第38話 「夜型になりました」
翌朝、帝都冒険者育成学校、会議室。空気は重かった。理由は神器である。そしてリリアである。
会議室にはリリアたちが集められていた。ミレーユ、セリナ、エレノア、フィアナ、ルシェ、ノア、ティア、そしてルナ。さらに研究者たち。軍の隊長。エリス教官。全員である。
「本日が選択期限です」
研究者が言った。静かになる。とうとう来た。例の選択である。
【昼型】
【夜型】
【何もしない】
リリアだけが選べる。しかし、効果は全員に及ぶ。理不尽な話だった。
ティアは腕を組みながら、隅の椅子に座っていた。
「まだ二日目なのに、俺までこんなことに巻き込まれるとはな」
「今さらよ」
ミレーユが力なく答える。
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「最終確認を行います」
研究者が資料を広げる。
「昼型」
光る文字が浮かぶ。
「午前6時から午後5時59分59秒まで能力二倍」
「強いな」
セリナが言う。研究者も頷く。
「ですが午後6時になるとレベル1まで低下します」
「弱いな」
即座に評価が変わった。
「10分間固定」
さらに評価が下がる。
「元のレベルへ戻るまで5時間50分」
完全に下がった。誰も欲しくなかった。
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「夜型も同様です」
今度は夜型。
「午後6時から能力二倍」
「強そう」
リリアが言う。
「翌朝6時にレベル1」
「駄目ね」
フィアナが言った。
「10分間固定」
「駄目ですわね」
エレノアも言う。
「五日間に一回のみ使用可能」
「使いづらい」
ルシェが呟いた。正論だった。
「鍛冶にゃ関係なさそうだが、それでも遠慮したい話だな」
ティアも小さく首を振った。
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研究者は最後に告げる。
「何もしないを選んだ場合は何も起きません」
全員の目が輝いた。希望だった。
「それにしよう」
セリナ。
「それが良いと思います」
ルシェ。
「同意」
ノア。
「私もね」
フィアナ。
「一択ですわ」
エレノア。
「異論なしだ」
ティア。
全員一致だった。リリア以外。
「うーん」
嫌な声がした。ミレーユが顔を上げる。
「何?」
「夜型楽しそう」
全員が頭を抱えた。やっぱりだった。
「何が楽しいのよ」
ミレーユが聞く。
リリアは少し考える。
「みんなが強くなるの、嫌なの?」
「そうじゃなくて」
「私、まだ他のみんなより弱いところあるし」
意外な言葉だった。ミレーユが少し驚いて顔を上げる。
「短剣は速いけど、力はセリナに勝てないし、魔法もエレノアやフィアナの方が上手い。ちょっとでも強くなれるなら、って思っただけ」
珍しく、筋の通った理由だった。だが、続く一言で、その印象はすぐに崩れる。
「あと、かっこいい」
「結局それも入るの!?」
フィアナが叫んだ。
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その頃には、研究者たちも諦め始めていた。隊長は窓の外を見ている。おそらく、現実逃避だった。
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そして正午、鐘が鳴る。その瞬間だった。空中に光が現れる。神器である。全員立ち上がる。
【選択を開始します】
文字が浮かぶ。
【選択者 リリア】
全員がリリアを見る。重たい視線だった。
「緊張するね」
リリアが言った。
「してるの私たちよ」
ミレーユが返す。正論だった。
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そして、三つの選択肢が現れる。
【昼型】
【夜型】
【何もしない】
静かになる。リリアは見つめていた。珍しく真面目だった。十秒、二十秒、三十秒。誰も喋らない。
ルシェは祈る。フィアナも祈る。セリナも祈る。エレノアも祈る。ノアまで祈っているように見えた。ティアも、腕を組んだまま目を閉じていた。目標は一つ。何もしない。それだけ。
リリアの指先が、【何もしない】の方へ、ゆっくりと近づいていく。全員の心臓が、同じ速さで高鳴った。
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その時だった。会議室の隅、休憩用に置かれていた焼き菓子の皿に、ルナの目が留まった。
「あ、お菓子」
誰も見ていない隙に、と思ったのだろう。ルナは気配を消すように、テーブルの端へ体を伸ばした。だが、菓子の皿は思ったより遠かった。
「んーっと……」
爪先立ちになり、身を乗り出す。あと少し。あと、ほんの少し。
「わっ」
バランスを崩した。何もない場所のはずが、伸ばした腕の勢いに体が負けたらしい。
「危な——」
セリナが手を伸ばすより早く、ルナの体がリリアの背中にぶつかった。
「ひゃっ!?」
体勢を崩したリリアの手が、大きく前へ流れる。目の前で光っていた文字は三つ。狙いなど、あるはずもなかった。
指先が触れたのは、【夜型】だった。
沈黙。完全な沈黙。風の音しかしない。
「待って」
ミレーユが言った。
「待ちなさい」
フィアナが言った。
「やり直しは?」
ルシェが聞いた。
【選択を確認】
神器が答えた。誰も聞いていないのに。
【夜型を付与します】
「ちょっと待って、今のノーカンでしょ!?」
ミレーユが叫ぶ。だが、光はもう溢れ出していた。リリアを包む。そして、ミレーユ、セリナ、エレノア、フィアナ、ルシェ、ノア、ティア、全員へ広がった。
研究者たちが騒ぐ。
「共有確認!」
「成功した!」
「記録通りです!」
研究者だけ嬉しそうだった。当人たちは違う。
全員の視線が、ゆっくりとルナへ向いた。ルナは、皿から取りこぼした焼き菓子を握りしめたまま、気まずそうに視線を逸らしている。
「お菓子、取ろうとしただけだよ? たぶん」
「たぶんって何! しかもお菓子て!」
フィアナの絶叫が会議室に響いた。
「理由が軽すぎますわ……!」
エレノアも珍しく声を荒らげていた。
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光が消える。ステータスを確認する。そこには、
【ユニークスキル:夜型】
しっかり書かれていた。
「終わりましたね」
エレノアが言う。
「終わったわね」
フィアナも言う。
「終わった……」
ルシェが呟く。
ノアは無言で頷いた。セリナは天を見上げていた。ミレーユは机に突っ伏した。ティアは、まだ状況が飲み込めていない顔をしていた。
「俺、2日前に来たばかりだよな……?」
誰も答えなかった。答えられなかった。被害者の会、結成から一日。完全敗北だった。原因は神器でも、リリアの選択ですらなく、神様の食い意地だった。
そんな中、リリアだけが、少し複雑そうな顔をしていた。
「何もしない、選ぶつもりだったんだけどな」
「今更!」
全員の声が揃った。だが、次の瞬間には、もう笑顔に戻っていた。
「まあ、いっか。早く使ってみたい!」
切り替えの早さだけは、誰よりも一貫していた。ルナは、口の中の焼き菓子をもぐもぐさせながら、大笑いしている。
「あははは!」
神様も、どこか満足そうだった。
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こうして、神器がもたらしたユニークスキル、夜型。それはリリアたち全員の運命に刻み込まれた。
そして数日後、彼女たちは知ることになる。この能力は、確かに強い。だが、想像以上に、扱いが面倒だということを。




