第37話 「被害者の会」
その日の朝、帝都冒険者育成学校の校門前は、いつもと違う賑わいを見せていた。
「着いた……!」
大きな荷馬車から降りてきたのは、赤毛の少女だった。背後には、ハンマーや道具箱を積んだ荷車、そしてドワーフの師匠の姿もある。
「ティア!」
真っ先に駆け寄ったのは、当然リリアだった。
「久しぶり!」
「久しぶりって、そんなに経ってないだろ」
ぶっきらぼうな返事だったが、口元は緩んでいた。ドワーフの師匠も、周囲を見回しながら満足げに頷いている。
「良い街だ。腕が鳴るな」
「じいちゃんも元気そうで良かった」
ティアが少し照れ臭そうに言う横で、ルシェが荷物運びを手伝いながら声を弾ませていた。
「本当に来てくれたんですね!」
「約束、というか、勝手に決まった話だけどな」
工房での正式な招聘、という経緯を思い出しながら、ティアは苦笑した。
「俺は今日から工房の住み込みだ。師匠と一緒に、工房の裏にある宿舎に泊まる」
「じゃあ、ここには住まないの?」
リリアが少し残念そうに聞く。
「学校の生徒でも商人科でもないからな。工房が俺の職場だ」
そう言いながらも、ティアは荷物の中から一枚の紙を取り出した。
「ただ、通いの許可はもらってる。ここの敷地内、出入り自由だ。学生じゃない人間にしては、特別扱いらしいぞ」
「じゃあ、毎日会える?」
「毎日は無理だが、まあ、近いうちには」
満更でもなさそうな口ぶりだった。
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そこへ、フィアナとノアが顔を覗かせる。
「その子が、噂の鍛冶師?」
「うん!」
リリアが即答する。ティアは初対面の二人を見て、少し身構えた。
「よろしく。ティアだ」
「フィアナ」
「ノア」
短い自己紹介だったが、それだけで場に馴染むのが早いのは、リリアの周りにいる者たちの共通点なのかもしれなかった。
「なんか、すごい面子が増えてるな」
ティアが辺りを見回して呟く。ミレーユが苦笑しながら答えた。
「まだ増えるかもしれないわよ」
「は?」
「実は、ちょっとややこしい話があって」
その一言に、ティアは嫌な予感を覚えたようだった。当たっていた。
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翌日、帝都冒険者育成学校、会議室。空気は重かった。理由は単純だった。昨日判明したからだ。神器の機能が。
【昼型】
【夜型】
【何もしない】
この三つが。そして、選ぶのはリリア一人。効果を受けるのは全員。理不尽な話だった。
ティアも、事情を聞かされて会議室の隅に座っていた。工房が休みというわけではなかったが、この話には強制的に参加させられた形だった。
「なんで俺までここに?」
「一応、確認しておきたくて」
ミレーユが言う。
「効果は仲間全員に共有される、という話なんです。あなたは、昨日この街に来たばかりですけど……住む場所は工房でも、選択の結果からは逃げられないかもしれません」
「まさか、俺も巻き込まれるのか?」
研究者が困った顔で資料をめくる。
「正直、判定基準が明確ではありません。ですが、リリアさんが心の中で『仲間』だと認識していれば、住んでいる場所や所属に関係なく、対象になる可能性はあります」
全員の視線が、自然とリリアへ向かった。
「ティアは仲間?」
ミレーユが聞く。
「うん」
即答だった。ティアが天を仰いだ。
「今、来たばかりで、しかも寮にすら住んでないのに!?」
「仲間は仲間」
理屈になっていなかった。だが、リリアには十分な理由らしかった。ティアは深いため息をついた。
「聞いてないぞ、こんな話……」
こうして、女子寮の住人でもなければ、この学校の生徒でもないティアも、否応なく巻き込まれることが確定した。
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「というわけで」
ミレーユが机を叩く。
「何もしないを選びましょう」
即断だった。
「賛成」
セリナ。
「賛成ですわ」
エレノア。
「賛成」
ノア。
「私も賛成」
フィアナ。
「全力で賛成です!」
ルシェ。
「俺もいきなり賛成だ」
ティア。
満場一致だった。リリア以外。
「えー」
不満そうだった。
「なんで?」
全員が固まる。
「なんでって……」
ミレーユが額を押さえた。説明が必要だった。本当に。
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研究者が前に出る。
「昼型の場合」
資料を広げる。
「朝六時から夕方六時まで能力二倍」
