第36話 「神様の祝福」
翌日、帝都冒険者育成学校、訓練場。朝から人が多かった。
「増えてる」
リリアが言う。実際増えていた。軍人。研究者。教師。なぜか他の生徒。さらには貴族らしき人までいる。昨日、神様が言ったのだ。
『祝福あげる!』
怖いもの見たさで集まってきたらしい。誰も彼も。
「帰りたい」
ルシェが呟く。
「分かる」
フィアナも頷いた。その隣で、ルナは上機嫌だった。
「楽しみだね!」
楽しみだと思っている者は、この場に一人もいなかった。
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訓練場中央。エリス教官が疲れた顔で立っていた。
「まず確認するわ」
全員が静かになる。
「何か起きても慌てないこと」
研究者が手を挙げる。
「どの程度までですか?」
「私も分からないわ」
それが一番不安だった。
エリス教官は、それからルナの方へ向き直る。表情を少し改め、丁寧な口調になった。
「ルナ様。恐れ入りますが、祝福の内容について、あらかじめ伺ってもよろしいでしょうか」
生徒たちが一斉に振り返る。エリス教官の、こんな話し方は初めて聞いた。
「ルナ様?」
ミレーユが小声で呟く。
ルナは、その丁寧な言い方に、少しきょとんとした顔をした。
「何それ、変な感じ」
「し、しかし、神と名乗られる方に対して、これまでの口調は失礼にあたるかと」
「別にいいよ、そんなの」
ルナはひらひらと手を振った。
「敬語とか、そういうの、いらない。みんなと同じでいい」
「よろしいのですか」
「うん。かたっ苦しいの、性に合わない」
エリス教官はしばらく黙っていたが、やがて、いつもの調子に戻して咳払いをした。
「……分かったわ。じゃあ、内容は?」
「祝福」
「だから内容よ!」
一瞬で元の空気に戻った。生徒たちの間に、どこか安堵したような笑いが漏れる。
ルナは真剣に考える。十秒ほど。
「忘れた」
全員固まった。
「忘れた?」
ミレーユが聞く。
「うん」
「昨日準備してたんじゃないの?」
フィアナが聞く。
「してたよ」
「じゃあ?」
「途中で忘れた」
神様だった。本当に。
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隊長が遠い目になる。研究者が頭を抱える。ルシェは泣きそうだった。
「帰りたい」
二回目だった。しかしルナは気にしない。
「大丈夫大丈夫」
誰一人、信用していなかった。
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ルナは両手を広げる。光が集まる。空気が震える。研究者たちがざわつく。
「高密度神性反応!」
「観測成功!」
「記録しろ!」
楽しそうにしているのは、研究者たちだけだった。
光が大きくなる。そして、ぱんっ。何かが弾けた。静かになる。
「終わり?」
リリアが聞く。
「終わり!」
ルナが答えた。あまりにあっけない終わり方だった。
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全員が自分の体を見る。特に変化はない。
「何も起きてなくない?」
セリナが聞く。
ルナが首を傾げる。
「そんなはずないけど」
嫌な返事だった。
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その瞬間、研究者の一人が叫んだ。
「反応が出ました!」
全員が振り向く。水晶板のようなものが光っていた。研究者たちが集まる。解析。測定。計算。三十秒後、全員が固まった。
「どうしたんですか?」
エレノアが聞く。
研究者は震える指で資料を見る。そして、
「神器です」
空気が変わる。ルナも見る。珍しく真面目な顔だった。
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研究者は説明を始める。
「遺跡の神器について解析結果が出ました」
地図が広げられる。古代文字も並ぶ。誰も読めない。リリア以外。いや、リリアも読めなかった。
「これはユニークスキル付与神器です」
静かになる。
「ユニークスキル?」
ミレーユが聞く。
「極めて特殊な能力です」
研究者は頷いた。
「ただし問題があります」
問題以外は何もなさそうな空気だった。
「神器は既に起動済み」
「うん」
リリアが頷く。
「原因はあなたです」
「うん」
否定できなかった。
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研究者は続ける。
「本来なら神器は起動後、適格者に選択を与えます」
「適格者?」
フィアナが聞く。
研究者がリリアを指差した。
「この方です」
全員が見た。リリアを見る。リリアはパンを食べていた。いつ持ってきたのか。誰も知らない。
「なんで私?」
「分かりません」
研究者も知らなかった。
「じゃあ神様は?」
ミレーユが聞く。
全員がルナを見る。ルナは笑顔だった。
「知らない!」
神様も知らなかった。悪い意味での安定感があった。
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研究者は咳払いする。
「重要なのはここからです」
全員真面目になる。
「選択権を持つのはリリアさん一人」
リリアが首を傾げる。
「へぇ」
「そして」
研究者が深呼吸する。
「選ばれた結果は周囲へ共有されます」
沈黙。風が吹く。鳥が鳴く。誰も喋らない。
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最初に動いたのはルシェだった。
「共有?」
研究者が頷く。
「仲間全員です」
再び沈黙。今度は全員がリリアを見る。強い視線だった。
「え?」
本人だけ分かっていない。
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セリナが説明する。
「つまり」
「うん」
「あなたが選ぶ」
「うん」
「私たちも巻き添え」
静かになる。
「おお」
全然分かっていなかった。
ミレーユは頭を抱えた。エレノアも頭を抱えた。フィアナも。ルシェも。ノアまで小さく俯いた。何か良くない予感が、全員の間に静かに広がっていた。
ルナだけが笑う。
「面白そう!」
その一言だけで、全員の不安が確信に変わった。
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研究者が最後の資料を取り出す。
「選択肢は三つです」
全員が見る。そこには、
【昼型】
【夜型】
【何もしない】
三つの文字が浮かび上がっていた。
その内容を聞いた全員が、まだこの時は、これがどれほど厄介な選択になるのか、想像すらできていなかった。




