第35話 「神様の居候生活」
翌朝、帝都冒険者育成学校、女子寮の一室。静かな朝だった。
本来なら。
「おはよう!」
元気な声が響く。続いて、どんっ。何かが落ちた音。さらに、がしゃん。何かが倒れた音。最後に、
「痛い!」
知らない悲鳴。
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ミレーユが目を開けた。天井が見える。見慣れた天井だった。問題はそこではない。
「何してるの?」
起き上がる。視線の先、ルナが床に転がっていた。毛布に器用に巻き付かれている。
「起きた」
「見れば分かる」
ミレーユはため息をついた。そうだった。今この部屋には、神様がいる。昨日から。嫌でも思い出した。
「リリア起きて」
「むぅ……」
ベッドを見る。まだ寝ていた。平和そのものだった。
「朝よ」
「あと五分」
いつもの返事だった。ルナが興味深そうに見ている。
「人間って朝弱いの?」
「リリアだけよ、たぶん」
そう言いながらも、ミレーユは自信なさそうだった。
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食堂。朝食の時間。今日はいつも以上に視線を感じた。当然だった。見知らぬ美少女がいる。しかも制服ではない。しかも教師でもない。
ルナは平然としていた。
「これ美味しい」
パンを食べている。
「それも美味しい」
スープも飲む。
「これも」
デザートも食べる。かなりの量だった。
「神様ってそんなに食べるの?」
フィアナが聞く。
「久しぶりだから」
ルナが答える。
「千年分」
誰も計算したくなかった。
ノアは黙ったままパンを食べていたが、小さく首を横に振っていた。
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その時、食堂へエリス教官が入ってきた。疲れた顔だった。昨日よりも、少し疲れが濃くなっていた。
「みんな食べたら会議室へ」
「何かあったんですか?」
エレノアが聞く。
エリス教官は頷く。
「帝城から連絡が来たわ」
静かになる。帝城。つまり皇帝側である。国家案件だった。
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会議室。そこには軍の隊長もいた。研究者たちもいる。昨日のメンバーだった。大きな地図が広げられている。帝国全域。その地図の五か所に印が付いていた。赤い印だった。
「封印地点です」
研究者が説明する。全員が前を見る。今回はリリアも、一応、聞いている。
「昨日の調査結果により」
「封印が五つ存在することが判明しました」
地図を指差す。帝都近郊。北方山岳地帯。西部平原。南部峡谷。そして東の海岸地帯。全部で五つ。帝国中に散らばっていた。
「広いね」
リリアが言う。
「そこじゃない」
ミレーユが言った。
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研究者は続ける。
「問題は」
少し間を置く。
「他の封印も反応を始めていることです」
空気が重くなる。予想通りだった。最悪な意味で。
隊長が言う。
「現在、各地へ調査隊を派遣中だ」
帝国軍も本格的に動いているらしい。国家総動員だった。
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ルナは地図を見ていた。真面目な顔だった。珍しい表情だった。
「思ったより早いなぁ」
ぽつりと呟く。全員が見る。
「何が?」
セリナが聞く。
ルナは少し考える。そして答えた。
「目覚めるの」
不吉な言い方だった。
「何が目覚めるんですか?」
ルシェが聞く。
ルナは首を振った。
「まだ分からない」
まただった。神様なのに知らない。いや、神様だから知らないのかもしれない。もはや誰も突っ込まない。
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会議終了後、七人とルナは中庭へ移動する。さすがに少し疲れた。情報量が多い。帝国規模。神様。封印。神器。十一歳の子供には重い話だった。そのはずだった。
「お昼何かな」
リリアだけは通常運転だった。フィアナが笑う。
「本当に変わらないわね」
「大事」
「何が?」
「ご飯」
即答だった。
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その時、ルナが突然立ち上がる。何か思いついた顔だった。嫌な予感しかしない。
「そうだ」
全員が警戒する。最近学習した。ルナの思いつきは危険信号である。
「お礼してなかった」
静かになる。
「お礼?」
ミレーユが聞く。
「うん」
ルナは笑顔だった。満面の笑みだった。
「起こしてくれたお礼」
リリアを指差す。そして、みんなも。
「だから祝福あげる!」
沈黙。風が吹く。鳥が鳴く。誰も喋らない。
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最初に動いたのはルシェだった。
「祝福?」
「うん!」
ルナが頷く。とても楽しそうに。フィアナが嫌そうな顔をする。セリナも警戒している。ミレーユに至っては頭を抱えた。
「嫌な予感しかしないんだけど」
「大丈夫!」
全く安心できなかった。
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ルナは両手を広げる。自信満々だった。
「明日やろう!」
「今日じゃないの?」
リリアが聞く。
「準備いる」
それだけ言う。そして、にやりと笑った。神様らしい、少し悪戯っぽい笑顔だった。
「きっと面白いよ」
その言葉に、全員が同じことを思った。絶対にろくでもない。間違いなく。
そして翌日、神様の祝福が、リリアたちの運命を大きく変えることになる。まだ誰も知らなかった。
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その日の夕方、会議やら祝福の予告やらで慌ただしかった一日の締めくくりに、寮の食堂へ息を切らせて駆け込んできた者がいた。ルシェだった。
「聞いてください!」
「また?」
ミレーユが身構える。最近、この前置きの後に平穏な話が来たことがない。
「ティアさんたち、明後日には帝都に到着するそうです!」
その一言に、リリアが弾かれたように顔を上げた。
「ティア来る!?」
「はい! 師匠のドワーフさんと一緒に、荷物もまとめて出発したって、父から連絡が」
封印の話も、神様の祝福の話も、一瞬でどこかへ飛んでいったような顔だった。
「会える!」
「本当に、いつもそこだけは切り替え早いよね」
フィアナが呆れながらも、少し笑っていた。ノアも、まだ会ったことのない鍛冶師の名前に、興味深そうに耳を傾けている。
「ティアって、どんな人?」
「鍛冶師。すごい腕」
「あと可愛い」
いつもの評価だった。
「明後日か。楽しみが増えたわね」
ミレーユが言う。
帝国中を揺るがす大事件の真っただ中にいながら、リリアの頭の中は、封印のことよりも、明後日の再会のことでいっぱいだった。相変わらずだった。




