第42話 「セリナの剣」
朝、帝都冒険者育成学校、訓練場。まだ日も高くない時間だった。しかし既に人影がある。
ぶん。木剣が風を切る。ぶん。さらに振る。ぶん。止まらない。
「朝から頑張るね。しかも誕生日なのに」
声を掛けたのはリリアだった。木剣を振っていたのはセリナ。汗を流しながら振り返る。
「誕生日でも変わらん」
「そういうところ、セリナだね」
「褒めてるのか」
「褒めてる」
セリナは苦笑する。今日は、セリナが十三歳になる日だった。
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「毎日やってるの?」
リリアが聞く。
「毎日だ」
即答だった。
「大変じゃない?」
「慣れた」
再び木剣を構える。迷いがない。その姿はすごく格好良かった。
「強くなりたいから?」
リリアが聞く。
セリナは少しだけ考えた。
「そうだな」
そして、
「私は才能がある方じゃない」
意外な言葉だった。リリアが首を傾げる。
「そうなの?」
今のセリナは強い。学校でも上位。若手大会でも活躍した。だから意外だった。
「もっと上はいる」
セリナが言う。
「だから振る」
木剣を握る。
「毎日」
ぶん。風を切る音。
「昨日より少しだけ強くなるために」
真っ直ぐだった。リリアは少し考える。難しい話だった。
「すごい」
出てきた感想はそれだった。セリナが笑う。
「ありがとう」
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その時だった。訓練場の入口から声が聞こえる。
「リリアー!」
ミレーユだった。フィアナ、ルシェ、エレノア、ノア、みんな揃っている。
「朝ご飯よ!」
「行く!」
即答だった。早かった。セリナは呆れる。
「さっきまで真面目な話じゃなかったか?」
「お腹空いた」
完全に優先順位が違った。
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食堂。リリアたちは朝食を食べていた。セリナもいる。
「そういえば」
フィアナが言う。
「セリナって何で剣士になったの?」
セリナが固まる。珍しかった。ミレーユも見る。ルシェも。エレノアも。ノアも。全員興味があるらしい。
「別に大した話じゃない」
そう言いながら、少しだけ恥ずかしそうだった。
「子供の頃」
静かになる。
「冒険者を見た」
それだけだった。だが、セリナの目が少し遠くなる。
「格好良かった」
シンプルだった。とても。
「だから剣を持った」
リリアが聞く。
「それだけ?」
「それだけだ」
似ていた。少しだけ。
「私も可愛い子が好きだから集めてる」
全然違った。フィアナが吹き出す。
「似てないわよ」
即座に否定された。当然だった。
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その日の午後、実技訓練。生徒たちが集まる。模擬戦の日だった。担当はエリス教官。
「今日は一対一の訓練を行う」
ざわつく。実力を測るにはちょうどいい。そして、
「セリナ」
名前が呼ばれる。相手は上級生だった。周囲がざわつく。強い相手らしい。
セリナは静かに前へ出た。木剣を構える。試合開始。直後、上級生が踏み込む。速い。だが、セリナも動く。ぶつかる。木剣同士。何度も。何度も。攻防が続く。
観戦していたリリアが呟く。
「頑張れー」
応援だった。単純だった。しかし、セリナは少しだけ笑った。
その瞬間、踏み込む。一歩。さらに一歩。木剣が相手の肩へ触れる。勝負あり。
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静かになる。そして歓声。セリナの勝利だった。
「すごいです!」
ルシェが立ち上がる。
「流石ね」
フィアナも頷く。エレノアも拍手した。ノアも小さく拍手している。照れくさそうに。
セリナは戻ってくる。いつもと変わらない顔で。
「やったね」
リリアが言う。
「ああ」
短い返事。でも、少しだけ嬉しそうだった。
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その時、リリアが聞く。
「セリナ」
「なんだ?」
「一番強くなったら何するの?」
セリナは考える。しばらく。本当にしばらく。そして、
「守る」
静かに答えた。
「仲間を」
その言葉に、みんな少しだけ目を丸くした。本当にセリナらしい。
リリアは笑った。
「じゃあ私は回復する」
「頼む」
「任せて」
根拠は不明だった。だが、不思議と安心感があった。
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夕方、寮の食堂。セリナが訓練を終えて戻ると、テーブルの上に見覚えのない飾り付けがされていた。
「なんだこれ」
戸惑うセリナの前で、ミレーユたちが一斉に声を上げた。
「お誕生日おめでとう、セリナ!」
エレノアが焼き菓子を、ルシェが小さな包みを、ノアも不器用に折った紙飾りを差し出してくる。
「……忘れてた」
セリナが呟く。本当に忘れていたらしい。
「あなたが忘れても、私たちは覚えてるから」
ミレーユが笑う。
「木剣、新しいの選んだの。使ってくれる?」
フィアナが包みを渡す。開けると、握りやすく調整された木剣が入っていた。
セリナはしばらく、それを見つめていた。
「毎日振ってるって、話しただろ」
「話してた」
「だから」
言葉が続かない。柄にもなく、少し照れているようだった。
「ありがとう」
短い一言だったが、いつもよりずっと柔らかい声だった。
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その時、リリアがもぞもぞと後ろに隠していたものを取り出した。
「私も」
「お前もか」
セリナが少し身構える。差し出されたのは、小さな石だった。よく磨かれているが、何の変哲もない、丸い石である。
「石?」
「うん」
「なぜ石だ」
セリナが真顔で聞く。リリアは胸を張った。
「訓練場の隅で見つけた。丸くて、掌にちょうどいい」
「それは分かるが、理由になっていない」
「握って気合入れるやつ、いるでしょ」
「いるが」
セリナはその石を受け取り、しばらく眺めた。確かに、ちょうど手に収まる大きさだった。角が取れていて、握りやすい。
「……悪くないな」
「でしょ」
満足そうだった。フィアナが小声でミレーユに囁く。
「石って」
「リリアだから」
それで説明がついてしまうのが、ある意味恐ろしかった。セリナは、その石を大事そうにポケットへしまった。
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その時、食堂の扉が勢いよく開いた。
「間に合った!」
息を切らせて駆け込んできたのは、ティアだった。工房の仕事着のまま、手には布に包まれた何かを抱えている。
「工房、抜けてきたのか」
「師匠に頼み込んで、少しだけな」
ティアは包みをセリナの前に置いた。
「誕生日、聞いてたからな。前から準備してた」
包みを開くと、中には小ぶりの短剣が入っていた。木剣とは違う、実戦用の一振りだった。
「これは……」
「模擬戦用じゃない。ちゃんとした得物だ。バランス、お前の動きに合わせて調整した」
セリナはしばらく、その刃を見つめていた。
「毎日振ってる木剣も見てただろ」
「見てた。だから、こっちも本気で作った」
ぶっきらぼうな言い方だったが、その一振りには、明らかに手間がかけられていた。
「ありがとう、ティア」
「別に。それより、遅れて悪かったな」
ティアは頭をかきながら、空いていた席に腰を下ろした。それだけで、テーブルはさらに賑やかになった。
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夕日が訓練場を赤く染める。セリナは新しい木剣と、ティアから贈られた短剣、そしてポケットの石を確かめる。子供の頃、格好良いと思って始めた剣。今は違う。守りたい仲間がいる。だから振る。明日も。その次の日も。もっと強くなるために。
そしてリリアはそんなセリナを見て思った。
「格好良い」
素直な感想だった。セリナは少し照れて、
「ありがとう」
とだけ答えた。十三歳の誕生日は、こうして静かに、けれど確かに、賑やかに過ぎていった。