少しざわつく。強い効果だった。だが、
「午後六時になるとレベル1」
静かになる。
「10分間固定」
さらに静かになる。
「元に戻るまで5時間50分」
誰も昼型を選びたくなかった。
「夜型も同じです」
研究者が続ける。
「18時から能力二倍」
「強いな」
セリナが呟く。
「翌6時でレベル1」
「弱いな」
即座に訂正された。研究者が頷く。
「しかも5日に一回」
全員が再び沈黙する。制限まで重かった。
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ルシェが震えている。
「これ私たちに必要ですか……?」
正論だった。研究者も答えられない。
その時、「必要!」リリアが手を挙げた。嫌な予感を、全員が同時に覚えた。
「何で?」
フィアナが聞く。
リリアは胸を張る。
「かっこいい」
頭を抱える音が聞こえた。数人分。
「理由がそれ!?」
ミレーユが叫ぶ。
リリアは頷く。
「能力二倍だよ?」
「代償も読んだ!?」
「読んだ!」
「理解した!?」
「たぶん!」
していなかった。
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ルナが笑い始める。
「あははは!」
神様は非常に楽しそうだった。
「面白い!」
「他人事だからよ!」
フィアナが叫んだ。珍しく大声だった。ルナはにやにやしている。完全に面白がっていた。神様だった。そして困ったことに、悪気はない。もっと困る。
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研究者が咳払いする。
「まだ決定ではありません」
少し安心する。みんな。
「三日以内に選択してください」
そして希望は消えた。三日。短かった。
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会議が終わる。リリアたちは食堂へ向かった。いつも通り。らしい。
「何もしない」
ミレーユが言う。
「夜型」
リリアが答える。
「何もしない」
「夜型」
「何もしない」
「夜型」
平行線だった。
エレノアが苦笑する。
「まるで子供ですわね」
「十一歳だし」
フィアナが言った。その通りだった。
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食後、訓練場。セリナが剣を振っている。リリアが近付く。
「夜型どう思う?」
「選ぶな」
即答だった。
「なんで?」
「朝6時にレベル1になるんだぞ」
「面白そう」
「面白くない」
こちらも平行線だった。
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夕方、今度はノアが捕まった。
「ノア」
「……なに」
「夜型」
「選ぶな」
早い即答だった。
「即答」
「即答」
会話終了。短かった。
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夜、女子寮、リリアの部屋。全員集まっていた。緊急会議だった。ティアは工房の宿舎からわざわざ抜け出してきたらしく、少し息を切らせていた。
「なんで俺まで呼ばれるんだ」
「巻き込まれる仲間だから」
「今日知り合ったばかりだぞ」
文句を言いながらも、しっかり部屋の隅に腰を下ろしていた。
ミレーユが立ち上がる。
「被害者の会を結成します」
静かになる。
「被害者?」
リリアが聞く。
「私たち」
即答だった。セリナも頷く。フィアナも頷く。ルシェも頷く。エレノアも。ノアも。そしてティアまで、力強く頷いていた。
「まだ被害受けてないよ?」
リリアは不思議そうだった。ミレーユが言う。
「今から受けるの!」
叫びたくもなる。当然だった。
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ルナがベッドの上で転がっている。
「被害者の会」
面白かったらしい。
「いい名前」
「元凶が言わないでください」
ルシェが言った。ルナは笑う。
「じゃあ応援する!」
誰も頼んでいなかった。
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そして翌朝、ついに、神器から声が響く。
【選択期限まで残り二日】
全員が固まる。リリアだけが、
「おおー」
楽しそうだった。ミレーユは思った。絶対に夜型を選ぶ。間違いない。
こうして、被害者の会の戦いが始まった。敵は魔王でも魔物でもない。リリアである。とても厄介だった。




