笑った。
---
その時、ミレーユが思い出したように、もう一つ小さな包みを取り出した。
「あと、これ。ティアから預かってたの」
「ティアが?」
エレノアが目を丸くする。
「今日は工房、どうしても抜けられないからって。代わりに渡してほしいって頼まれたわ」
包みを開けると、細やかな細工が施された小さな髪飾りが入っていた。金属の縁取りに、控えめな意匠が彫り込まれている。
「これは俺には作れないから、金細工の職人に頼んで作らせた、って手紙が添えてあったわ」
ミレーユが折りたたまれた紙を渡す。エレノアはそれを開き、しばらく黙って読んでいた。それから、小さく笑った。
「不器用な字ですこと」
「相変わらずね」
工房にいながらも、こうして誕生日を忘れずにいてくれたこと。それだけで、エレノアには十分だった。
---
夕日が中庭を照らす。未来はまだ分からない。貴族として進むのか。別の道を選ぶのか。それでも、今だけは、仲間がいる。それだけで十分だった。
エレノアは小さく笑う。
「本当に変な人ですわね」
「よく言われる」
リリアは誇らしげだった。意味は分かっていなかった。当然である。
「今度会ったら、ちゃんとお礼を言わないと」
エレノアはそう言って、髪飾りをそっと手に取った。実家からの手紙も、まだ心には残っている。それでも、今日という日は、こうして仲間たちに祝われて終わっていく。悪くない一日だった。




