第39話 「夜型の代償」
夜型取得から五日後。
ついにその日はやって来た。
【夜型 発動可能】
朝起きた瞬間、リリアの目の前に文字が浮かぶ。
「使える」
嬉しそうだった。
数秒後、「使わないで」ミレーユが言った。起きて最初の言葉だった。
「まだ何も言ってないよ?」
「言う前に止めるの」
被害者の会は、この五日間で確実に学習していた。
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朝食。リリアの左右にはミレーユとセリナ。向かいにはフィアナ。斜め前にルシェ、エレノア。少し離れてノア。完全監視体制だった。
「そこまでしなくても」
「する」
即答。
「絶対使うでしょ」
フィアナが言う。
「たぶん」
全員がため息をついた。
食堂の入り口から、ティアも顔を出す。工房の朝礼が終わった後、様子を見に来たらしい。
「試験、今日なんだろ?」
「そうよ」
「俺も呼ばれるのか、こういうのって」
「呼ばれるでしょうね、共有対象なんだから」
ミレーユの返事に、ティアは深いため息をついた。
「工房の仕事もあるってのに」
「巻き込んだのはリリアだから」
「分かってるが、納得できるかは別問題だ」
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その時、訓練場の鐘が鳴る。からん、からん。嫌な予感だった。そして当たった。
訓練場。研究者たちが集まっている。エリス教官もいた。軍の隊長もいる。見覚えしかなかった。ティアも、師匠に半日だけ休みをもらって参加していた。
「皆さん」
研究者が前へ出る。
嫌な顔をしている者。期待している者。様々だった。
「夜型の運用試験を行います」
静かになる。
「嫌です」
ルシェが言った。
即答だった。研究者も予想していたらしい。
「そう言うと思いました」
少し悲しそうだった。
「ですが必要です」
「なんでですか?」
フィアナが聞く。
研究者は資料を取り出した。
「能力二倍です」
全員頷く。
「運用方法を確立しなければなりません」
それは分かる。問題は、実験台が自分たちであることだった。
「なお」
研究者が付け加える。
「深夜帯は一度休憩を挟みます。夜9時頃に切り上げ、仮眠を取ってもらい、発動終了間際の朝5時頃に再集合していただきます」
その言葉に、ルシェが少しだけ表情を緩めた。
「せめてもの救いです……」
「一晩中は、さすがに難しいですから」
研究者もそこは理解していたらしい。
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午後5時50分、訓練場。全員整列している。夕日が眩しい。あと10分。夜型の発動時間だった。
リリアだけうきうきしている。
「もうすぐだね」
「そうね」
ミレーユが言う。
「楽しみだね」
「そうね」
適当な相槌だった。
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午後6時、鐘が鳴る。その瞬間、ぴこん。頭の中に音が響いた。
【夜型 発動可能】
出た。本当に出た。神器は律儀だった。
研究者たちが色めき立つ。
「確認!」
「全員表示あり!」
「発動をお願いします!」
研究熱心だった。
リリアが手を挙げる。
「やる!」
知っていた。そう言うと。全員。知っていた。
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リリアが発動を意識する。すると、身体の奥から力が湧いてくる。風が生まれる。髪が揺れる。そして、ミレーユ、セリナ、エレノア、フィアナ、ルシェ、ノア、ティア、全員が同時に光に包まれた。
「本当に共有された」
フィアナが驚く。
研究者たちは大騒ぎだった。
「成功!」
「記録通り!」
「すごい!」
完全に楽しんでいた。
セリナが剣を振る。ぶん。
「軽い」
一振りで分かる。明らかだった。ノアは高く跳ぶ。いつも以上だった。エレノアも魔法を放つ。威力が違う。ミレーユも頷いた。
「これは確かに強いわね」
文句なしだった。能力二倍。伊達ではない。
ティアも、近くの木材を試しに叩いてみる。
「これは……力の伝わり方が違うな」
職人らしい観点で、すぐに変化を感じ取っていた。
リリアは走り回っていた。
「速い!」
楽しそうだった。誰よりも。
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試験は夜7時、8時と続いた。研究者たちはひたすら記録を取る。そして夜9時、隊長が声をかける。
「一度、ここで休憩とする。各自、部屋で仮眠を取れ」
ルシェが、心底ほっとした顔をした。
「助かりました……」
「本番は朝方だ。今のうちに休んでおけ」
その言葉通り、全員がそれぞれの部屋へ戻り、数時間の仮眠を取ることになった。リリアだけは名残惜しそうにしていたが、さすがのミレーユに引きずられるようにして部屋へ連れて行かれた。
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午前5時、再び訓練場に集合する。まだ夜型は解けていない。眠気の残る顔ぶれの中、研究者たちだけは相変わらず元気だった。
「便利かもしれませんわ」
エレノアが、伸びをしながら言った。最初より評価が上がっていた。少しだけ。
「俺も、道具を試しに扱ってみたが、悪くない」
ティアも、渋々ながら認めていた。
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しかし、問題はそこではない。午前5時50分、研究者が時計を見る。
「10分」
隊長も時計を見る。
「そろそろだな」
空気が変わる。張り詰める。全員が時計を見る。リリア以外。
「リリア」
ミレーユが呼ぶ。
「なに?」
「あと10分」
「何が?」
全員が固まった。忘れていた。予想通りだった。
「朝6時!」
「あ」
思い出した。遅かった。
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午前5時59分、研究者たちは距離を取る。隊長も下がる。なぜか全員逃げ始める。
「なんで?」
リリアが聞いた。
「自分のスキルを思い出しなさい!」
ミレーユが叫ぶ。
そして、鐘が鳴った。からん。午前6時。ぴこん。
【夜型終了】
【レベル1へ低下】
その瞬間、世界が変わった。力が消える。身体が重い。魔力が少ない。全部一気だった。
「うわぁ……」
リリアが呟く。セリナが剣を持ち上げる。
「重い」
フィアナが魔力を確認する。
「少ない」
エレノアも驚く。ノアが弓を引こうとして、止まった。
「引けない」
ティアも、さっきまで軽々と扱えていたハンマーを、両手で支えるのがやっとだった。
「嘘だろ、これ」
とても弱かった。
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その時、訓練場の隅、ぷるんっ。スライムだった。どこからか逃げ出したらしい。雑魚だった。普通なら。しかし今は違う。全員レベル1。
沈黙。スライムを見る。全員を見る。もう一度スライムを見る。
最初に叫んだのはルシェだった。
「助けてくださぁぁぁい!」
逃げた。全力で。セリナも逃げた。フィアナも逃げた。エレノアも。ノアも。ミレーユまで逃げた。ティアも、ハンマーを放り出して一目散に走っていた。
「なんで逃げるの!?」
研究者が叫ぶ。
「レベル1だからです!」
もっともだった。
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10分後、固定時間が終了する。全員ぐったりしていた。研究者たちは笑いを堪えている。隊長は完全に笑っていた。エリス教官まで肩を震わせている。
「笑い事じゃない!」
ミレーユが叫んだ。
その通りだった。しかし、ルナだけは大笑いしていた。
「あははははは!」
本当に楽しそうだった。
ティアは息を切らせながら、地面に座り込んでいた。
「工房の仕事の方がまだ安全だ……」
心の底からの一言だった。
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こうして、夜型は強い。本当に強い。だが、朝六時だけは、絶対に信用してはいけない。
被害者の会は、骨身に染みて理解したのであった。




